2010年05月23日

即興演奏から生まれた傑作

 坂本教授の「音楽の学校」、「ジャズ編」はすこぶるおもしろかった。ジャズの成り立ちからスウィングの黄金時代――往年の『スイング・ジャーナル』誌は残念ながら7月号をもって休刊してしまうが――、ビバップに「モード・ジャズ」の衝撃、そして「フリー・ジャズ」…と本にしたらそれこそ何冊分にもなるであろう事柄をこれだけコンパクトにまとめて、自分みたいに「ジャズ=てんでにソリストが即興演奏しまくっている」構図しか思い浮かばないド素人にもよくわかる内容でした。

 この番組のいいところはやっぱり子どもたちにじっさいに体験してもらうというところかな。ワークショップを通じて、子どもたちは楽器を手にとり、とりあえずやってみる。あらかじめ練習はしてあるんだろうけれども、たとえば「モード・ジャズ(これが中世教会旋法を土台にしていることくらいは知っているけれど)」の回ではマイルス・デイヴィスの記念碑的作品So What? のモード(ここでは第一旋法/ドリア調、つまりシにフラットのないニ短調)内の音ならどれを使ってもいいという即興演奏をみんなが体験したのですが、見ているこちらがびっくりするほどできちゃうものなんですねぇ。最終回の「フリー・ジャズ」なんかにくるともう…なんというか岡本太郎さんの世界ですな(笑)。また音楽とは直接関係ないけれども、最初の回に出ていた綿花畑で働く子どもの姿を捉えた白黒写真は、ひょっとしたらルイス・ハインの写真だろうか(提供元クレジットにはGetty Imagesとあったから、ここのストックフォト分かもしれない。ハインだけでもけっこうある)。

 ところで…「即興演奏」はなにもジャズだけの専売特許ではありません。バロック時代の音楽なんかまさにそう。もちろん「フリー・ジャズ」みたいになにやってもいい、なんてことはなくて、当時の演奏習慣にもとづく暗黙の了解というかルールの範囲内なら、演奏者の自由裁量に任せてもいい。あるいは演奏者どうしが、あたかも「対話」を交わすような、そんな音楽のやりとり。丁々発止の「かけあい」みたいな即興はけっこう古くから行われていて、模倣技法が発展したフランドル地方の音楽家がこの手の即興に秀でていたらしい。そんな彼らの一部がのちにイタリアに渡って、その後のイタリア音楽に多大な影響を与えたりもした。バロック音楽の特徴としても指摘される通奏低音も一種の即興ですね。

 でも即興演奏にも欠点はあって、その場で作曲しつつ演奏するという性質上、どうしても音楽があるひとつの方向性を向いてしまうということ。これはバッハほどの大天才をしてもそうで、最晩年にポツダムのサン・スーシ宮殿に招かれたとき、フリードリヒ大王から「6声のフーガを即興演奏してくれないか」と乞われた話なんかそのよい例です。その前日に招かれたときは「大王の主題」で3声フーガをみごとに即興演奏して大王はじめ列席者から賛嘆されたバッハでしたが、さすがにこれはむり。そこでその場は自作の主題――もしかしたら「フーガの技法」の基本主題か? ――にてしのいだものの、ライプツィッヒに帰ったあとも心残りだったようで、それが「フーガの技法」とならぶ最晩年の対位法の集大成、「音楽の捧げもの」として結実することになります。大王から出された「宿題」にたいするバッハのこたえが長大な「6声のリチェルカーレ」というわけなんですが、この前見つけたヴァルヒャのオルガンによる演奏を聴いて、急にこの「音楽の捧げもの BWV.1079」ばっかり聴くようになった(すぐ感化される人)。で、聴いているうちに「? 、なんかどっかで聴いたことがあるような…」と思い、ふと手許にあったウィリアムズ本を開いたら、後世の筆写譜としてオルガン版もいくつかあるようで、この「6声のリチェルカーレ」も載ってました(p. 539)。その記述を見てなるほど、と思ったのは、「幻想曲 ト長調 BWV.572」と「6声のリチェルカーレ」の最初の盛り上がり部分がよく似ているということ。提示部が終わると、一歩一歩、踏みしめるようにどんどん上行してゆくところなんかよく似ています。そうかBWV.572だったかぁ、とひとりで納得したしだい。あ、そういえば先週の「バロックの森」でもBWV.572が「フランス様式の音楽」を集めた木曜朝の放送でかかってましたね。また土曜日にかかった、M.コレットの「朝」というクラヴサン小品もはじめて聴く作品で印象に残った。

 …影響されたついでに、いままで買おうと思っていながら長いこと買わずにいた「音楽の捧げもの」のポケットスコアも手にいれた(図書館に行ったついでに楽器屋さんに立ち寄ったら、ずっと昔から売れ残っていたみたい)。「無限カノン」、「謎カノン」なんか、譜面を眺めているだけでもすごくおもしろい! 難解な「音楽クイズ」だけれども、ありがたいことに「解決譜」、つまり演奏可能な譜面もちゃんと掲載されているから、すぐに弾ける。さすがに「6声の…」はむりだから、せめて「3声のリチェルカーレ」の前半だけでも弾いてみたい。いちばん手っとり早いのは、ひじょうに短い「2声の謎カノン(Quaerendo invenietis、求めよされば見出さんの副題つき)」。ポケットスコアでは「正置形」しか掲載されてないけれど、これはまるごとひっくり返しても演奏可能な「鏡像カノン」でもあるから、あとで自分でひっくり返してみるかな。同時に「無限カノン」、つまりえんえんとダ・カーポで演奏可能でもあるので、ふつうは適当に繰り返したらフェルマータが印刷された小節で終止させる。とにかく短いし、2声しかないので、これなら時間のない自分でもなんとかなりそう。手持ちのレオンハルト盤では「正置形」のみの演奏だけど、図書館から借りたリヒター盤では「鏡像形」でも収録されてました。こういった一種の謎解きカノンというのも、もとをたどればフランドルの音楽家のあいだで流行った即興演奏にまで行き着くようです。

 話もここでダ・カーポして…即興演奏の楽しさを教える、ということは音楽の本質的な喜びを伝える手段でもあると感じる。こういう試みを音楽家はもっともっと広めるべきだと思います。って以前にもこんなこと書いたとは思うけれども。それと…「ドリアン・モード」で思い出したが、寝るときに聴いている「ゴルトベルク」。だいぶ前に買った2枚組の一枚で、演奏者はクリスティアーネ・ジャコテ。問題なのはそのライナーの翻訳でして、なんだかよくわからなん個所が多い。あきらかなまちがいもあって、もう一枚の「オルガン名曲集 Vol.II」と題したディスクのライナーには信じがたい「曲名」が印刷されている。「ドーリア人のトッカータ」!!! いったいこれなんじゃらホイ、と言いたくなるじゃありませんか。

 …そういえばけさ見た「題名のない音楽会」も「即興演奏対決」で、こっちもとても楽しくておもしろかった。

posted by Curragh at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
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