2009年12月05日

WSK vs. 近隣住民

1). ウィーン少年合唱団(WSK)が自前の「専用コンサートホール」を建設予定だ、ということはたしか2年ほど前にここでも触れたような…記憶がありますが、その後すっかりこのことは忘れてました。…ところがここにきて、近隣住民とのあいだで険悪な事態に発展しているようなのです。

 先日、地元紙夕刊に掲載された記事。珍しく(?)WSKがらみの記事だったので、?? と思ってよくよく見たら、「ホール建設で"バトル"」とあり、なんとその「専用コンサートホール」建設反対運動が起きていて、当事者間でかなりもめているというのです。

 この件にかんしていろいろWebサイトとか検索してみたのですが、あいにく参考になりそうなめぼしい記事が見当たらず(せいぜい英語版Wikipediaの記事にちょこっと言及があったくらい)。とにかく地元紙記事によれば、WSK側は2006年に本拠地すぐとなりのアウガルテン公園内に座席数380ほどの専用コンサートホール建設計画を発表したが、近隣住民がいっせいに猛反発。公園に泊まりこんでの抗議活動を展開。

 WSKは、公園の地権者であるオーストリア政府と年1万ユーロ(いまのレートで約145万円)にて賃貸契約を結び、昨年には着工するつもりでいた。ところが建設計画発表直後から反対派市民のテント村が建ち、市民が交代で泊りこむなどして建設絶対阻止の実力行使に出た。反対派市民の言い分はなんといっても「騒音問題」。ホール開業ともなれば来場者の車の騒音は避けられない。WSK側もこうした反対派の意向に配慮し、駐車場は公園から離れた場所に設け、コンサートホールの設計じたいも当初の計画より縮小してなんとか来年はじめには着工したい考え。とはいえ反対派住民は「ヴィーンにはじゅうぶんな数の音楽ホールがあるのに、なんでここに作る必要があるのか」とこちらも一歩も引かない。「ここはみんなのものだ。なぜほかの場所ではだめなのか」。反対派の代表いわく、「合唱団に反対なのではなく、アウガルテンへの建設に反対している」。

 現場では10月にボーリング調査がはじまり、WSK当局と反対派住民のあいだの緊張がいっきに高まったりしたらしい。いずれにせよWSK側も、「寄宿舎にも近いすばらしい環境で少年たちを育てたい」とやはり一歩も引かないかまえ。かたや「専用ホールをもつことは長年の夢」、かたや「なんでここに建設するんだ? 騒音が不安だ」。こういったもめごとは、洋の東西を問わず、こじれると泥沼になりますね。円満解決すればいいけれども。

2). 昨晩、放映された「芸術劇場」。dystoniaなる「難病」に侵されて右手の自由を失い、35年後に奇跡的に両手での演奏ができるようになったピアニストだという。自分は寡聞にしてこの演奏家のことを知らなかったのですが、来日公演の前半がバッハ尽くしだったので、興味津々で見入ってました。「100年に一度の天才」と言われた若かりしころから右手の自由を失ったこと、その後もあきらめずに左手だけで演奏をつづけたこととかご本人が話されてました。話される内容もいちいちもっともで、うなずかされることばかり。ピアノ弾きが手の自由を奪われることは死刑宣告にも近いから、ある日突然、右手が使えなくなったと知ったときには自殺も考えたという。むりもないことです。でもそれがジストニアという脳神経系の病気だとわかり、またボツリヌス毒素による治療をへて罹患後35年をへて奇跡的に快復、ふたたびピアニストとして両手で演奏できるようになったといいます。こういう苦しい、茨の道を歩まれた方だけに、やはり発言も的を突いています。フライシャーさんは来日時に若い演奏家の卵にレクチャーも開いたそうですが、過酷な競争を強いられている若い演奏家にかつての自分の姿を重ねて、心配になると言います。「何時間もばかみたいに練習してはだめだ。これは自分の考えにすぎないが、そういうことが脳に混乱を引き起こすことになるかもしれない。美術館に行ったり庭園を散策したり、そういった体験を重ねて感受性を深めることこそよい演奏には不可欠だ」。

 来日時のレッスン中にひとりの生徒にかけたことばも印象的でした。

'Trust your singing, and listen to what you're singing; because that's usually a good indication of the kind of the sounds that you want.'

「自分で歌ってごらん。それを信じて、耳でよく聴くんだ。たいてい、それが自分の求める音をつかむのによい方法だから」。かつてヴァルヒャが、一声部ずつ生徒に歌わせたというのとたぶん、おんなじことを説いているのだと思う。

 フライシャーさんの奏でるバッハは、演奏者自身も言っていたように、「音楽の本質」に迫るもののように感じたし、各旋律の「流れ」もきわめてクリアに響いて、聴いていてひじょうに心地よかった。深い精神性も感じられる演奏。やっぱり「いろいろな人生体験」が演奏にも反映されるものなんだなぁと感じた。「演奏もまた人なり」です。「狩りのカンタータ」第9曲目の「羊は安らかに草をはみ BWV.208」は絶品!! ペトリ編曲、とあるけれど、リコーダー奏者のミカラ・ペトリだろうか? ブラームス編曲の「シャコンヌ」ももちろんよかったのですが、以前、舘野泉さんの演奏盤で聴いたことがある。これって右手を故障したクララ・シューマンのために、左手だけで弾けるようにブラームスが編曲したものだという。もっともフライシャーさんによると、「オクターヴ下に移調しただけ」で、オリジナルそのものだという…ということはときおり両手も使えば、自分にも弾けるかしら? 

 またはじめて知ったことだが、この難病に苦しむ演奏家が国内だけでも200人はいるというのも驚いた。そんな演奏家に向けたメッセージにも、心を打たれる。

'Don't give up! You're absolutely right. So however difficult, don't lose your hope, and be flexible, be open to a new possibility, and you'll probably have a great, great life, as this happens to me.'

「あきらめてはいけない! あなたはけっしてまちがってなどいない。どんなに困難であっても、希望を失ってはいけません。柔軟になること、あらたな可能性に目を向けることです。そうすればすばらしい人生を送れるかもしれません。わたし自身のように」。天邪鬼な一リスナーは、ただ頭を垂れて聞き入るのみ。

 …いま聴いている「名曲のたのしみ」。ハイドンの「ピアノ・ソナタ ニ長調 Hob.16-19」が流れたら、あれれ?! どっかで聴いたような旋律が…ってこれって「いつも何度でも」じゃないの?!! これがあのメロディーの着想源なのか??? 

posted by Curragh at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
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