2010年02月14日

「かいじゅうたちのいるところ」

 幼いころに読んだ「絵本」というのは、何十年たっても記憶の奥底に澱のごとく沈んでいたりしますね。幼稚園の「お遊戯発表会」だったか、たしか『ぐりとぐら』を演じたおぼえがあります…でかい鍋にカステラを入れて焼いたところとか、いまだに覚えています。

 『かいじゅうたちのいるところ』もそのひとつ。「かいじゅうおどり」はよく覚えているけれども、あらためて原作本を見てみるとやっぱりおもしろい。まちがいなく20世紀最高の絵本のひとつだと思います(個人的には『はらぺこあおむし』とか、考えさせられる『おおきな木』もけっこう好き。しかし…1975年初版発行後、先月で刷りも刷ったり110刷!! この絵本じたいがすでに「かいじゅう」並み)。

 で、その傑作絵本をなんと! 実写化したという。これはおもしろそうだということで、観てみました。しかしながらいま「洋画」というのは「字幕」より「吹き替え版」のほうが主流。字幕版…もあるにはあったが、時間帯がよろしくなくて、しかたなく「吹き替え版」で観ることに。

 まずあらためて原作読んで感じたのは、「まるで『メルドゥーンの航海』みたいな出だしだなぁ」ということ。『ブランの航海』でも『聖ブレンダンの航海』でもなんでもいい。主人公が航海に出て、「異界」にたどりつき、数々の冒険をへて、「出発したときとは別人になって」帰還する――古今東西の神話伝承によくある、古くてあたらしい物語のひとつだということです。

 映画ではそのへんがたいへんリアルに描写されていました。もっとも大波のたたきつける岩礁海岸にあんな華奢なセイルボートで行ったら、現実ならば木っ端みじんだったろうが…そこは「マックス少年の心象風景」。難なく上陸、島のかいじゅうたちと出逢うことになります。

 原作では名なしのかいじゅうたちですが、それではお話にならないので、映画版ではそれぞれ一癖も二癖もある、個性豊かなかいじゅうたちとして登場しています――それぞれのかいじゅうは現実世界の鏡写しの存在で、気難しい「キャロル」はマックスの、「K.W.」はお姉さんのそれぞれ大幅にデフォルメされて投影されたものでしょう。しかしながら昨今流行りのCGは控えめなので、かいじゅうたちの存在感はじつにリアル。原作を損ねず映像化している点を見るだけで、監督がいかにこの原作に惚れこんでいるかがよくわかります。

 主役のマックス少年を演じている子(奇しくもおんなじマックスという名の少年)も好印象。原作ではただたんに「暴れん坊」にすぎないマックスをいかにも現代的な、影のある子どもとして演じているところも物語のリアリティを高めていて好感が持てました。

 映画版の「かいじゅうたち」は文字どおりばかでかくて、マックス自身でもコントロールのきかないやっかい者ですが、そのくせ「孤独」というものにひどく怯えている。マックスはどうにかこうにか彼らと過ごしているうちに、自分の内面を客観的に見つめることができるようになる――そのへんの心情の変化というか、うまく視覚化されていたように思いました。

 原作では「いちねんといちにち」航海して自分の部屋に帰還するマックス少年ですが、中世アイルランドの航海物語、あるいは「浦島太郎」伝説のように、こういう物語での時間軸というのはきわめてあいまいです。おそらく家出してそれほど経っていないときに現実世界に帰ってきたマックス少年は、母親の作ってくれた「加工食品」のスープの夕食を文句を言わずに食べるシーンで終わります――この映画ではかいじゅうたちと過ごしているあいだはなにかを「食べる」シーンは出てきませんでした。このへんも時間軸のズレを暗示しているように思るし、「心の内面の風景」ということを暗示しているのかもしれない。

 母親の用意してくれた夕食を食べるときも、頭巾を下ろしているとはいえ、マックス少年は例の「白いオオカミの着ぐるみ」は着たままです。かいじゅうたちの島に行って、帰ってきた後でのマックス少年はもはや家出する前のマックス少年とはちがいますが、着ぐるみを着たままでいることはまだこの先、似たような「騒動」を起こすかもしれないという暗示かもしれない。人間、そうかんたんには変われないものですし。日本でも、「三つ子の魂百まで」って言いますよね。でも精神的には着実に成長する。そういうだれしも通る、一種の「通過儀礼」、イニシエーションというものを描いた作品としてもとらえられるかと思います。

 …そういえば地元紙の投稿欄で、「洋画は生の俳優の声を」と「吹き替え版」主流の映画業界に物申している方がいましたが、自分もこの意見にはおおいに賛成。今回観たのはどちらかというとお子さま向けで、致し方なかったかもしれないが、映画館で観る洋画くらい、演じている俳優さんのなまの科白とか息遣いに浸りたいじゃないですか。残念ながら「吹き替え版」ではわかりやすさと引き換えに、そういう生々しい臨場感を奪っているように感じます(マックスの声を担当していた加藤清史郎くんは悪くなかったけれども)。

posted by Curragh at 23:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画関連
この記事へのコメント
 うわぁ、ご覧になられたのですね! いいな〜。最寄りの映画館ではあっという間に終わってしまいました....。この映画、「かいじゅうたち」は着ぐるみだそうですね。表情など細かいところはCG処理だけど、マックスと「かいじゅうたち」との触れ合いの温かみを重視したと雑誌で見ました。

 私は既にDVD待ちになってしまいましたが、この後はパーシー・ジャクソン、ダレン・シャン、アリスと続くのでしょんぼりしてはいられません。
Posted by すい at 2010年02月16日 23:57
すいさん

そうです、かいじゅうたちは着ぐるみです。

着ぐるみついでに、NHK総合で夕方に放映しているオリンピックダイジェストにもNHKキャラクターの着ぐるみが日替わりで「お手伝い(?)」として登場してますが、「ななみちゃん」は「男の子」だそうですよ。

そういえば『不思議の国のアリス』も映画化されるんでしたね! おもしろそうなので、こちらもできれば観に行きたいと思います(↓によると、『鏡の国の〜』と組み合わせた物語のようですが)。

http://wiredvision.jp/news/200907/2009072720.html
Posted by Curragh at 2010年02月20日 23:36
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