2010年01月29日

バロックオルガンの精密なレプリカ

 じつは昨年暮れ、こんな興味深い記事があったということをいまごろ知りました。音楽関連 … なのに扱いはなぜかScienceだったというのも、気づくのが遅くなった理由かもしれない。

 コダック社創業者ジョージ・イーストマンは苦労人だったから、自身が成功を収めたあとは積極的に慈善事業へも寄付をしたりしていますが、教育にたいへん熱心で、教育機関を設立してもいます。イーストマン音楽大学もそのひとつ。で、ここのオルガン科教授陣にスウェーデン・イェーテボリに本拠を置く古オルガン修復の専門家集団の創立者であるオルガニスト先生が2000年に加わり、ロチェスターの米国聖公会クライスト教会に新オルガンを建造することになった。新楽器建造の方針は、「盛期バロック時代オルガンのレプリカ」。できればバッハ自身が演奏した可能性のある楽器を再現すること。でもいざ調査をはじめてみると、教会の西入口上にあらたに設置されるオルガンロフトにぴったり収まるような楽器が見当たらない。そのとき教授陣が目をつけたのが、1776年に建造されたリトアニアの首都ヴィリニュスにある聖霊教会に現存する後期バロック型オルガン。バルト三国は旧ソ連邦だったため、原理主義的な共産主義政府からオルガンを守るため、リトアニアのオルガン建造家によって長いことこの楽器は「塩漬け」状態で封印されていた。皮肉なことにそれが幸いした。欧州の現存する古オルガンは、後世の「修復」を受けているのがつねで、とくに19世紀以降の「修復」によってかえってオリジナルの「響きのよさ」が完全に損なわれ、最悪の場合はまるでべつものの楽器に「改造」されたりした場合がひじょうに多い。リトアニアのこの楽器の製作者は東ザクセンで活躍したアダム・ゴットロープ・カスパリーニという人。カスパリーニは叩き上げの職人 ( journeyman ) で、カスパリーニが建造にかかわった楽器のうちすくなくとも一台は、バッハその人が検査したことがわかっているという。

Then they thought of the Vilnius organ. It had been built 26 years after Bach died, but Casparini had worked as a journeyman on at least one organ that Bach had tested, and could have known him.

 20世紀前半、ロマンティックオルガンに代表される建造のあり方を見直し、「バッハへ帰れ」と唱えたシュヴァイツァー博士の運動の影響もあってか、第二次大戦後は一転して「ネオバロック様式」の楽器が中心になり、当時の楽器の建造法などもさかんに調査されたりした。けれどもこれらの楽器の大半は「成功していない」。そう取材にこたえているのは、なんと日本人オルガンビルダー、横田宗隆氏という方。寡聞にしてお名前は存じあげなかったのですが、こちらのページにも紹介されていて、日本人って器用なんだなあと感心しきり ( 典型的な不器用人 orz ) 。

 計画発足からまる4年は、オルガンの各部材の調査と製作にかかった。使われている釘の寸法からなにからなにまで計測しまくって図面を引いた――集めたデータはなんと電話帳数冊分にもなったというからこれだけでもすごい話 ( オリジナルは演奏不能のため、将来のレストアのためにも正確な資料作りが必要だった ) 。苦労してやっと完成させた楽器を米国に運びこみ、建造をはじめたのが2007年。楽器が組み上がるまでさらに一年かかったというから、このような「古楽器」を精密に再現するのがいかに難事業かがわかろうというものです。当然、ストップのコンビネーションとかスエルペダルもなし。そしていまや常識となっている「送風機 ( ブロワー ) 」もなくて、送風までなんと人力 ( ! ) 。徹底的です ( 足踏み式の、巨大な革製のふいごで風を送る ) 。

 金属パイプはオリジナル楽器とおんなじ配分の錫と鉛の合金。それを ―― 伊・マショーニ社同様 ―― 一本一本ていねいに手作り。木管はマツ材で、こうしてこさえられたパイプはぜんぶで2200本以上。二段手鍵盤と33のストップもすべて昔ながらのローラーボードにトラッカーアクション ( オークとシナノキ材 ) で各パイプと連結されています。金属ワイヤとか滑車のたぐいはいっさいなし。

 こうして2008年10月、新しいけれども古いオルガンは晴れてこけら落としの連続講演会と演奏会でデビューとあいなる。いまは日々のミサなどの礼拝に使われるほか、イーストマン音楽大学のオルガン科生徒の授業に使われてもいる――米国でバッハ時代そのままの楽器を演奏できるのは、まさしくここだけというわけです ( → イーストマン音大オルガン・プロジェクト内の関連ページ ) 。

But if you play it right, added Stephen Kennedy, the musical director at Christ Church, it will do you proud. “It’s fabulous for hymn-singing, and the lighter sounds have incredible vitality,” Mr. Kennedy said. “It screams with joy.”

 … ところで取材中の記者が聴いたという「神の子は来たれり」というコラール前奏曲って、BWV.724のほうなのか、それともBWV.703のほうなのか ??? 音声ファイルも聴いてみましたが、なるほど温かみのある音色で、アンドレアス・ジルバーマン製作の楽器の響きにも似ているかなと思った ( 秋に退職した NYT のもと編集者氏が All the stops なんて米国におけるオルガン通史本まで書くほどのオルガン好きだった、というのも興味を惹かれた ) 。

posted by Curragh at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes
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