2010年01月24日

『日本人なら必ず誤訳する英文』

A: 「なにその新書本? 英語関連?」

B: 「ついオビにつられて買っちゃった。アタマの体操にはもってこいだよ」

A: 「ずいぶん挑戦的なタイトルだな」

B: 「これ書いた人はあのThe Da Vinci Codeを訳したプロの翻訳者先生で、掲載された英文はおもに自分が講師を努める翻訳学校の『誤訳をなくすシリーズ』という一連の講義で長年、蓄積されてきた教材から選んだものらしい。たしかにこれ全問正解できる人はなかなかいないかも」

A: 「しかもオビには『英語自慢の鼻をへし折る!』なんてまたまた刺激的な惹句が書いてあるじゃない。もっともこれは編集者がつけたもんだろうけど。どうだい、ハナはへし折られたかい?」

B: 「誤解のないように言っておくけれども、自分は英語ができる、なんて思ったことない。いまさっきアタマの体操でやってみた今年の『センター試験』の英語筆記試験問題だって、じつにつまんないミスをふたつばかし犯して、マイナス4点さ。なので、へし折られるハナもないってわけ。あ、でも最後の長文は、ちょっと身につまされるかな…『〈子供〉の誕生』のアリエスとかも出てくるんだけど…技術革新が進むなか、古い世代の『おとな』の知識は時代遅れになりがち。だからファッションとか見かけだけじゃなく、あたらしいスキルを身につけるとか、そういう点でも年とった人も若い人も立場はおんなじだってさ」

A: 「だからうかうかしてられないぞ、というわけか。ハナについては、うまい言い訳だな(笑)」

B: 「この本にもどって、掲載されている『設問』について言えば、前半はなんかひっかけ問題みたいな感じで、基本的な文法項目別にならんでいる。たとえばダストカバーにもある、'I waited for fifteen minutes――they seemed as many hours to me.'なんてのはよくある言い方だから、知ってないといけない。俗に言う『クジラの構文』* とかもね…。でもさすがに後半は…解説読むと、なんか『コロンブスの卵』って感じになるんだけど。著者の言うとおり、日本人がまちがいやすい英文ばかり集めてあるから、まちがえたってかまわない。まちがえて、恥かくことで覚えればいいんだから。そうと知っていれば二度とおなじまちがいはしないでしょ? それくらいでいいと思う」

A: 「どれどれちょっと見せて…フーン、関係代名詞もそうだけど、日本人にとって難物なのはやっぱ仮定法だよなぁ」

B: 「『現実に反する仮定』というのがわかりづらいとこだよね。関係代名詞とならんで、日本語のシンタックスにはない発想だし」

A: 「とくにif節のないタイプが…」

B: 「そうだね。たとえば手許にある本からいくつか例を引くと…

 'Thank God, no one was in earshot; they'd have thought I was a crazy woman(近くにだれもいなくてよかった。だれかいたらきっと、この女いかれてるんじゃないの、なんて思われるところだった).'
 'It was so immediately clear that this was the only thing to do. I would not have accepted any other answer(これこそまさに唯一自分のなすべきことだと直感した。これ以外のこたえだったらおそらく受け入れなかっただろう).'
 'I'd give you anything you want to stop that noise(このやかましい音を止めてくれれば望みのものはなんだってあげるよ)!'

それと、'It is high time that...(そろそろ…してもいいころだ)'というのも、よくある言い方だね。'I wish I were...'というのは、すでにおなじみだと思うけれども」

A: 「そういえばきのうの朝、バラカンさんの『ウィークエンド・サンシャイン』でビートルズの歌の歌詞に的をしぼった特集をやってたね」

B: 「聴いた聴いた。あれほんとおもしろかった」

A: 「'You can't do that'だったっけ。canを『可能』の意味だけでとらえていると、とんでもない解釈になっちゃう」

B: 「『そんなことやっちゃダメ』。このcanは能力じゃなくて許可とか禁止ね」

A: 「…ほんとだ、後半は難問奇問ぞろいだ」

B: 「わざと『悪文』というたぐいのものも載せているからね…コンマなしでだらだらつながっていたりする文とか。あとこの本でおもしろいのは、やっぱり著者自身の経験を語っているコラム、というかインタヴューかな。いちばん共感したのは、英語学習について。『結局、英語を正しく理解しているか否かを知るには、訳してみる以外に方法はないんです。…少なくとも日本語を母語として育った人間について言えば、おそらく正しく訳せないものはぜったいに理解できていないと思います』。またこうも言っている。『僕自身、いまでもちょっと気を抜けばすぐ誤訳する(笑)。どんなに勉強したって完璧になんかなれません。だから、謙虚さが大事なんです』」

A: 「なるほどねェ」

B: 「神話学者キャンベルの著作を何冊か訳している飛田茂雄先生が、以前こんなこと書いていたよ。あるときぼんやりしていて、'tube'を『試験管』って訳したんだって。校正の人が、先生、これは「地下鉄」の意味じゃありませんかってメモ書きしてくれたので、未然に誤訳を防ぐことができたって」

A: 「この本の書き方を借りれば、『誤訳する英文というのはだれにでもある』ということ?」

B: 「そういうこと。日本語の文章だってそうでしょ? 小説しか読まない人がいきなり「蛍光タンパク」の論文読んだって、わかるわけがない。なじみのないこと、知らないことはどうしたって限界がある。なので、大先生も人の子、つまんないミスを犯しちゃったりするんだから、われわれ学習者はもっと肩の力を抜かなくちゃ。もっとも真剣に取り組まないと、身にはつかないが(笑)。あ、それで思い出したんだけど、'You'll be so nice to come home to.'なんていう歌があるでしょ。昔、中村保男先生が著作のなかで書いてたんだけど、'...come home to'の'to'のあとになにが省略されているか、わかる? 会話会話って言うけれど、こういうcolloquialな言い回しがすっとわかり、自分でも使えるようにならないと本物じゃないと思うね。ってオレも人のことは言えないが」

A: 「裏表紙に、『日本人が誤読しやすい英文が集められているというわけである。読者は自分の英語読解力に欠けていた部分を発見し、飛躍的な進歩を遂げることができるに違いない』とか書いてあるけど…」

B: 「まずもって全問、取り組むべき。やればやったぶんだけ、まちがいは減る。でも当たり前のことながら掲載英文はどれも短文ばっかだから、なんでもいいからとにかく一冊、読み通してみるといいよ。ってしがない門外漢がこんなこと言うのははなはだおこがましいが…でもこの本はひじょうにおすすめ。買った代金以上の効果はあると思うよ」

* …手許にある本に出てきた「クジラの構文」の例: Your thoughts and feelings are no more attached to you than the pen is attached to your hand(思考と感情は、そのペンが手にくっついていないのとおんなじで、生来そなわっているものではありません).

評価: るんるんるんるんるんるんるんるん

posted by Curragh at 20:39| Comment(6) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
この記事へのコメント
あの番組で、「愛こそすべて」の歌詞の正しい訳を「できないことは何もない≒あなたは何でもできる」っていってましたけど、本当ですか?
昔、予備校で三浦久さんの講義を聴いてからずっと、「できないことはできない」が正しいと思ってきたんですが。
Posted by 通りすがりです at 2010年02月11日 00:21
通りすがりですさん、コメントありがとうございます。m(_ _)m

自分は寝ながら聴いていたので、「ふーん、そうなのか」くらいしか感じていなかったのですが、いますこしだけ海外サイトを調べてみますと「肯定」派の解釈が多いみたいですね。

http://nz.answers.yahoo.com/question/index?qid=20080814005634AAM2XEu

またこういう意見ないし回答もありました。

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3771392.html

おっしゃっているのは'There's nothing you can do that can't be done'の箇所だと思いますが、文字どおりには「(ほかの人が)なし得ないことで、きみのなし得ることなんてない」→「ほかの人がなし得ることは、きみにもできるさ」ということだと思いますが…。でもこの歌の歌詞を正しく解釈するのはかなりの難物かもしれません。二重否定の多用も、敢えてそうしているのでしょうね。
Posted by Curragh at 2010年02月13日 00:10
お返事、ありがとうございます。
私も英語のサイトを検索して、どうやら肯定説(何でもできる)が主流のように感じていました。ただ、英語が得意なわけではないので、生の口語でのコメントなど、よく理解できないところがあります。
ところで、三浦先生は高校、大学と留学され、ボブディランやスプリングスティーンの訳者としても有名なので、それなりに実用英語に長けた方だと思います。
それと、(少なくともロックの英語歌詞では)二重否定は肯定ではなく、強い否定の意味だったと思います。
Posted by 通りすがりです at 2010年02月13日 00:47
通りすがりですさん、

お返事ありがとうございます。

自分も秋山先生の本を読んだわけではないのでなんとも言えませんが、「100%ポジティヴ」な肯定とは言えないような気がします…でもひょっとしたら「ことば遊び」に近いものなのかもしれませんが。「ノルウェイの森」もじつは家具の建材だった、という話もおもしろかったです。つい先日もNHK-FMでカーペンターズの特集を組んでいた番組がありましたが、ビートルズの歌詞も奥が深いですね。引用リンク先ではなんか「二重否定」のほうに重心がかかった話になっていますが、nothingに'you can do'と'can't be done'と二重にかかっているところがミソなんじゃないかと思います。

二重否定は強い否定…についてですが、教養のない人が、「なんにも見えん」の意味で'I can't see nothing!'と使うことはあります。なので肯定なのか、それともたんなる否定の強調なのかは、前後の文脈で判断するよりないと思います。
Posted by Curragh at 2010年02月13日 03:50
どうも、何度もすいません。
多分、(少なくとも、当時の)イギリス人にとっては何でもない用法だったんだろうと思うんですが、(英語が得意ではない)私にはよく意味がわかりません。
今後も、機会があれば、チャレンジしていきたいと思います。
二重否定については、ストーンズの「サティスファクション」や、ダイアナロスの「エイントノーマウンテンハイイノフ」など、教養の有無にかかわらず、口語では枚挙にいとまがないと思います。
Posted by 通りすがりです at 2010年02月14日 01:52
'There's nothing you can do that can't be done'、すなおに前から読めば、「きみのなし得ることで、なされ得ないことはなにもない」で、ようするに「できるかどうかはきみしだい」という感じになるかと思います。もっともこの言い方はごくふつうに見かける言い方ではないように思います。なんでもかんでもあまねく読んできたわけじゃありませんが、すくなくとも自分はこういう言い方は見たことがありません。わざと持って回った言い方を使ったのかと思います。こういう言い方を繰り返しているのも、なんらかの意図があってのことではないかと思います。それがなにかはわからないですが(苦笑)。

教養のない人の言い方、という表現が悪かったかもしれません。m(_ _)m ローリング・ストーンズなどの例は、わざとそういう汚い言い方を使っているのではないでしょうか('ain't'がすでにくずれた言い方ですね)。
Posted by Curragh at 2010年02月15日 00:30
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