2006年02月13日

ツタンカーメン王墓以来の大発見?!

 早稲田大学の吉村教授には足元にもおよばないけれど、古代エジプト文明には小学生のときからかなり強い関心があります。

 ちょうど一年ほど前、その吉村教授率いる日本の発掘隊がカイロ近郊の「ダハシュール北遺跡」で中王国時代末期の完全未盗掘の竪穴墓を発見したことはご存知でしょう。レバノン杉でできた彩色木棺の中には、当時の軍司令官らしい「セヌウsnw」という男性のミイラが目にも鮮やかなブルーのデスマスクを被って横たわっていましたね。ミイラ発見時の写真をはじめて見たときは心底驚きました…そして、きのうの日曜にJNN系列で放映されたこちらの番組、見ましたよ。

 その後あのミイラはどうなったのかなーと思っていたら、昨年8月、ミイラが木棺から取り出されてマスクもはずされ、CTスキャン調査されたことをこの番組を見てはじめて知りました(先生の公式ブログもおもしろくてためになります!)。とくに印象的だったのはセヌウの木棺に描かれたウジャトの眼。ミイラが外の世界を見るために描かれたものなのですが、木棺の右側面、それも足のほうに描かれていた…この謎、ミイラをCTスキャンにかけたら解けたのです。それも意外な理由で。なんとミイラは顔を左に向けていたのでした…とはいえ棺に入れる方向が正反対だったために、せっかくの「眼」も右足側になってしまったのですが…それでも残された家族の、死者にたいする思いやりがせつせつと伝わってくるではないですか!

 今回、使用されたCTスキャン装置は米国地理学協会を通じて独シーメンス社からエジプト考古庁へ寄贈された最新の移動式(大型トレーラーになっている)で、昨年、ツタンカーメン王のミイラ調査時に使われたのと同じもの。技術の進歩ってすごいものですね。なにしろ指一本触れずに中身が丸見え、骨格や複顔までできてしまうのだから…。ツタンカーメン王(トゥトアンクアメ[モ]ン Tut Ankh Ame[o]n が正式な言い方。ついでに即位時はツタンカーテンで、まだこのときは太陽神アテン信仰の時代で、その後アメン神信仰にもどる)のときは1700枚もの画像を撮影しましたが、今回は何枚くらい撮ったんだろう…吉村先生は、こんどはセヌウの生前の顔を復元したいとのこと。

 吉村教授によるセヌウのミイラ発見についてはこちらにも記事があります

 ところがそのツタンカーメン王墓のほんの数メートル先、観光客がふつうにぞろぞろ歩いていた「歩道」のまさにど真ん中からなんとなんと墓が?! しかもこれが未盗掘の墓…見つけたのは米国メンフィス大学のチームで、残念ながらファラオの墓、というわけではないらしい。米国の学者が見つけたんだから、NYTimesにもあるかな、と思ったらちゃんと記事がありました。

 それによると、調査隊はまだ新発見の墓(隠し場所?)の内部には入っていないらしい。竪穴から内部をのぞいて確認しただけ。岩盤をくりぬいた長方形の石室に、封印された陶製の壺と、人型蓋のついたままの木棺が5つあり、どうやら第19王朝末期以来、いまのいままでずっと眠りつづけてきたらしい。被葬者は王族の一員か、ファラオの寵愛を受けていた人たちらしい。考古庁長官ザヒ・ハワス博士によると、今回の調査で埋葬時に使われたとおぼしき縦穴8つも発見された、とのこと。被葬者はこの場所に大急ぎで---なんだかツタンカーメン王のときもそうだったような---埋葬されたかも、と付け加えています。

 ううむ…これは今後も目が離せないぞ。記事でエジプト人関係者もおんなじこと言ってますが、王家の谷はけっして「掘り尽くされて」いないのだということをあらためて感じました。

 …そういえば先週のThe Choirboysと入れ替わりになるけどマイケルたちはもう来たかな…?? 折り紙いっぱい買えるといいね。そして、あんまりムリに歌わせないでね…(銀座のときの録画をやるのかと思ったら、まさかあんな早朝に生出演で歌わせるとは想像もしていませんでした…)。

posted by Curragh at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・考古学
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