2010年07月11日

「トリノ・エジプト展」

 この前、NHK-FMで「ラジオ深夜便」を聞いていたら、イタリアのトリノにあるエジプト博物館のコレクションがいま日本に来ているという話をやってまして、たいへん興味を惹かれました。なんでも本邦初公開という、ツタンカーメン王とアメン神とが仲よく立っている彫像とかも来ているらしい。ほかにもプトレマイオス時代の子どものミイラとか、ラムセス3世の息子の人形(ひとがた)石棺の蓋とか、見たことのないものばかりでおおいに食指をそそられた。指をくわえてしばらく聞いていたら、なんとなんと日本の最終巡回はここ静岡だという!!! 喜び勇んで美術展としては珍しく前売り券まで買ってしまった。で、先月12日から県立美術館にて、「トリノ・エジプト展――イタリアが愛した美の遺産」の待望の展示がはじまったので、ようやく見に行ってきたしだい(ちなみにこちらの「質問ページ」も秀逸)。

 かのシャンポリオンが、「メンフィスとテーベへの道はトリノを通過している」ということばを残したほど、トリノエジプト博物館のコレクションは規模が大きく、学術的価値もきわめて高いものだということは、寡聞にして知らなかった。イタリア人発掘者、とくると、その荒っぽさから墓泥棒なのか考古学者なのかよくわからないベルツォーニという人のことくらいしか知らなかったから、これは新鮮なおどろきでした。

 本家の博物館では、段階的に改装が進行中で、工事の指揮をとっているのがトリノ冬季五輪の美術監督だとか。で、照明と鏡を駆使した斬新な展示法が評判とのことで、今回の日本巡回展でも同様の展示方法が採用されたという。昨年見た「国宝・阿修羅展」のときみたいに、たいていの立像・石像・石棺の蓋なんかはガラスケース越しではなく、鑑賞者の目前にデンと安置されている。お目当ての「ツタンカーメン王とアメン神の立像」は独立した空間の真ん中に配置され、ブースの隅には鏡が配置されてました。ほかにもほの暗い照明がスポットライト的に当たり、鏡を使った演出も嫌味にならないていどでおもしろい効果をあげていたように感じました。

 「阿修羅展」のときは押すな押すなのものすごい混雑で、とてもじゃないが美術展とは思えなかった。でも今回はそんなバカ騒ぎもなく落ち着いて、ゆったりと心ゆくまで鑑賞できてなにより。

 さて展示の最初でまずお目にかかったのは――なんと油絵(!)。19世紀末、トリノエジプト博物館のようすを描いたもの。古代エジプト展で油絵を見ることになるとは、夢にも思っていなかった(笑)。最初の展示でおおいに興味をもったのは「トトメス3世のシリア遠征のパピルス」というパピルス巻き物の断片。20王朝時代というからトトメス3世の生きた時代から300年くらいあとの時代に記録された文書ということになる。おもしろいのはその「字体」。典型的なエジプト象形文字というより、なんか草書体みたいな印象です。こんな古文書、はじめて見た。なんでもトリノエジプト博物館は、パピルス文書の収集でもつとに有名らしい。説明によると、トトメス3世の一人称で語られているという。当時、『イリアス』のような英雄譚として流布していたらしい。…いきなりすごいもの見てしまった。

 今回、思ったのは、日用品のたぐいも多数展示されていること。書記の使ったパレットにタブレット、手斧(「ちょうな」と読む)にのみ、木槌といった職人道具、亜麻布の反物にあの古代エジプト特有のアイシャドウを塗るための「コホル容器」と呼ばれる化粧箱、そしてなんとすり鉢にすりこぎ、手箒やピンセットなんてものまである。3千年以上も前の古代エジプト人の暮らしぶりが生き生きと立ち現れてくるかのようです。

 そのつぎの展示ブースはお待ちかねの彫像・石棺蓋がずらり。まず目を引いたのは赤みがかった花崗岩でできた「カエムウアセト王子の石棺の蓋」。王妃の谷から出土したものらしい。また「イビの石製人形棺の蓋」というのもすごい。末期王朝時代にカルナックのアメン大神殿で財宝を監督していた役人のもので、てかてかした黒い変成硬砂岩の蓋はとてもつややかで美しい。

 そのちょうど向こう側に、鏡つきスペースがあって、そこに「アメン神とツタンカーメン王の像」が立ってました。もちろんガラスケースなし。360度ぐるりと眺めることができます。石灰岩でできているとのことですが、真っ白で、なんか大理石でできているみたいです。ツタンカーメン王の表情も若々しくて、左脚をすっと前に出したファラオの立ち姿もりりしい。アメン神のほうは、あいにくお鼻が欠けちゃってますが(? 、発掘当時からか)。

 つぎは「祈りの軌跡」と題された展示。ここでは「ステラ」という、てっぺんがアーチ状に丸みを帯びた石碑のたぐいが多い。男性がこのステラを奉納する役目を負っていたらしい。個人的には「ステラを奉納するウベンラーの像」が印象的。ひざまずいてステラを奉納している小像で、掲げているステラには「太陽の舟」がレリーフ状に彫られてました。また「家族像」や「ふたりの女性の像」といった小像には、亡くなった被葬者への哀惜の念みたいなものが伝わってくるようで、心を打たれます。でもここで目をとくに引かれたのはいわゆる「死者の書」のパピルス。天秤に乗っけられた死者の心臓と「マアトの羽根」とが釣り合えば楽園行き、そうでなければカバみたいな化け物に心臓を食われて、来世での生活はできなくなる、という冥界の神オシリスが裁く審判の場面が鮮やかに描かれてました(「最後の審判」の原型か??)。

 つぎは「死者の旅立ち」という展示で、21-22王朝時代の彩色木棺の蓋がいくつかありました。目を引いたのは、それよりも古い中王国時代の「メレルの彩色木棺」。人形棺が普及する以前のもので、こちら側に死者の「のぞき窓」でもある「ウジャトの眼」がしっかりと描かれてました。カノポス壺や、シャブティと呼ばれる、あの世で被葬者本人に代わってさまざまな雑事をこなす人形なんかも展示されていて、はじめて見るものだからへぇ、これがと見入ってました(カノポス壺は、ミイラづくりのときに除去された内蔵を収めた容器)。墓場の守護神、山犬のかっこうをしたアヌビス神(タロットにもそんな絵柄があったような気が)が、なんでいつも「そり」に乗っているのかも今回はじめてわかった。あれって墓所に石棺を運び入れるそりを表しているらしい。ほかにもいろいろとわかったこととかあるけれども…「ジェド柱」って、なんであんなけったいなかたちをしているのかと思ったら、あれオシリスの「背骨」ですって。知らんかった。スカラベやアンク(十字架のモデルともいわれるようですが)とともに、これらは護符、タリスマンですね。また今回の展示では横文字表記が、たとえば「人形棺」がanthropoid sarcophagusとなっていたけれども、これで大丈夫なんかな?? 

 …とにかく質・量ともに圧倒された。めったに拝めないものばかりだし、門外不出のものも多数あり、この機会を逃したらトリノにまで行くしかない(苦笑)。なのでこんな貴重な古代エジプト遺産の数々がここ静岡で鑑賞できて、ほんとうによかったと思う。開催期間は来月の22日までなので、まだの方はぜひ。

posted by Curragh at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・写真関連
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