2009年11月29日

待降節第一主日

 今日29日はAdventの開始を告げる日曜日。Advent calendarをもっている人はクリスマス当日まで一枚一枚、「窓」めくりするのが楽しくなる季節だろうと思います(クリスマス前の四週間がAdventなので、年によって開始日が異なる。今年は奇しくも「バーの聖ブレンダン」の祝日と重なった)。ついでにNYTこの記事みたいに、米国ではほとんど狂乱(?)ともいえる「ホリディシーズン」の買い物の季節の到来でもある。米国では感謝祭は今月の第四木曜日で、法定休日。商店も当然休業なんですが、某小売最大手みたいに翌日の午前零時から大幅に値引きした商品を売りはじめたりします。これをなんと! 米語用法でBlack Fridayという。意味するところはもちろん、金曜日になると「黒字」に転じるから。こちらのIT関連ニュースサイト記事にもあるように、リーマンショック以来、この風物詩(?)とも言えそうな「買い物熱」は落ちこんでいるとはいえ、あいもかわらずという感じもしないわけでもない。この意味でのBlack Fridayの用例は手許の辞書には載っていなかった。やはりこういうときはWebのほうが役に立つ。

 いま「クラシック・リクエスト」を聴きながら書いてますが、すこしばかり手持ちのCDについていくつか書いてみようと思いました。書評もどきはときおり書いたりしていたけれども、CDについてはまとまって書いたことがなかったもので。備忘録みたいなものです(番組でかかった、巨匠デムスの弾いた「旅立つ最愛の兄に思いを寄せる奇想曲 BWV.992」はさすが、という感じ)。

 手許のCDはバッハの鍵盤作品と少年合唱ものがほとんど。どれもそれぞれに思い出がありますが、最近買ったなかでもっとも印象に残っているのがトゥルーロ大聖堂聖歌隊の歌うオーランド・ギボンズの宗教・世俗声楽曲集Peace on Earth。英国の独立系レーベルのひとつLammas Recordsから出ているもので、これがすこぶるいい! のです。

 トゥルーロ大聖堂聖歌隊はいわゆるModern Foundationとしていちはやく設置された司教区なので、そんなに古い歴史があるわけではありません(トゥルーロ司教区設置は1877年)。でも聖公会系大聖堂聖歌隊のレヴェルとしては、たぶんトップクラス…に入ると思う。第一曲目の'The Silver Swan'という「マドリガーレとモテット 第一集」に収められた歌曲を歌うソプラノソロを聴けば、たちどころにその実力のほどが了解されるのではないかと思います。VoAにいたとき、おなじくメンバーで作曲家のガブリエル・ジャクソン氏もべた褒めしていたくらい(ジャクソン氏はかなり辛辣なコメントを書く人だった。氏もまた聖歌隊員出身者で、リンカーン大聖堂で歌っていた)。英国の作曲家はたいてい聖歌隊員→音楽家というキャリアを歩むのがいわば「伝統」みたいなところがある。ギボンズも、もとキングズカレッジ礼拝堂聖歌隊の少年隊員出身(兄のエドワードはキングズカレッジの少年聖歌隊長を務めたことがある)。その後ウェストミンスター・アビイのオルガニストも務め、作品数こそそんなに多くはないが、ヴァージナルやオルガンのための作品や、「ヴァイオル・コンソート(Viol Consort)」のための作品も残しています。でもやはりギボンズとくると、Choral Evensongでもおなじみの声楽曲、とくにVerse Anthemと呼ばれる作品が有名です。対位法の卓越した使い手としてもその名は知られています。

 ヴァース・アンセムというのはア・カペラで歌われるフル・アンセムにたいして、独唱と合唱が交互に交代する形式で歌われるアンセム(英語のモテット)のこと。ヴァース・アンセムはオルガンや器楽の伴奏がつきます。だれがいちばん最初にこのヴァース・アンセムを書いたのか、については定説ではウィリアム・バードということになっていますが、正確にはいまだにわからないらしい。*1 ギボンズはウィールクスやトムキンス、モーリーらとともにこの形式を発展させた作曲家として認識されています。たしかにこのディスクに収録されたギボンズのヴァース・アンセムはどれも美しい。少年隊員によるソプラノ独唱と合唱とのかけあい、ソプラノとアルト(カウンターテノール)の独唱どうしのかけあいもひじょうに美しくて、まさに至福の音楽。なかでもその頂点と言われるのが「見よ、御言葉は肉体となりぬ('See, see the Word is incarnate')」で、トゥルーロの少年聖歌隊員のソロは絶品。天上の妙なる歌声、という感じです。残念ながらここのアルバムはこれ一枚しかもってないので、もうすこし集めたいところ。ときおり挿入されている「パヴァン」、「ガイヤルド」、「グラウンド」のチェンバーオルガン曲も気分転換になっていい。ライナーによると音楽監督のリチャード・シャープという人は、2002年からトゥルーロに着任したようで、前任はリッチフィールド大聖堂聖歌隊の副オルガニスト。で、LFJに行ったときに山野楽器にて'Begone dull care'というやはりおなじくLammasから出ているCDを買ったのですが、これがそのリッチフィールド大聖堂聖歌隊のアルバムで、オルガンはたしかにこの人が弾いていました。こういう偶然もあるのですね。もちろんこっちのほうも負けてなくて、10年くらい前に録音されたものですが、音質・演奏ともにすばらしいです(↓は、The English Choristerの「見よ、御言葉は肉体となりぬ」譜例掲載箇所とトゥルーロのアルバム)。

トゥルーロのCD


 つづいて印象深いディスク、とくるとリチャード・トレーガーがクラヴィコードで弾いたバッハの「フーガの技法」。クラヴィコードで弾いた「フーガの技法」というのはこの盤が最初なんだろうか…それはともかく、クラヴィコードという楽器はひじょうに繊細な響きが特徴。言い方を変えると、「音が細い、小さい」。なので室内楽向けのわりとちんまりしたホールでも聴き取りにくい。やはり「家庭用の楽器」だと思う。それでもこの楽器を選んだのは、この楽器の音響には最高の透明性があるからだと演奏者はライナーに書いています。それにつづいて、あのシュヴァイツァー博士が『バッハ』のなかで、クラヴィコードは「小規模の弦楽四重奏団である。この楽器では楽曲のどんな細部も造形的に浮び出てくる(『バッハ』中巻 p.55)」と書いてあることも引いています。またライナーに記された録音技師のコメントもおもしろい。*2

The Clavichord is a quiet instrument, but it can fill a room with extraordinary resonance. The goal of this recording is to reproduce that effect, as it would be heard by a nearby listener. For the most realistic quality, play these recordings at a low volume level. The variations in color and dynamics are the player's own, and have not been artificially enhanced(下線強調は引用者).

 でもマイクの位置がほとんど楽器にくっついている(?)せいか、それほど音量を上げなくてもけっこうビンビン響いてくる。演奏者自身のつけた微妙なタッチの差によるヴィブラートもまたビヨンビヨン響いてくる(笑)。すこしわざとらしい感じもしないではないが、慣れてくればどうということはない。それよりもこの大作(そして難曲)をクラヴィコードでここまで表現してしまう演奏者の力量のほうにうなってしまう。演奏者によると「未完のフーガ」の初版譜では1ページ分の余白が開いていたから、コーダまで46か47小節分、追加できたのではないかという(1983年に発表されたバトラーの論文の引用)。演奏者はやや少なめに40小節くらいで「終結」させたんだとか。「未完のフーガ」を聴く楽しみは、演奏家がどんなふうにこの曲を終わらせているか、というところにもある。トレーガーの補筆完成版も自然な感じでいいと思う。「補筆完成版」としてはチェンバロではダヴィッド・モロニー盤をもっていますが、トレーガーの「補筆完成版」のほうが好ましい気がする。

 最後に前にも書いた、椎名雄一郎さんの弾いたバッハメンデルスゾーンのディスクもとても印象的だったので、これも買いたい。って米国人のこと言えないな(苦笑)。

*1... The English Chorister, p.304 n.45. また同書によると、戦時中、セントポールの子たちがコーンウォルに疎開していたとき、トゥルーロ大聖堂の礼拝でトゥルーロの子たちと日替わりで歌っていたという(p.250)。

*2... 図書館にて『バッハ』該当箇所を確認したので試訳と差し替えましたが、なぜかquartetを「室内楽」なんてやってしまいました orz。このことばはほとんど日本語化しているので「ちいさなカルテット」くらいにしておけばよかったものを、ほとんど無意識のうちにquartet→「室内楽」という連想が働いて、ケアレスミスを犯してしまった。いずれにしてもこれは当方のエラー。たいへん失礼しました。m(_ _)m

 ちなみに英訳本からの引用文はつぎのとおり。'The clavichord is a string quartet in miniature; every detail comes out lucidly on it.' この前後の記述も興味深いものがあったので、またの機会に取り上げる…かもしれません。

posted by Curragh at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
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