2010年02月07日

通り名は'ジェリー'

 こちらの共同通信配信の記事を読まれた方も多いかと思いますが、探してみたら元記事はどうもこれらしい。

 言わずと知れたホールデン少年の「反抗の」物語、『ライ麦畑でつかまえて』の作者、小説家 J.D.サリンジャー氏が 91 歳で逝去しましたが、晩年を過ごしたのはニュー・ハンプシャー州のコーニッシュというコネティカット川沿いの人口わずか 1,700 人の片田舎だったという。でも共同通信配信記事でも「要約」されていたように、けっしてrecluseだったわけじゃなくて、地元住民からは「ジェリー」と呼ばれて親しまれていたそうです ( → サリンジャー生前のコーニッシュ取材記事 )。

 もっとも最初から気やすく、というわけでもなかったみたい。世界的なベストセラー作家になった直後に人目を避けるようにしてこの地に移住してきたことから、当初口をきいたのは大人の住民ではなく、大作家であることをなにも知らない子どもたちだけだったらしい。その後は住民のあいだで「 'ジェリー' 氏のことは物見高いよそ者にはいっさい口外しない」というのがいわば不文律になったようです。

How far afield the directions went “depended on how arrogant they were,” said Mike Ackerman, owner of the Cornish General Store.

 …こう発言しているのは左の画像でピザこさえている人 ( なんとなく「フルハウス」のジョーイみたい ) 。ずいぶん意地が悪いですな ( 失礼 ) ! 

 その当人が亡くなったいま、住民がすこしずつ、このジェリー氏との思い出を話しはじめた――たとえばプレインフィールドにある Philip Read Memorial Library という図書館の常連で、Plainfield General Store というお店には毎日、閉店前にやってきて買い物をし、「マディソン郡の橋」みたいな「屋根つき橋」を渡ったところにあるウィンザーというとなり町にあるスーパーマーケットにも現れ、またそこの軽食堂でランチを食べていた。南に隣接するマサチューセッツ州にあるダートマスカレッジ図書館にも足繁く通っていたという。また 50 年代のサリンジャー氏は、ウィンザー高校の生徒たちと交流していたとも。ここ数年、ほとんど自宅から外出することはなかったらしいけれども、ローストビーフの出る費用 12 ドルの教会の夕食会は大好きで常連だったという。一時間半くらい前に教会にやってくると、時間になるまでらせん綴じのちいさなノートになにかを書いていたという。給仕している子どもたちに「チップ」をはずむ、数少ない参加者でもあった。キルト編みの達人でもあった二番目の夫人コリーン・オニールさんは、とくに町のことに熱心で、町にまたがる広大な土地を買い上げて、開発による破壊からコーニッシュの静かな環境を守ったという。最後に教会の夕食会に出席したのが昨年12月、亡くなるまでの2回はコリーン夫人が食事を持ち帰っていたらしい。

 …いま「紙に印刷された」本がアマゾンの Kindle に代表されるような「電子媒体」に取って代わられるかもしれない、という時代ですが、個人的には「辞書・事典」のたぐいはしかたないとしても、あんなもので小説とか読む気はさらさら起きない。新聞記事は抵抗ないかもしれないが…げんに NYT はこうして「電子版」を引いているし。また Google の進めている「電子図書館構想」とかもどうなのかな…あっちこっちでものを書いて食べている人々・出版社とそうとうやりあっているけれども … サリンジャー氏がこの怒涛のごとき趨勢を見たら、いったいなんと言うのだろうか。

posted by Curragh at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes
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