2007年04月28日

Ruotaの衝撃

 今月は気象も異常だったが、事件・事故・災害も多すぎました。以下、気になったものだけ書き出しておきます。

1). 熊本市の慈恵病院がはじめた「赤ちゃんポスト(「こうのとりのゆりかご」)」。地元紙の特集記事にてはじめて知ったのですが、この発想じたいはそうとう古く、1188年、南仏マルセイユの病院に設置されたのが最初らしい(いまひとつは1198年、ときの教皇インノケンティウス3世の命によって建てられたサント・スピリト病院という伝説もある)。当時の名称がruota(=wheel)で、母親が赤ん坊を修道院に置き去りにするとき、赤ん坊を回り舞台のような円盤に乗った箱の中に置き、円盤をくるりと回転させると鈴が鳴り、修道士がかけつけるという仕掛けからそう呼ばれたらしい。たしかに中世ヨーロッパの修道院には救貧院や病院に相当する施設があったけれど、捨て子ポストみたいなものまで考案していたとは寡聞にして知らなかった。そしてそれが19世紀までつづいていたことも。イタリアでは事態はいまだ深刻で、捨て子があとを絶っていない。慈恵病院が参考にしたシステムはドイツのもので、ドイツでははやくも7年前にこの「最後の救済手段」を導入したものの、やはり賛否両論で国論は二分されているようです(こちらの記事)。

 「こうのとりのゆりかご」導入を決めた慈恵病院もカトリック系の病院なので、現実に捨てられ、幼い命を落とす子どもをひとりでも多く救いたい、捨て子を看過できない、と考えぬいた末の決断だったろうと察します。とはいえいまは捨て子にされる理由は暗黒時代のヨーロッパとはちがって、ほんとうに生きるか死ぬかの瀬戸際に追いこまれて八方手詰まりでしかたなく、というものではあるまい。あまりに身勝手で一方的な大人の都合による捨て子が大半ではないですか。中世ヨーロッパの人が21世紀の世界を見たら、見栄えこそ洗練され、モノがあふれる光景に圧倒されはしても、こと捨て子問題については自分たちのときとちっとも変わってない、と嘆くにちがいありません。

2). 米国で起きたおぞましいmass shooting。いかなる理由があろうと、犯人は許されるものではありません。とはいえ今回の悲劇は、またしても「銃社会アメリカ」をまざまざと見せつけられました。TVニュースで見たのですが、近所のコンビニよろしく、当たり前のようにガンショップが近所にある。そんな銃砲店を当たり前のようにふつうの人が訪れては、30分ていどの審査で服を買うみたいに手軽にピストルやショットガンを買ってゆく。そのあまりの異常さに寒気を憶える。事件が起きたばかりでまだ犯人の特定もできていないとき、NYTimes社説はこんなふうに書いてありました(下線強調は引用者)。

' ... Sympathy was not enough at the time of Columbine, and eight years later it is not enough. What is needed, urgently, is stronger controls over the lethal weapons that cause such wasteful carnage and such unbearable loss.'


…とはいえ現実の米国社会を海の反対側から見てみますと、「全米ライフル協会」や銃器製造会社の力のほうがはるかに強大なので、銃の乱射による第二、第三の大量殺人は残念ながら防ぐことはできそうにない。昔、米国の暗部をえぐる「アメリカン・ヴァイオレンス」という記録映画を見たことがありますが、開拓時代以来の銃依存という構造じたいはちっとも変わっていない。いくら「人種の坩堝」だからといって、ふつうの人がふつうの暮らしをするのに武装しなくてはならない国なんてどう考えてもおかしい。そんな国の現大統領というのが筋金入りのfundamentalistなのが、なんたる皮肉かとも思う。また、大学側の対応にも大きな疑問符が。最初の銃撃があってから2時間以上経過したあとで発生した2度目の銃撃まで、学生への注意喚起がたった一通の電子メールというのがまたわからない。校内放送ですぐさま授業を中断、避難を呼びかけることはできなかったのだろうか。そうするとパニックになるとでも思ったのだろうか。一刻を争う緊急事態にPCのネットワーク網経由で連絡、という発想もやっぱりわからない。携帯大国日本では、これがPCのメールではなくて全学生の携帯電話向けに同報メール、という形になったところかもしれませんが(まだそのほうがましだったかもしれない)。

3). そうこうしているうちにD.ハルバースタム(73)、K.ヴォネガット(84)、そしてロストロポーヴィチ(80)の各氏があいついで亡くなった。ハルバースタム氏は取材に向かう途中で事故死、ヴォネガット氏については転倒して頭部を強打したことが原因らしい。そして大チェリストのロストロポーヴィチ氏…いずれにしても「巨星堕つ」。冥福をお祈りします。

 地元紙の夕刊に、米国文学者巽孝之氏によるヴォネガット追悼文が掲載されてました。記事中、1984年、国際ペン大会出席のため初来日したときのエピソードがこんなふうに紹介されています。「核状況下における文学」というテーマで大江健三郎、フランシス・キング氏らと登壇したとき、

 「核弾頭には子どものオモチャをつけ、指導者たちには詩あるいは俳句を送りつけよう」

とユーモアたっぷりに語った、と言います。NYTimes の追悼記事によると、ヴォネガット氏が広島の原爆投下とからめて書いた『猫のゆりかご』は米国の高校で国語の教材として使われているらしい。また巽氏はヴォネガットの作品はかの村上春樹氏にも多大な影響をあたえていることも指摘しています。そしてこんどは村上氏の文学が英訳をつうじて米国の若い作家に影響をあたえている。ちょうどこの時期、日本ではどういうわけかキナ臭い改憲論が――国民そっちのけで進行中。困ったもんだ。ほかにもやるべきことが山積しているというのに…。

* 記事中、不正確な箇所があったので一部訂正しました。

posted by Curragh at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
この記事へのコメント
>あまりに身勝手で一方的な大人の都合による捨て子が大半ではないですか

どうして根拠もなくそう思うの?
Posted by EHV at 2007年05月07日 06:08
そう訊くということは、「だれが聞いてもなるほどと理解できる、もっともな理由があって赤ん坊を捨てる親が多い」と認識しているのですね。

捨てられる子どもからすれば、どんな理由にせよ、捨てる大人(親)の身勝手としか言いようがありません。

たしかに以前ならば、戦争に巻きこまれたとか、恐ろしい伝染病にかかって両親とも亡くなったために孤児になってしまった…という事例は多かったでしょう。でもいまは日々の報道を見ても、わが子を平然と虐待する親があまりにも多すぎます。

自分は両親に望まれて生まれてきたのではない、と知った子どもの気持ちを考えたことがありますか。そんな子どもにとって、捨てられたということは自分の存在理由を否定されたことです。はじめから望まない妊娠なら、子どもを作るべきではない。生まれてきた子どもにたいしても失礼ですし、子宝に恵まれない方にたいする侮辱でもある。そんな人は親にならないほうがいい。人の子を育てる親になる資格などはじめからないのだから。

捨てられ、里親に引き取られて育てられた子が、後年生みの親を探しあて、自分を捨てた親にものっぴきならない理由があって泣く泣くそうせざるをえなかったのだと理解し、和解するというケースもあるでしょうが、それはたんなる結果論にすぎない。理想的なのは、もちろん「こうのとりの〜」の必要ない社会ですが、現実に遺棄される赤ん坊があとを絶たない。捨てられる赤ん坊の命を救うことを最優先にするための苦渋の策と理解しています。

自分が見たのはこちらの統計。なぜか2003年度以降のデータがないけれど、「棄児」は年間平均200人前後。とはいえほんとうの総数はもっと多いはずですし、「虐待相談」件数は年を追って増えています。両者の関連性がまるでないとは思いません。

http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/youran/data18k/3-15.xls

そして自分はおおむねこちらの方と同意見です。

http://www.dotcolumn.net/modules/wordpress/index.php?com_mode=nest&com_order=0&p=434
Posted by Curragh at 2007年05月07日 23:25
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