2010年09月05日

伝統芸術の担い手という点ではおなじ

 自分は昔から西洋かぶれみたいなところがあって、子どものころはルネサンス絵画とかが好きだった(前にも書いたけれども)。そんなこんなでいまはバッハなど、バロック時代の音楽、とくに教会とつながりの深い楽器オルガンのために書かれた楽曲が大好き。おなじく教会につきもの、といえば聖歌隊。そしてこれは欧州特有の伝統だと思うけれども、なかでも少年聖歌隊員たちによる合唱が好きで、バッハのオルガン曲のCDのあいまにそんな子どもたちの心洗われる清らかな歌声を愛聴している(きのう4日は、地元紙の「歴史ごよみ」にも載っていたけれども、シュヴァイツァー博士の命日でした)。

 でもたとえば「合唱大国」のイメージのつよい英国でさえも、もう何年も前から聖歌隊員のなり手となる少年たちを集めるのがむずかしくなってきているという。もっとも少年聖歌隊員を集めるためにさまざまな努力が試みられてはいます――もう男声のみという伝統文化は古いとばかりに混声、つまり少年聖歌隊員だけでなく少女聖歌隊員枠を増やしたり、'Open Day'を設けて地域の子どもたちと親御さんに教会・大聖堂の聖歌隊がどんな活動をしているかを体験してもらい、すこしでも関心を持ってもらって体験者のなかから聖歌隊員候補を見出そう…とどこも必死です(WSKでも隊員集めには苦労している、ということも以前書きましたね。いまは日本人少年の隊員も何人か所属していますが、以前とくらべて隊員集めはどうなんだろうか)。また子どもたちのあいだでも、「教会/大聖堂の聖歌隊員なんてカッコ悪い」という意識があるのも事実です。

 …伝統文化・伝統芸術の世界は地味だし古くさいし、日々の精進も必要だし、口で言うは易くおこなうはかたしとは思う。でも若い人、とくに子どもたちのなかからこうした伝統文化の「担い手」を育てなければ、早晩この世から消滅していってしまうでしょう。西伊豆には「御船歌」というのがあって、三島由紀夫が新聞連載小説『獣の戯れ』の取材時、安良里でただひとりの謡い手に吟じてもらったという。いまやこの『獣の戯れ』の巻末に綴られた歌詞が貴重な記録となっています(たしか「とーいのさーえま(とのさま)」という呼びかけがあったように思う→御船歌神事についてくわしくは宇久須の海鮮料理屋さんのブログで)。それでももうひとつの伝統芸能「人形三番叟」については、西伊豆町宇久須(出崎神社)と仁科地区(佐波神社)でいまでも11月初旬に奉納されています。

 後継者不足はなにもごくごくローカルな民俗芸能にかぎったことではありません。たとえば詩吟。恥ずかしながら自分もあんまり関心がなくて、以前、FMで「吟詠」を耳にしたときも失礼ながらお年寄りの娯楽かなあ、くらいのとぼしい認識しかなかった。でもこれをハリのある高音、ノビのある高らかな声で朗々と吟じあげる子どもの歌い手がいたとしたらどうでしょうか。江戸初期の詩人のひとり石川丈山が作ったという「富士山」。これをなんと、地元も地元の富士宮市に住む若干9歳(!!)、小学4年生の少年がその美しく力強い声でみごとに吟じているさまをNHK静岡の夕方ニュースで見たときには文字どおりびっくり仰天した。その天才的な歌い手、前田健志くんの名前をはじめて知ったのは今年の1月下旬のことでした。2月23日にあらたに制定された「富士山の日」記念イベントで、この天才詩吟少年も出演して歌ったそうですが、その後も富士宮市内の詩吟関連の催しで引っ張りだこなんだとか。

 先日も、こんどは民放系の地元ニュース番組でもこの前田少年のことを伝えてました。師匠さんいわく、「彼はこちらがうらやましいくらい、音感がいい」。つまり耳がいいということ。これにはひょっとしたら、習いごとのピアノ、それと尺八(!)の効果もあるのかもしれない。絶対音感もあるのかもしれない。耳がいいということは、詩吟特有のあの節まわし、微妙な「こぶし(西洋音楽で言うところのメリスマ)」の半音程(? 、もしかしたらそれ以下のせまい音程?)なんかも音をはずすなんてことはない。昨年の静岡県大会中学生以下の部最年少優勝、しかも昨年度のコロムビア吟詠コンクールでも努力賞入賞!! 「兄弟弟子」のひとりのご婦人がいみじくもこう言ってました。「詩吟のアイドルです」。彼は3歳のとき、祖母の通う詩吟教室についていって、その魅力の虜になったのだというからさらに驚く。つまり詩吟歴は6年! それでもう全国大会入賞なんだから、すごすぎ。べつの兄弟弟子の人がこうも言ってました。「この子は将来、すごい歌い手になる」。9歳にしてはやくも大器の片鱗、といったところですが、とにかくこういう若い「担い手」こそ、伝統芸術にはかかせない。そういう点では詩吟の世界も、欧州の教会音楽(聖歌隊)の世界もあまり事情は変わらない、と思う。詩吟にかぎらず、三味線とか箏とか、伝統芸術に打ちこむ子どもたちはほんとうに頼もしい。英国ではヘンリー・パーセルのころとおなじく、音楽家の多くが聖歌隊出身者というケースがいまでも多い。彼らは指揮者になったり、古巣にもどって指導者になったり、すぐれたオルガニストとなって活躍し、英国の音楽界の牽引役になっている。

 前田少年の将来の夢は、「詩吟の先生になること。そして日本の伝統文化の詩吟を世界の人にも伝えたい」。詩吟の海外公演、なんてスケールが「富士山」なみにでかいですね! またこんなCDもあるそうですが、ボーイソプラノで朗々と歌いあげる詩吟ということじたい、ひじょうに稀有なことと感じるので、私家版シングルでいいから、どこかでソロアルバムとか出してくれないかしら? 

[まるで本文と関係のない追記] いまさっき見たNHKの「50ボイス」なる番組。東京芸大の学生さんたちにインタヴューしていたんですが、なんとまた珍しく、オルガン科の数少ない学生のひとりにも質問していた(芸大のオルガン科学生って10名くらいしかいないと思う)。練習室のオルガン(3段手鍵盤の楽器だった)を弾いていた女学生が出てきまして、聴こえてきたのはバッハの「トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV.564」の出だしの16分音符進行の連続する華麗な足鍵盤ソロの部分でした。「一音入魂」とか言ってました。たしかに、あの巨大な楽器を鳴らすにはそれくらいでなくては…カプラーで連結された鍵盤の重さは半端じゃないし(←そういう問題ではない)。

この記事へのコメント
いい日記です。
素晴らしいです。

またじっくり拝読して・・・よく考えてみたい内容です。

ありがとうございます!!!
Posted by ken at 2010年09月06日 00:00
♪仙客来り遊ぶ 雲外の巓
神龍棲み老ゆ 洞中の淵 …

と、朗々と吟じる前田少年の「富士山」吟詠をはじめて耳にしたとき、その子ども離れした歌いっぷりにはほんとうにびっくりさせられました。詩吟界のニューヒーロー誕生ですね。富士宮は焼きそばだけではないことを思い知りました(笑)。それはそうと、富士宮はそんなに遠くはないので、実演を聴く機会があればぜひ、と思っています。

↓は、ペット友だち(?)らしい方のブログですが、前田少年のことも紹介していますのでご参考までに貼っておきます。

http://ameblo.jp/nontannontanhaihai/entry-10638119763.html
Posted by Curragh at 2010年09月07日 00:35
とりいそぎ、前田少年記事拝読しました。

・・・聴いてみたいですね〜
Posted by ken at 2010年09月09日 23:02
本人見たらとても喜ぶと思います
伝えます
ありがとうございます
Posted by メロン母 at 2010年09月17日 09:46
「メロン母」さま

コメントしていただき、ありがとうございます。m(_ _)m

詩吟のことはなにも知らないのですが、音楽好きの立場からしても前田少年の「歌声」は、昔の美空ひばりさんのような子ども離れしたずば抜けた技量というものを感じます。ほんとうに、将来が楽しみですね! 実演を聴きたいものです。彼のピアノ演奏も聴いてみたいですね! 

のちほどTBさせていただきますね。こちらこそありがとうございました。
Posted by Curragh at 2010年09月18日 07:11
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