1). まずはこちらから。引退した整形外科医にして書誌学者、ノースウェスタン大学医学部の名誉教授でもあるウィリアム・ドーソン博士という人が、モーツァルトの死因としてこれまで考えられてきた諸説のうち、Performing Arts Medical Associationという組織のデータベースに収録されている136件について、そのほとんどを調べあげた結果をこのほど同協会の発行する機関誌に発表したんだそうです。それによるとモーツァルトの死因についてもっとも古い推察記事は、作曲家の死亡した1791年12月5日から1か月と経たないうちにはやくも登場しているのだとか。モーツァルトは当時のヴィーン郊外にあった共同墓地になんの標識もなく埋葬され、その後の墓地整備などで亡骸は散逸してしまったようです(この点、まだバッハのほうがましだった)。というわけなので、以後、この大作曲家の死因についてもじつにさまざまな説が乱れ飛ぶことになる――シュテファン教会の公式記録では「急性粟粒熱」ということにはなっているけれども、耳の奇形からして「腎不全」ではなかったのかだの、「リューマチ熱」、いや「細菌性心内膜炎」だったのではないかだの、「連鎖球菌性敗血症」か、いやそれとも「尿毒症」だったのではないかだの、それこそ病名のオンパレード。これまで学者たちが立ててきた「死因」の数は、当の本人もおどろく118(!)にものぼるという。
ドーソン博士の研究結果はこれらさまざまな死因仮説を批判的に俯瞰しようとする試みですが、これがはじめての試みというわけでもなくて、118という死因の数も、1998年に仏人内科医の発表した論文からの引用だという。
博士自身は、これらモーツァルトの死因についての諸説をおおまかに5つのグループに分類しています。1. 毒殺説 2. 感染症説 3. 心血管機能不全 4. 腎臓疾患 5. その他。ちなみにぐぐったら、くだんの仏人内科医への反論として、「Henoch-Schönlein紫斑病」なるアレルギー性血管障害を疑う論文を見つけた。NYT記事にもまるで耳馴染みのないこの病名が死因候補として出てくる。やはり腎臓疾患の原因になるようで、「とどめの一撃」として脳内出血や肺炎も誘発することがあるという。また今年のはじめには、ベートーヴェンの頭蓋骨の破片(と言われているもの)を鑑定した結果、有力視されてきた「鉛中毒」説を疑問視する結果になった、なんて話まで載っています。
この記事にかんしては以前のラーメンの話と同様、全訳を掲載しているブログがありまして、参考までに紹介しておきます。いずれにしても一有名作曲家の死因について、ここまで研究者が夢中になるのはなぜなんだろう…やはりわれわれはhuman interestものが好きなんだなあと思ったのもまた事実。ちなみにお医者さんには楽器もたしなむ人も多いらしい。ドーソン博士自身、現役の名ファゴット吹きなんだとか。
2). つぎはNY在住の日本人ピアニスト、木川貴幸氏(米国ではTaka Kigawaという名で通しているらしい)による先月23日のリサイタル評。Le Poisson Rougeという酒の飲めるライヴハウス(?)みたいな店で開かれたというのもびっくりだが、リゲティ(「ピアノ練習曲集 第2巻」終曲の「悪魔の階段」)、ブーレーズ、トリスタン・ミュライユといった現代作品中心のプログラムに、なんとバッハの「フーガの技法」からの抜粋も組みこまれているというからさらにびっくり! 演奏者いわく、バッハのこの作品は「すべての作曲家の立つ共通の土台」だという。
In his comments between works, Mr. Kigawa mentioned that the Bach was the common ground on which all the other composers stood, in the sense that they all studied “The Art of Fugue” at some point in their compositional journeys. You wanted to believe him: his performance of the Contrapunctus 1 was sensitive and deeply considered, with its individual lines painted in subtle gradations of color and weight, and the Contrapunctus 14 had a dark hue and a deeply melancholy spirit that seemed to prefigure the fugue’s sudden ending, where Bach left it incomplete.
記者によると、ここの店で開かれるクラシックもののコンサートで、この木川氏によるリサイタルほど聴衆を集めたのは見たことがない、というからこのピアニスト、只者ではない。演奏したのは「コントラプンクトゥス 1」と「未完フーガ」だったようですが、ブーレーズの「アンシーズ」ではドビュッシーの亡霊が、またミュライユの「マンドラゴール」ではラヴェルの亡霊がピアノの上に漂っているかのような印象を受けたのだとか。いったいどんな感じなのか、作品じたいを知らないのでなんとも言えませんが…。木川氏の演奏会評ではいまひとつこんな記事もありました。おなじ日の別プログラムの評で、演奏されたのはヴェーベルン、クセナキス、ブーレーズといったひと癖もふた癖もありそうな現代作品。目の詰んだ、ハーモニー的には耳ざわりな音響の連続といったこれらの作品に、「明晰さとゆとり」を与えていたところが最高によかった、みたいなことを書いていることからして、このピアニストの解釈がひじょうに深く、compellingであることを物語っているように思う。
3). バッハついでにこういう記事もありました。なんでもNYCでは'4x4 Baroque Music Festival'なる無料(!!)のバロック音楽祭が毎年、開催されているという。記事は音楽祭4公演の初日分(26日)の演奏会評で、当日のテーマが「バッハとそれ以前の作曲家」。プログラムはトゥンダー、ブクステフーデ、ビーバー、クーナウ、ブルーンス、そしてアイゼナハの聖ゲオルク教会オルガニストだったヨハン・クリストフ・バッハ、そしてバッハの作品(ほとんどが教会カンタータとか声楽作品。ただしブルーンスのみオルガン作品で、演奏会場のセントピーター教会のオルガンで演奏)。指揮者兼通奏低音(こちらはいわゆるチェンバーオルガン)担当はエイヴィ・スタインという方。記者評によると当日の演奏会では、クリストフ・バッハの'Ach, dass ich Wassers gnug hätte' という作品の半音階パッセージで嘆きの感情をつよく意識して歌いあげたカウンターテノールのライランド・エンジェルがすばらしく、白眉だったとか。ブルーンス(「前奏曲 ホ短調」)については、
And Mr. Stein, switching from the chamber organ from which he led the vocal pieces to the church’s larger, more flexible instrument, gave an energetic and appealingly shaded performance of a Prelude by Nicolaus Bruhns.
とあり、情熱を奔放にほとばしらせる演奏というより、ほどよく抑制のきいたレジストレーションで弾いたのかもしれない(毎度この手の音楽関連記事は読むのがむつかしい、と思う。日本語で書かれた文章だって、音楽関連はみんなイメージしにくくて、難解。ことばで音楽を語るということの限界だろうけれども)。
…NYTの記事とはまるで関係はないけれども、個人的に印象的だった報道もありました。なんとあの北島康介選手が西伊豆町の仁科小学校の児童に水泳のレッスンをつけた、という! これを報じた地元紙記事には一服の清涼剤にも似た心地よさをおぼえた。こういう機会はめったにないし、地元の子どもたちにとって、一生忘れられないすばらしい体験になったと思う(→地元紙動画ニュース)。
2010年09月11日
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でも、作曲家の死因に凝ってた人はいなかったかな (^^;
病気がなんであっても、モーツァルトもそのお母さんも、亡くなったいちばん大きな要因は、当時の過剰な「血の抜き取り」治療法での失血が大きかったからでしょうね。もしかしたらシューベルトもそうだったかもしれませんね。
ベートーヴェンがかかったお医者さんは、当時としては優秀な見解を持っていたのか、そういう治療法をとったという記録はみたことがないのですが・・・見落としてるのかなぁ。。。
おおそうなんですか! 音楽は「音楽療法」というのもあることですし、親和性というか、わりとつながりはあるようですね。そういえば'musicapple'のcephaさまもお医者さまでしたね…。
NYT記事にも、'Bloodletting as a treatment may also have hastened Mozart's death.'とあり、たしかに瀉血による影響は無視できないと思います。しかしまたなんと過激な治療法なんでしょうか…。
ベートーヴェンについては、当方も知らないので、もうすこし調べてみたいと思います。m(_ _)m