2007年05月16日

聖ブレンダンの祝日

 Happy St Brendan's Day! 今年もまたこの季節をぶじむかえることができて、ひとまずは聖人に感謝。

 ディングル半島ではこれからが本格的な行楽シーズン、ということでいろいろなフェスティヴァルが催されるみたいですが、こちらのサイトを見ると7月になんとカラフレースが開催されるらしい。以前、そんなカラフレースのもようをYouTube で見たことがありますが、残念ながらそのクリップ、いまはもうないらしい。お祭り、と言えば今月1日のMay Day。The English Chorister の記事でもちょこっと書いた、モードリンカレッジ聖歌隊による「メイ・モーニングの合唱」や、メイ・ポール…といったお祭りが各地でおこなわれますが、これももとをたどればケルト人の年間4大祭祀のひとつ、「ビャオルタネの火祭り Féis Beltaine」に起源があります。

 …とそんな折りも折り、今年はあのホクレア号が遠路はるばるぶじ日本到着。沖縄を皮切りに順次北上中。来月は横浜にも来るらしい。見に行こうかな♪
 
 ティム・セヴェリンが復元船「ブレンダン号」に乗船して、4名のクルーとともに聖ブレンダンの航跡をたどる実験航海に船出したのが31年前の1976年5月17日の暮れなずむころ。この実験航海のために3年半をかけて入念に準備・舟の建造に当たったセヴェリンは、当然、「聖ブレンダンの祝日」当日に出航する予定でした…でもあいにく海はかなり時化て、それどころではなかった。天候不順による出航延期はよくあることですね…しかたなくつぎの日の夕方、潮が引きはじめたころを見計らって出発した、というしだい(参考→本家サイトのブレンダン号航海ページ)。
 
 来月26日は、セヴェリンがぶじ北大西洋を横断してからちょうど30年の節目に当たります…以下、引用としては長すぎるけれども、セヴェリンのThe Brendan Voyage 中、もっとも気に入っている箇所であるブレンダン号出航のくだり(pp.64-68)を試訳にて書き出しておきます(訳じたいはここ数年、ずっと放置してあったものを再利用[笑])。
 
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 5月17日、夜明け。空高く雲が駆けぬけ、積乱雲が水平線上に顔をのぞかせてはいるものの、晴れている。強風の名残のうねりが入江に押し寄せるなか、わたしは入江から道を登りつめたところに建つ二軒の民家へ向かっていた。そのうちの一軒は、入江にカラフを一艘所有するトム・リーヒの家で、彼の意見を訊きに行ったのだ。トムも長身で痩せ型、彫りの深い顔つきをした、話しぶりのおだやかなディングルの漁師連中のひとり。「ホテルにもどって休んだほうがいい」。前の晩、トムがわたしに言った。「休まなけゃいかん。舟のことは心配せんでいい。わしとせがれで、舟になにかないよう見張るから。だれか通ればすぐにわかる」。果たせるかな、そのことばどおりの人だった――明け方、ブレンダン号が万事大丈夫か確かめに入江に下ってゆくと、入江を縁取る防潮堤に黒い影のごとく静かに体をもたせかけているトム・リーヒの姿があった。おかげで助かりました、と礼を言う。「夜、子どもが何人か舟のほうへ這い降りて行ったけど、みんなここいらの子だからなにひとつくすねたりしないさ」。しかり、ディングルの子どもは誠実そのもの。子どもたちは船内も船外もくまなく探検し、懐中電燈やらナイフやらチョコレートバーやら、楽しい品物の宝庫をかきまわした形跡はあるものの、一品たりとも失敬してはいなかった。
 
 さて、入江の口に吸いこまれるように差してくる潮を眺めながら、トムにたずねた。「今日は出発できるでしょうか?」
 
 トムはじっとこちらを見て助言してくれた。「潮が変わるまで待ったほうがええ。といっても2,3時間くらいでいい。そしたらすぐ出航するんだ。ぐずぐずしてたらいかん」
 
 「なぜです、トムさん?」
 
 「空模様がおかしいからだ。これから雨風になる。風向きが北西にでも変われば大きなうねりが押し寄せて入江は大荒れだ。そんなうねりにつかまってみろ、あんたの舟の安全は保証できんね。大波を喰らってこっぱみじんだ」
 
 「わかりました、トムさん。では引き潮がブレンダン号を船揚げ場から沖へ引っぱってくれるときに出航します。伴走してくれますか?」
 
 「いいとも。航海のあいだじゅう、わしら家族が祈っとるよ」
 
 何十か月も前、ブランドン入江にはじめてやってきてまず目にしたのがトムのカラフだった。それで思い出すのは、トムがブランドン入江で定期的にカラフを出して出漁する最後の漁師だということ。わたしはふと思った。千年にもわたって生きのびてきた伝説の舟の最後の末裔がわれわれを見送るとは、なんともふさわしいではないか。
 
 夜が明けると、入江に地元の人がつめかけはじめた。人波は午前中いっぱい途絶えることなくつづく。泥だらけのトラクターに家族をぶらさげてやってくる農夫たち。行楽客も車を乗りつけてきた。ここディングルは人気の高い観光地でもある。学生は歩いてやってきた。自転車にまたがって来た人もおおぜいいる。警官が一組、粋なブルーのパトカーに乗ってやってきた。いかにも人目を意識しているふぜい。表向きは群衆整理のためなのだが、そのじつ自分たちもほかの見物人に混じってブレンダン号をのぞいてみたくてたまらないのだ。司祭のちんまりした一団は防潮堤のてっぺんに居心地よく陣取り、祝福の文句を唱えはじめる。下の岸壁では、群衆を押しのけてやってきたひとりのおばあさんがわたしの手に聖水の入った小瓶をねじこんで、言った。「みなさんに主の恵みがありますように。ぶじにアメリカへ到着しますように」。数人の修道女も声をそろえて、「毎日、みなさんがたのためにお祈りします」。わたしは手渡された聖水の小瓶を、二層舷縁内側の安全な場所におさめた。そこは、ディングル・カラフが聖水の小瓶をおさめる場所とまったくおなじところ。ディングル・カラフはどんなにちいさな舟でも、いまなおこの聖水の小瓶を備えている。クルーは全員、ジョン・オコンネル(=船体なめし革の縫い方を指南してくれた革細工の名工)から肌身離さず持っているようにと、ささやかなお守りももらっていた。彼の顔は不安と緊張でこわばっている。それはクルーの妻や家族もおなじ。「息子をよろしく」とわたしに向かってアーサーの父親が声をかける。ロルフがトム・リーヒのカラフから岸壁に上がってきた。出発前に、どうしてもこの希少種の小舟でひとっ走りしたかったらしい。いよいよ船出である。
 
 「みなさん!」。わたしは見物人に向かって呼びかけた。「手を貸してください。舟を押し出してください」。顔、肩、手がごっちゃになって、褐色の革張りの船体を押しはじめる。ズズズーッとやわらかなうめき声を発してブレンダン号は船揚げ場から水面に浮かび、入江の狭い裂け目の真ん中あたりに錨泊した。
 
 「パパ、いってらっしゃーい」愛娘アイダの澄み切った、かわいらしい声が水面を渡って響いてきた。ありがたいことに、アイダとジョーイ・マレットのふたりはすっかり遊園地気分、ブレンダン号の出航もお遊びだと思っている。
 
 「国旗を揚げよう」。声をかけると、ジョージがメインマストにするすると国旗を揚げる。各国旗は、これから寄港する順番に翻っている。アイルランドの三色旗、北アイルランドのユニオン・ジャック、スコットランドの聖アンデレ十字、フェロー州旗、アイスランド国旗、グリーンランドのデンマーク国旗、カナダのメイプルリーフ旗。そして最後が星条旗。マストのてっぺんには、白地に赤いケルト十字の燕尾型のブレンダン号のバナーがなびく。

 最後の最後までやるべきことで手いっぱい、不安や心配に駆られるいとまなどない。全員、はやく海に出たい、ただその一心である。ところが、さあいよいよというときになると、かならずといってよいほど邪魔が入るもの。錨が海底の岩に引っかかってしまったのだ。ブーツ(=乗組員のひとりアーサーのあだ名)がバカ力で引っぱるもウンともスンともいわない。エンジンつき漁船が一艘、こちらに駆けつける。「ロープをこっちに投げろ! ウィンチで巻いてやる」と叫ぶ声。漁船のウィンチがたるんだロープをピンと引っぱると、錨がはずれ、ブレンダン号はようやく自由の身になった。
 
 ちょうど頃合を見計らったかのように、風がぴたりとやんでしまった。わたしが舵を取り、ジョージはじめほかのクルーはオールを漕ぐ態勢に入る。クルーに呼びかけた。「全員、漕ぎ方はじめ!」。ブレンダン号は回頭し、ゆらりゆらりとブランドン入江から大西洋へ向かって進みはじめる。船荷満載で思うように前進しないが、入江の口から侵入してくるうねりをかきわけかきわけ進む。「こりゃまるでマンモスタンカーをボールペンで漕ぐようなもんだ」。オールのほっそりとしたブレードにちらりと目を走らせて、ジョージがぼやく。舟の両側にはカラフが一艘ずつ、いかにも軽やかに進む。うち一艘はトム・リーヒのカラフ。二艘とも、舳先にはかわいいアイルランドの三色旗を誇らしげに立てている。
 
 見物人は手を振りたくって、航海の成功を祈ると口々に叫んだ。ほどなくしてブランドン入江の口の両側にそそり立つ断崖を過ぎるとき、わたしはふり返ってうしろを見た。そのとき目にしたのはけっして忘れることもできない、わが心に鮮烈に刻みつけられる光景だった。200人、いやそれ以上の人が、ブレンダン号を最後まで見届けようとして、押しあいへしあいしながら岬の突端へ急いでいるではないか。まるで夢でも見ているかのような眺めだった――はるか西に傾いた夕陽の平板な光を背に、人々のシルエットが断崖の縁取り飾りのように浮かびあがる。その姿はとても小さくて真っ黒、一糸乱れぬアリの行進さながら、ただひとつの目的のために、断崖の最先端めざして、ひたすら斜面をよじ登っている。岬の突端からは、だんだんに小さくなって海のかなたへ消えてゆくわれらの舟が望めることだろう。これほどまでのひたむきさを目の当たりにしたことは一度もない。毎年、われらが守護聖人の祝日にミサをあげるためにブランドン山の頂に登った、かつての巡礼者たちのことが思い出され、かたじけない気持ちでいっぱいになった。どれほど多くの人が力を貸してくれたことか。どれほど多くの人が信頼を寄せてくれたことか。この人たちの期待を裏切るわけにはいかない。
 
 入江の口を完全に脱し、もはや潮流が間近の岬に舟を打ち寄せる恐れもなくなると、すぐさまセイルを揚げろと指示した。風は南西から吹きつけているから、アイルランド西海岸沿いに北進するわれわれの針路には好都合な風である。ブレンダン号の二枚のセイルに描かれた赤いケルト十字がぱっとふくらむと、ぐんぐんスピードが上がりはじめる。舟が順調に帆走しだすと、使い勝手の悪いオールを引き揚げ、船内の固定していない荷物をすべて固定した。トム・リーヒが手を振って別れを告げる。ブレンダン号の伴走をしてくれた二艘のカラフはくるりと反転すると、たちまちブランドン入江めざして漕ぎ帰る黒いふたつの点となり、波のまにまに見え隠れして視界から消えていった――ついに航海がはじまった。
 
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*横帆船ブレンダン号の帆走性能について。風力4-6の順風もしくはブロードリーチ、進行方向にたいして直角(真横)に風を受けるまでが限界。それ以上の強い逆風のときはひたすら風下側へ退却するほかなかった。

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