2009年10月30日

奇跡的生還! 

1). 八丈島沖で起きたキンメダイ延縄漁船「第一幸福丸」の遭難事故。発生から4日目にして3名の乗組員の方が救出された、との一報を聞いたときはほんとうに驚きました。奇跡としか言いようがありません。事故当時の海域は5mの高波が押し寄せる大時化、残念ながら亡くなられた船長ひとりがブリッジの操舵室にて漁船の舵を取っていたところを一瞬のうちに横波を食らってひっくり返ってしまったらしい。でもまだ4名の方が行方不明なので、手放しでは喜べないけれども、とにかくいろいろ偶然が重なっての奇跡的生還だったことはまちがいなさそうです。

 まず一瞬のうちに転覆してしまったこと。これで最小限の海水しか船内に流入しなかったものと思われます。そして行方不明になっている4名につづいて居住区から脱出しようとしたものの、ドア近くにあった冷蔵庫が倒れてドアが開かなくなったらしい。どうしても開かないから、船外脱出をあきらめた3名の方はせまく、真っ暗な船室内にて助けが来るのをひたすら、待ちつづけていたと言います。結果的に、冷蔵庫が入り口をふさいだおかげで台風に直撃されてもあまり海水が船内に入ってこなかったようです。またいくら船室内に空気が閉じこめられていたとはいえ、大の大人三人が4日も生きながらえるには不足したかもしれない。これも、台風によって大時化になったことが幸いしたようです――つまり荒れて泡立った波から酸素が供給されたのではないか、ということです。時化がすぐに収まったらもっと早く発見されたかもしれないけれども、逆に酸欠になっていたかもしれない(二酸化炭素ガスはたしかに海水に吸収されるけれども、限界があるように思う)。また転覆現場海域がたまたま今年の黒潮の通り道になっていて、比較的海水温が高かかったために船内に閉じ込められた方の体力の消耗も少なかったのではないかという。また――ほかの漁船はどうかはわからないけれども――この船を建造した造船所によると、キールなどの主要部材には気室に富むFRPが使われているから、「破壊されないかぎり浮く」とのこと。とにかくいろいろな偶然が重なっての奇跡だったと思います(→船室の画像)。ちなみに一般にヨットと呼ばれるセイリングボートのたぐいは、荒天時にひっくり返っても「起き上がり小法師」のようにふたたび起き上がるように設計されています。

2). …それにしても海難事故があいついでいますね…海上自衛隊の護衛艦が巨大なコンテナ船と衝突したりといったこともありました。いまさっきTVニュースを見ていたらなんとエチゼンクラゲの重さのせいで転覆した…という小型漁船の事故の報も目にしました。今年はこのクラゲが津軽海峡を越えて太平洋側にも「進出」、とうとう駿河湾にも入ってしまったらしい。いま「あわしまマリンパーク」のブログを見たら、駿河湾のもっとも奥にまで到達してしまったとは…ということは西伊豆の海はこいつらがうようよ(4年前にも来ていたとはさらに驚き)??? …こういう来客は困ります。はやく消えてくれないかな(エチゼンクラゲは冬を越せない)。

3). そんな折、落語家の三遊亭円楽師匠が29日に逝去されていたことが報じられていましたね…享年76。またその前の25日には、『大国の興亡』、「文明の衝突」といった海外ベストセラーの翻訳で知られる鈴木主税氏も74歳で亡くなられていたことを地元紙訃報欄にて知りました…鈴木先生は文字どおり分野を問わずさまざまなノンフィクション/一般教養書と呼ばれる書籍の翻訳を手がけてきた大ヴェテランなのですが、個人的には19年前に邦訳版が緊急出版された『自然の終焉』を思い出します。著者はあのビル・マッキベン。当時、マッキベンはまだ20代だったし、自分はさらに若かった(苦笑)。両氏のご冥福をお祈りします。

posted by Curragh at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
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