2010年04月26日

火山噴火と「アースデイ」といま話題の…

1). アイスランド・エイヤフィヤトラヨークル氷河の火山噴火。専門家は東隣りのアイスランドでもっとも危険な火山とされるカトラ山に「引火」することを恐れているようですが、このほどNYTにも関連記事が掲載されてました。が、ちょっと偏向した書き方(?)という印象を受けた。

 出だしで2008年の世界同時不況で引き起こされたアイスランドの深刻な金融危機が引き合いに出されていて、人口わずか32万人ほどのちっぽけな島国で起きた金融危機の衝撃波は北大西洋を越えて英・蘭の大口預金者を直撃したと言及したあと、同国の政治評論家らしい人の発言として、「身の上に降りかかった災難の輸出という点ではかなり長けてきている――でも今回の噴火は自然の仕業であって、われわれのせいじゃない」とか引用されています。このへんはまだしも、すぐそのあとに「アイスランド国民は、このたび降りかかった災いを楽しんでいるというふうに見られないよう気をつけているいっぽうで、今回の噴火については概して安堵の溜め息をついている」というくだりはどうか。またそのあとで、

Mr. Skarphedinsson and other Icelandic politicians do not try to conceal their resentment toward the British government for its use of terrorism laws to freeze the Icelandic banks’ assets during the financial crisis in 2008. But if they are feeling any schadenfreude in Britain’s suffering, it has been well concealed, cropping up only in jokes that have been making the rounds here.

One, perhaps told with more glee by Icelanders than by mainland Europeans, has Iceland misunderstanding what Europe was requesting: “We wanted cash,” Europe says, “not ash.”

Another: It was the last wish of the Icelandic economy that its ashes be spread over Europe.

という、かなりきついジョークまで紹介している。ここだけ取り上げるとなんだかアイスランド人の国民性が疑われそうだが、過去に何度となく自然の猛威に晒されつづけている人たちなので、ちょっとやそっとじゃ動じないといったほうが正解。たしかに今回の噴火もいままでの噴火と同様、「また噴火したか」くらいの認識だろうし、またみんながのんびりかまえているのも今回の噴火が首都レイキャヴィク(アイスランドのほとんどの人口が集中している)から遠く離れた南部の海沿いで発生し、しかも偏西風に乗って火山灰がおもに東の欧州大陸へと流されたため、というのもあるかと思う。「(金融危機で迷惑を被った英国について)人の不幸を笑う」という言い方は、やはり言いすぎだと思う。いまアイスランド国民の最大の関心事は、さきの金融危機を引き起こした当事者にたいする責任追及と、その原因究明だという。特別調査委員会が12日に公表したという報告書、そのページ数たるやなんと2300ページ!! 当時の首相や中央銀行総裁などのめんめんが「経済面での監視を怠った」かどで槍玉に上げられている。また国の信用じたいが内外から問われ、いまの日本と同様、アイスランド国民自身も自信を喪失しているようです。とにかくこの記事、アイスランド国民にとってはかなり辛口に受け取られる書き方だと思う。というわけで、こちらの記事の書き方のほうがまだましかと思う。

 ところで記事にはご親切にも例の火山の発音(英語読みでの)まで書かれてあって、それによるとどうも「エイヤフィヤットラヨークト」になるらしい。最後のllは発音しないのか、発音してもほとんど聞き取れないのでしょう。最後に出てくる小説家氏の発言は、同様に火山国であり地震国でもある日本にも当てはまる。

“You never know what’s going to happen,” he said. “There’s never a dull moment in Iceland.”

2). そういえば20日って「地球の日」、アースデイでしたね…そうか、もう40年になるのか。たしか20年前のいまごろ、まだ学生時分にNewsweek誌で特集記事を読んだっけ。「スイスアルプスが危ない!」という記事で、アルベールヴィル冬季五輪に向けた開発とか深刻な排ガス汚染とか、そんなことが書いてあったかな。でも40年も経てば運動の性格じたいも変質するもの。やっぱりいまの人より当時の人のほうが、自然環境にたいする危機意識ははるかに強かったように思う。当初のアースデイでは環境を破壊する側イコール営利目的の企業という色彩が強くて、企業の経済活動そのものが悪、という敵対意識が鮮明だった。いまは、というと、アースデイの主役は攻守ところを変えまして、昔非難されていた企業側。より正確には、企業と手を組んだ環境保護団体、ということになります。その結果、企業も環境負荷のすくない商品開発を推進するようになり、また保護団体も企業に啓蒙することで自分たちの知名度もアップするという、ようするに「環境にやさしい」イコールおたがいにとって利益になる、という図式ができあがっているようです。一見、いいことのようにも思えるけれど、環境保護運動の先駆者の多くはこうした「環境にやさしい云々」というのは本来あるべき姿からは乖離していると嘆く。たとえば元祖アースデイ創始者のひとりはこう憤慨している。

“This ridiculous perverted marketing has cheapened the concept of what is really green,” said Denis Hayes, who was national coordinator of the first Earth Day and is returning to organize this year’s activities in Washington. “It is tragic.”

たしかに企業マーケティングというか、企業イメージ向上のかっこうの「宣伝」と堕している点は否めないとは思う。NYC市長みずから全市あげて環境負荷低減に取り組むと演説したとかいう話もついでに(?)紹介されてますが、それにしてもいまの米国では、飲料水ボトル(ペットボトル?)のリサイクル率って36%にすぎないんですね。ペットボトルにかぎって言えば、日本国内の回収率は50%以上で世界一らしいけれども、同時に回収率とリサイクル率とのギャップもまた世界一らしい。アースデイにもどれば、けっきょくなんでもそうだと思うが、こうした運動ってしょせんはそのときどきの社会動向を写す鏡みたいなものにすぎない。

“Every Earth Day is a reflection of where we are as a culture,” he said. “If it has become commoditized, about green consumerism instead of systemic change, then it is a reflection of our society.”

3). 週末、墓参りで西伊豆に行ってました。墓参後、ちょっとそのへんをぶらぶらしただけでも、新緑に萌える山々から発散される大量のフィトンチッドに爽やかな潮風をぞんぶんに吸いこんだおかげか、心身ともにかなりリフレッシュできたような気がします。で、そのとき親戚の家に立ち寄ってお昼ごはん食べたんですが、その親戚は某全国紙を取ってまして、一面をぴろっとめくると例のWashington Post紙の辛口コラムのことが載っていた。本日発売の週刊誌でも書いた当人が取材を受けているから、ここで喋々するまでもないけれども、ちょっと気になったことがあったのですこしだけ。

 話題の記事について、コラムニストの書いた文章を見ればだれの発言かはすぐにわかる。いちいち書いた本人に聞き出すまでもない話ではある(以下、下線は引用者)。

By far the biggest loser of the extravaganza was the hapless and (in the opinion of some Obama administration officials) increasingly loopy Japanese Prime Minister Yukio Hatoyama. He reportedly requested but got no bilat. The only consolation prize was that he got an "unofficial" meeting during Monday night's working dinner. Maybe somewhere between the main course and dessert?

 むしろ問題だと感じたのは、当日のオバマ大統領がどんなふうにことばを交わしたのか、ということ。これについて、その全国紙の一面には24日付けPost記事の要旨まで掲載されていて、それを見てえッ?! と思い、原文を見たら、

The meeting Friday followed a brief and blunt tete-a-tete between President Obama and Hatoyama on April 12 during the prime minister's visit to Washington for the Nuclear Security Summit. During the 10-minute encounter, Obama told Hatoyama that the two countries were "running out of time" and asked him whether he could be trusted. Japanese officials were so taken aback by the toughness of Obama's tone that they did not draw up a written record of the words exchanged between the two leaders, sources said.

あらま、ほんとだわ(苦笑)。ということは、「わたしの耳ではそんなこと聞いてない」というのは、ウソだったんだな。この人って、自分に都合の悪いことはみんな「聞かざる」になっちゃうらしい。というか、はっきり言ってつまんない見栄ばっか張っている印象がぬぐえない(べつにこれだけじゃなくて、ほかの発言なんかもすべてにおいて)。ヘンなとこで見栄っ張りなんだな。たしかに相手にスゴまれて「ほんとに信用してもいいのか?」と訊かれました、なんて口が裂けても言えないか。

posted by Curragh at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes
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