2007年03月22日

「聖パトリックの胸当て」

 先日、もとBACのひとりでウィンチェスターカレッジのすばらしい少年聖歌隊員(Quirister)だったハリーくんの(とかわいい狆の恵之介くんの)情報を書いてくださるKeikoさんから、かつてコナーが作曲した「聖パトリックの胸当て」というのはどういうものなのかというコメントをいただきました。そうだった、聖パトリックと言えば「胸当て」だったな…と思いつつも――パトリックを守護聖人とする一部のカトリック教会では部分的に唱えられたりするみたいですが――大多数の日本人にはなじみのない「祈り」だろうと思います。「聖フランチェスコの平和の祈り」のほうが有名かも。かくいう自分も言われてからはじめて思い出したくらいで、ひさしぶりに本だのコピー資料だのひっくり返してみました…とはいえ手持ちの資料はたいてい「航海者」ブレンダンにかんするものばかりで(当たり前か)、恥ずかしながらパトリックについては「史的パトリック論争」以外はなにも知らないにひとしいのですが、さいわいいくつか参考資料が出てきて、オンライン版Catholic Encyclopedia にも現代英訳文が掲載されていたので、以下、試訳で紹介しておきます。

 原文は7世紀後半ごろの作で、古アイルランド・ゲール語で綴られています。

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 聖パトリックの胸当て

 わたしは今日、身にまとう
 三位一体の強き力への呼びかけを。すなわち
 万物の創造主の三位一体を信ずる。
 
 わたしは今日、身にまとう
 キリストが洗礼により降誕された力を
 磔にされて葬られた力を
 昇天し、復活された力を
 審判日に地に降臨される力を。
 
 わたしは今日、身にまとう
 熾天使の愛の力を
 天使たちの従順さにおいて
 復活し、報いを受ける望みを抱いて
 族長たちの祈りによって
 預言者たちの預言によって
 使徒たちの伝道によって
 告白者たちの信仰によって
 聖処女たちの清純さによって
 正しき人たちの行いによって。
 
 わたしは今日、身にまとう
 天の力を
 陽の光を
 月の輝きを
 火の煌きを
 稲妻の閃きを
 風のすばやさを
 海の深さを
 大地の不変さを
 岩の堅固さを。
 
 わたしは今日、身にまとう
 わたしを導く神の力を
 わたしを支えてくださる神の力を
 わたしを教え導く神の知恵を
 わたしを見守ってくださる神の目を
 わたしのことばを聞いてくださる神の耳を
 わたしにことばを授ける神の口を
 わたしを守ってくださる神の手を
 わたしのゆく手に道筋をつけてくださる神の道を
 わたしを隠してくださる神の盾を
 わたしを庇護してくださる天の大群を。
 悪魔の罠から
 悪の誘惑から
 自然の欲から
 遠くから、あるいは近くから
 おおぜいで、あるいはひとりで
 わたしに悪を企てるすべての者から
 わたしを守ってくださる。
 
 わたしは今日、こうした力をすべて呼び起こす
 わたしの体と魂に襲いかかる残忍かつ無慈悲なすべての力に抗うために
 偽預言者の呪文にたいして
 異教の黒い法にたいして
 異端の偽りの法にたいして
 偶像崇拝の奸計にたいして
 魔女と鍛冶屋と妖術使いの呪いにたいして
 人の体と魂を滅ぼすすべての邪知にたいして。
 
 キリストよ、今日、わたしを守りたまえ
 毒から、火傷から
 川流れから、死をもたらす怪我から
 わたしのもとに、あふれる御恵みがありますように。
 わたしとともにキリストがおられる。わたしの前にキリストが
 わたしの後ろにキリストが
 わたしの内にもキリストが
 わたしの下にもキリストが
 わたしの上にもキリストが
 わたしの右にもキリストが
 わたしの左にもキリストが
 砦にもキリストが
 戦車の座にもキリストが
 舟の舵にもキリストが
 わたしのことを思うすべての人の心にもキリストが
 わたしに話しかけるすべての人の口にもキリストが
 わたしの姿を見るすべての人の目にもキリストが
 わたしの話を聞くすべての人の耳にもキリストが。
 
 わたしは今日、身にまとう
 三位一体の強き力への呼びかけを。すなわち
 万物の創造主の三位一体を信ずる。

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 こんな感じの祈祷文ですが、これは別名「鹿の叫び声」とも呼ばれています。いわゆる『パトリック三部作伝記』のいずれにも目は通してないけれども、おそらくそのうちのどれかに出典があるはずです。たとえばジョーゼフ・キャンベルの大作『神の仮面 The Masks of God』の第三部「西洋神話」の巻。アイルランドについて書かれた章に、「…しかしパトリックとお供の八人、召使いのベネン少年は、(異教徒の上王・ロイガレ[またはリーレ Loiguire, p.462-3]が沿道に待ち伏せさせた)刺客たちを八頭の鹿の姿で通ってやり過ごした。列の最後には白い鳥を背に乗せた一頭の若鹿、つまりパトリックの書字板をかついだベネン少年の姿があった」(p.463)とあって、「鹿の叫び声」との関連がうかがえます。ようするにパトリック一行は、この祈りのことばという「盾」に守られたということです。その後、ターラの丘に到着したパトリックは集まった氏族長にたいし、剣からシャムロックを掴み取って、3つに分かれた葉をたとえとして用いた有名な「三位一体」についての説教をおこない、この日を境にアイルランドは異教世界から正式にキリスト教世界へと変わったとされています。

この記事へのコメント
冒頭から、我が家の紹介をしていただき、恐縮です。。。。m(__)m (恵之介のことまで覚えていただいて)

さすが、見事な訳・・・
とても力強い祈りなのですね。Connorの曲は優しい感じなので、ふうん。。という感じです。
Posted by Keiko at 2007年03月22日 18:49
あっ、「ふうん・・」だなんて、あまりに貧相なコメントで失礼しましたm(__)mm(__)m Connorが何故そういう詩を選んだのかが深くわかって、勉強になりました。ね、Satomiさん。

Posted by Keiko at 2007年03月22日 18:52
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