2010年05月24日

少数言語の最後の楽園? 

 米国、とくに NYC は「人種のるつぼ」とか言われます。全世界から移民の集まる米国のなかでも、すぐ沖合のエリス島に移民管理局があったことからか、とにかく昔からさまざまな人種・民族が片寄せあって暮らしてきた都市というのはそうはないのではないかと思います( エリス島、とくると、パブロフの犬ですぐルイス・ハインの写真作品とか思い出してしまふ )。

 そしていまはグローバル化が急激に拡大し、僻地と言われる地域もひとたび開発の手がおよぶと、壊されるのは自然環境だけではなく、土着の文化も同様に破壊されたりする。あるいは文明の利器に圧倒された少数民族がTVや携帯電話やらをもちはじめる。蒙を啓かれる、そこまではいいと思うが、その過程で悲劇も起こる。最大のものはやはりその民族が先祖代々受け継いできた文化、とくに「ことば」の消滅でしょう。ところがそんな絶滅危惧種の少数言語話者が全世界の中心みたいな NYC という大都市にはからずも集まり、その結果、この街が故国ではとっくに消滅した自分たちの言語をかろうじて維持できる「最後の砦」になっているという事実は、歴史の巡りあわせの皮肉なのだろうか。

These are not just some of the languages that make New York the most linguistically diverse city in the world. They are part of a remarkable trove of endangered tongues that have taken root in New York ― languages born in every corner of the globe and now more commonly heard in various corners of New York than anywhere else.

 こちらの記事なんですが、いやあおどろきました。イストリア-ルーマニア語族の「ヴラスキ語」とか、アラワク語族の「ガリフナ語」とか、アウストロネシア語族で西スラウェシで話されているという「マムジュ語」とか、耳慣れない言語を話す人たちがこの街に暮らし、先祖から受け継いだ自分たちのアイデンティティそのものといってもいい「ことば」を必死になって守り、つぎの世代へ伝えていこうと奮闘しているのです。NYCという都市は少数言語を話す彼らにとって、ある意味たいへんおあつらえ向きだった、と言ってもいいかもしれない。

 正確な統計はないものの、現在 NYC にはこうした消滅寸前の少数言語しか話せない人というのはけっこういまして、彼らの仲間内で話される少数言語の総数はざっと 800(!)にものぼる、というのはさらにびっくりさせられる。市内の公立学校生徒が話す言語が 176、もっとも「人種のるつぼ」状態のクィーンズ地区住民の話す言語でさえせいぜい 138 どまりという。

 記事の上の写真に写っているのはイストリア半島東北部の少数民族のことばらしいヴラスキ語ネイティヴのおばあさんとその娘さんですが、娘さんのいとこという女性は、NY 大学で言語学を教えている先生。で、あるときクィーンズ区で自分たちの母語であるヴラスキ語を守るための集まりを開いたら、先生自身もびっくりの100 人ほどが集まったという( ヴラスキ語話者のこのおばあさんは英語がほとんど話せないという )。

 またべつの言語学者先生がマムジュ語話者を探しに 2006 年、というからセヴェリンがウォレスの足跡を辿った 'Spice Islands Voyage' プロジェクトからちょうど 10 年たったときにインドネシアを訪問したけれど、けっきょく見つからずに帰国。ところが2年前、クィーンズ区である結婚式に呼ばれた。となりに座っていたのがなんと探していたマムジュ語を話す老人だった! さっそくマムジュ語でしゃべているところをビデオ記録に残したというわけで、記事左の写真の人がそうです。NYC 唯一のマムジュ語話者。またダルフール紛争難民としてお隣りのニュージャージー州に住むという男性は、こんなことを記者に言ってます。

“Language is identity,” said Mr. Salih, who has been in the United States for a decade. “So many African tribes in Darfur lost their languages. This is the land of opportunity, so these students can help us write this language instead of losing it.”

 マムジュ語話者の老人と会うことのできたカウフマン教授は、「危機言語同盟( ELA )」という専門組織の立ち上げにもかかわっていて、多くの場合「書きことば」というものをもたないこれらの絶滅危惧種言語の維持活動に尽力している。とはいえことばというものはなによりも使わないといけない。ゼリーみたいに瓶詰めしていればいいというわけではない。

 45 年前にやってきて、ロングアイランドに住むもと宝石商だった76歳のイラン人移民の男性は、マンダ語の辞書をこつこつと手作している。またニュージャージー州のパラマスとティーネックという町のシリア正教の教会では現代アラム語が教えられてもいる。現代アラム語はイエスと弟子たちが日常会話で使っていたことばの末裔で、映画『パッション』でも俳優たちがそのことばでしゃべっていた( イエスはピラト総督と話すときだけラテン語だった。'Veritas ...' )。また、1990 年というからちょうど 20 年前にベリーズから NYC にやってきたという男性。21 になる双子の長男次男はスペイン語と英語しか使用しない。まわりの移住者からも自分たちの母語が年々、聞かれなくなっているのを見て危機感を抱くようになる。いまは下の姉妹とその友だちを相手に、みずから作ったバイリンガルソングを歌うことで子どもたちにガリフナ語を教えようとしている。

“Whenever they leave the house or go to school, they’re speaking English,” Mr. Lovell said. “Here, I teach them their history, Garifuna history. I teach them the songs, and through the songs, I explain to them what it’s saying. It’s going to give them a sense of self, to know themselves. The fact that they’re speaking the language is empowerment in itself.”

 ところでアイルランドゲール語( Gaeilge [Ir.])もこうした消滅の危機に瀕した言語のひとつとして記事に出てきます。

In addition to dozens of Native American languages, vulnerable foreign languages that researchers say are spoken in New York include Aramaic, Chaldic and Mandaic from the Semitic family; Bukhari (a Bukharian Jewish language, which has more speakers in Queens than in Uzbekistan or Tajikistan); Chamorro (from the Mariana Islands); Irish Gaelic; Kashubian (from Poland); indigenous Mexican languages; Pennsylvania Dutch; Rhaeto-Romanic (spoken in Switzerland); Romany (from the Balkans); and Yiddish.

…以前「日本語論」ものの本を取り上げたとき、アイルランドゲール語についてずいぶんと失礼なことが書いてあるとちょこっと書いたけれども、日本人はなにかと「英語 対 日本語」、国際語として幅をきかせている英語に日本語が呑みこまれてしまう、みたいなステレオタイプでしか論じないところがある。でも英語を勉強するのはとりあえず世界の共通語として便利だからであって、これは母語として身についている言語とはそもそも次元のちがう話だと思う。体に染みついている母語というものは、そうかんたんに「国際語」の圧力に屈するとも思えないのですが。英語だってそのうちわかりませんよ、かつてのラテン語みたいになっちゃうかもしれないですし( 記事にくっついている動画も興味深い )。

 …おまけ。いまさっき NYT サイト内にてこんな画像を見つけた。そういえば昨年はダリ没後20周年でもあったなー。そしてもうひとつはこれ。…むむむたしかにおかしな英語表記だ。「順路」は 'Visitors' route' とか、'Follow this way' でいいような気がするけれど…。

posted by Curragh at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes
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