2010年03月14日

天使のマレー、悪魔のフォルクレ

 先週の「バロックの森」は「バロック時代の音楽家の家族関係に焦点を当てて」。月曜はマラン・マレーとフォルクレ父子の作品がかかりました(その前にBWV.1038の番号のついた「伝バッハ」の「トリオ・ソナタ」もかかりました。案内役の先生によると、これは弟子を指導したときにバッハが作曲を手伝ったのではないか、という)。マレーとくると、一度実演を聴いたことのある「膀胱切開手術の図(ヴィオール組曲第5巻)」を思い浮かべるけれども、この人もまた天才肌の人で、早くから楽才を示して、神童として有名だったという。たいするおなじヴィオール弾きのフォルクレは、たいへんに嫉妬深くて、自分の息子に音楽の才能があるとわかると、なんと幽閉! してしまったとか。とにかく父子間の確執はすごかったらしいけれども、そんな父親が亡くなったあと、息子ジャン・バティストは亡き父のヴィオール作品を編んで、クラヴサン用編曲版もくっつけて出版しています。放送でかかったのは、そのクラヴサン編曲版から数曲。

 その夜の「ベスト・オヴ・クラシック」。寡聞にしてプレトニョフは最近、指揮者としても精力的な活動をしているとは知らなかった。で、そんなプレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団の来日公演から。大好きなベートーヴェンの「7番」と有名な「5番」に…アンコールはなんとバッハの「組曲 第3番 ニ長調 BWV.1068」から「アリア」! 使った版はストコフスキーみたいだけど、しっとりとして聴いていてとても心地よい演奏でした。つぎの日の放送もまたベートーヴェンの「7番」がかかったけれども、こっちはズービン・メータ指揮の、名門ウィーン・フィルによる演奏でした。

 水曜の朝の「バロックの森」は、甥っ子と伯父さんの関係にあたるフランソワ・クープランとルイ・クープラン。フランソワは叔父さんのあとを継いでサン-ジェルヴェ教会オルガニストになったけれども、フランソワ・クープランとくるとなんかクラヴサンの作曲家、というイメージがあるのですが、じつは最初に出版したのはオルガン作品だったりする。それが「二つのミサ曲からなるオルガン小曲集」というもの。この日かかった音源は…なんとあのスコット・ロスによるオルガン独奏でした! ちなみにクープランにかぎらず、この時代のフランス古典のオルガン曲、とくに典礼用の独奏曲では、「クロモルヌのレシで」とか「トランペットとクロモルヌによるディアローグ」、「ティエルスをテノールで」とかのレジストレーションの指示がつきもの。なので演奏者は「レシ(エコーもしくはソロ、現代ではスエルオルガンに相当)鍵盤にあるクロモルヌ管(Cromorne, 独語ではKrummhornと呼ばれるリード管ストップのこと)」を選んで弾くか、それがない場合はなるべくそれに近い音色のストップを選んで弾くことになります。「オッフェルトリウム(奉献唱)」では、朗々とした「グラン・ジュ(Grands jeux、グラントルグ[主鍵盤、独語のHauptwerk鍵盤に相当]のリード管中心のフルコーラス)」でしたね。金曜の朝は、リューベック聖マリア教会オルガニストで作曲家のブクステフーデと前任者トゥンダーの作品。例によってバッハとブクステフーデの愛娘の「こぼれ話」つき(苦笑)。「前奏曲 イ短調」とコラール前奏曲「来たれ、聖霊よ」で、演奏者はピート・ケー。この前自室の掃除をしていたら、かなーり昔のこの人の来日公演のチラシとかが出てきたり(笑)。
 
 そういえばけさの「リクエスト・アラカルト」、バッハの「マニフィカト 変ホ長調 BWV.243a」でしたね(その前にヴァルヒャによる「小フーガ BWV.578」も)。以前、「BWV.243」のほうは鎌倉のグロリア少年合唱団による実演を聴いたことを書いたけれども、こちらは初期稿で、のちにバッハはD管トランペットの輝かしい響きを追加するため、半音低く移調した版をこさえたらしい。合唱は名門オックスフォード・クライストチャーチ大聖堂聖歌隊、指揮は名オルガニストでもあるプレストン…でしたが、この音源はずいぶん子ども子どもした歌声だなあ、というのが第一印象。10年以上前に来日したときにここの聖歌隊を聴いているけれども、まるで別物のように聴こえます。

 …最後にまたしても関係ない話を。先日、強風が吹きまくったときに鎌倉の鶴岡八幡宮のご神木の大イチョウが根こそぎ倒れてしまいましたが、高校生のときに自分も見たことがあるからおどろいた(もっともこんな感情は気まぐれな感傷にすぎない、ということはわかっているけれども)。樹齢千年以上、むき出しになった幹の真ん中へんは完全に空洞で、重さを支えきれず、風圧に負けてしまったんだと思う。でも風化した岩石とちがって植物は再生できる可能性があるところが救いではある。源実朝暗殺を目撃したというこの大木の寿命は尽きてしまったけれども、新芽がふいていたらしい。根っこの部分は5メートル先に移植されるようですが、イチョウがはやく「再生」するといいですね(→関連記事)。イチョウとくると「銀杏」ですが、大木になると、「乳状下垂根」というのがぶら下がっている場合があります。たとえば西伊豆町宇久須にある「永明寺の大イチョウ」なんかがそう。晩秋の黄葉は圧巻です。

posted by Curragh at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | NHK-FM
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