2010年04月18日

バッハとベースライン

 「schola 音楽の学校」、見ました。「バッハ編」三回目は通奏低音。…自分には作曲も即興もとにかくそんな才能はないので、生徒さんたちがきせこちないとはいえ、基本となるベースラインからの和音を示す数字から即興でよくあれだけの旋律を紡ぎ出せるものだ、と感心しきり。バッハの通奏低音の上に、思い思いの上声部を乗せて歌わせていましたね。

 ただ、坂本龍一氏(教授と言ったほうがいいのかな?)のこの番組はこのあと「ジャズ」とか「ドラムとベース」とかに「発展」していくようなので、たとえばここでもたびたび紹介してきたBBC Radio3の「クラシック名曲徹底解剖」番組、というわけではありません。でもこういうスタイルの音楽教育番組はどういうわけか(?)いままでなかったものだし、バッハと聞くだけで敬遠していたような音楽好きにもまさにぴったりな企画です(子ども向け番組としては、以前放映された「音楽のちから」というものはあった)。

 番組を見てはじめて知ったのですが(いまごろ?)、音楽の生命線はベースラインにあり、というようなことをバッハは自分の弟子に言っていたらしい。たしかにバロック音楽って別名「通奏低音の音楽」って言われるし…そしてバッハは繰り返される低音主題上に巨大な変奏曲を書くのが案外、好きだったのかもしれない。そういう作品は数こそ少ないけれど、たとえば「ゴルトベルク」がいちばんいい例ですね。サラバンド主題がひじょうに有名ですが、ほんとうの主役はそれを支えて動く低音にある。これが30回、高度なカノンも織り交ぜて繰り返される変奏の文字どおりベースラインになっている。もっとも有名な逸話によれば、これは不眠に苦しむカイザーリンク伯爵をなんとかして慰めよう、ということだったらしいから、そうすると単一主題にもとづき基本的な和声進行もおんなじ変奏曲形式が最適、と考えたのかもしれない。もっとも作曲年代についてはこの逸話よりもっと前だったようですが、とにかく当時14歳くらいのヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクなる優秀な弟子がいたことはたしからしい。なのでフォルケルの有名な記述は、作り話として一蹴すべきではないようにも思う。やっぱりゴルトベルク少年はこれを伯爵の眠れぬ夜のために弾いて差し上げたんじゃないかな。げんにここにも、毎晩これ聴きながら寝る人がいるので(かなりハマってます)…。

 バッハと変奏曲、とくると、現存する自筆譜としては最古の部類に入る「旅立つ最愛の兄に寄せる奇想曲 BWV.992」とかも組曲の小品(変奏曲)だと思うし、また若いころのバッハは、北ドイツ楽派以来の伝統的な「コラールパルティータ」という変奏曲形式のコラール編曲もいくつか残してもいます(余談だが「ペータース版」はアルファベット順に作品を並べていて、コラール編曲では初期コラールパルティータがなぜか「オルガン小曲集」とセットになって掲載されている[V巻])。「ゴルトベルク」のほんとうのタイトルは、「二段鍵盤チェンバロのためのアリアとさまざまな変奏からなるクラヴィーア練習曲集」です。とはいえ「単一のバス旋律、あるいは和声進行」から、よくもこれだけの変奏を創造しえたものか、と聴くたびにそのとてつもなさを感じます(素人なりにではあるが)。とにかく晩年のバッハが自身の仕事の集大成として、「単一主題/単一基本低音旋律」から無限大とも言えるほどの作曲の可能性を示すことに異常なまでの執着を見せていた、ということは感じられます。

 「かくのごとくバッハはひとつの終局である。彼からは何ものも発しない。一切が彼のみを目指して進んできた」とは、あまりにも有名なシュヴァイツァー博士の評伝『バッハ』(上巻、p.26)の記述ですが、坂本氏もおんなじようなことを番組で言っていた。ジャズやロックといった現代音楽も、もとをたどればみなバッハにまで行き着く、バッハ以前(古楽)とバッハ以後では西洋音楽のありようは決定的にちがう、やっぱりすべての出発点はバッハだと。逆に言えば、シュヴァイツァー博士の言い回しになる。バッハまでの西洋(西欧)音楽を俯瞰すると、中世・ルネサンス以来のさまざまな音楽の流儀や流派、作曲技法とその伝統は、バッハというひとつの終局に向かって突き進んでいるかのような印象をどうしても受ける。作曲面では、その端的な例が対位法、カノンやフーガ(リチェルカーレ)だろう。演奏の伝統という点では、たとえばオルガンにおける「両足でつくる芸術」ということが挙げられるかもしれない。同時代人をして「あの人はバッハか悪魔にちがいない」と言わしめたほどの「音楽史上、最大最高のものすごいオルガニスト」だったし、ベースライン云々…というのもオルガン弾きなら人一倍、感じていたことだろうから、すごく納得がいく。「数字付き低音」と言われるように、ふつう通奏低音というのは基本となるベースラインの上に4とか6とか数字が書いてあるだけ、これを見ながら左手で和音を弾き、右手はその他の合奏部分とぴったり息が合うようにアドリブで旋律を弾かなくてはならないけれども、たとえば「フルートソナタ集」みたいに、バッハみずから通奏低音とその上の旋律を書きこんでいたりする例も存在しています。これはあきらかに教育用の配慮だったと思う。「オルガン小曲集」、「平均律」、「クラヴィーア練習曲集」…バッハはじつにさまざまな「練習用の」作品を創作して、そのどれもが傑作ぞろいときている。

 考えようによっては「フーガの技法」もそんな変奏曲の系譜に連なるのかもしれない。グールドは生前、この作品を絶賛していたらしいけれども、グールドとくるとやっぱりあの「ゴルトベルク」。最晩年にもおんなじ「ゴルトベルク」を録音していて、彼の墓碑には「アリア」の冒頭上声部が刻まれている。そういえばグールドという人は天秤座(Libra)生まれで、しかも50回目の誕生日を迎えた数日後が命日になってしまったから、みごとなまでに「円環」を描いて終わっています。「アリア」から「アリア」へ、というふうに(以前ここで疑問に思っていた、「アリア」主題がブクステフーデの「ラ・カプリッチョーサ BuxWV.250」の件。『バッハの鍵盤音楽』という本には、「キャベツとかぶら」のうちひとつがこのブクステフーデのチェンバロ変奏曲でも用いられていると書いてありましたが、「どっちがどっちの引用」かはやっぱり不明。それともこの旋律は俗謡のたぐいだから、ふたりともふつうに知っていたのかもしれない。またバッハみずから、自分が所有していた初版譜[自筆譜は残っていない]に「14のカノン(BWV.1087)」を追加し、「などなど(Et cetra)」と書きこんだりもしているから、この作品にはほんとうの終わりなどないのだ、という思いがあったのかもしれない)。

posted by Curragh at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
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