2010年10月03日

紙で読むか画面で読むか

 米国版Harry Potter の版元であるスコラスティック社が、今年の春に実施したという調査結果をまとめたという記事。その調査とは、子どもたちと電子書籍にかんするもの。調査対象となったのは6-17歳の子ども2000 人と、その親御さん。

 電子書籍…じたいは10年くらい前からあったけれども、もっぱら「辞書・事典」のたぐいの「電子化」にとどまっていたと思う。さらにその前には「電子ブック」という名で 8cmCD の収録データを読ませて液晶画面 ―― いまの携帯電話の高精細な画面を見慣れている世代からは想像もできないほど見にくくて貧弱な画面 ―― に表示させて読むタイプとかはあったにはあったけれども、早晩姿を消してゆきましたね。でも技術の進歩とはげにおそろしきかなで、米国 Amazon が Kindle (松明のイメージでこんなネーミングにしたのかな?? ) なる新型電子ブックリーダーを市場に投入してからは、同社の擁する豊富な電子本タイトルとともに爆発的に売れだし、ついで今年に入って例の iPad がさらに書籍の電子化の流れを加速させた感がある。

 そんな「電子書籍先進国」の米国の子どもたちの読書環境ってどうなんだろうか、と気になる調査結果ですが、たとえば電子書籍版で本を読みたい子どもは多い (当然か) けれども、そのうち3分の2 は紙に印刷された従来の「本」という体裁も捨てたくない、といいます。なんかちょっとほっとした感じ。でも調査対象の親御さんで電子ブックリーダーなどの端末をもっている人は6%にすぎないけれども、来年、わが子に電子ブックリーダーを買ってやりたいと考えている親御さんの割合は16% 、パソコンも含めて電子媒体で本を読んだことのある子どもの割合は25%、つまり調査対象の4分の1 の児童生徒が電子書籍版で読んでいるということになる。そしてまだこうした機器をもってない 9-17 歳の子どもたちのじつに57% が、電子書籍版での読書体験に興味津々だという。… こうなると子ども向け本の版元としてもうかうかうしていられない。なんとかしなければ! もちろん、紙の本ではなくて、もっともっと電子化を進めなくては! 

 かつてデジカメなるものを懐疑の目で見ていた自分が、いまやほぼなんの抵抗もなくコンパクトデジカメで撮ったりしているけれども、とうとう単行本・文庫本の世界までわざわざこんな機械を買い、電池を買ってまでして読むことになるのかなあ … というのが正直な気持ちです。写真については、もちろんいまでもリヴァーサル派。とはいえすっかり撮る回数も減ってしまった。辞書? 電子辞書というものの黎明期に登場した『リーダーズ(初版のほうね)』も、万札数枚はたいて買ったりした口だから、こと辞書にかんしてはわりとあっさり電子辞書に移行してしまって、紙の体裁にたいするこだわりとか未練とかはとくになかった (O.E.D. とか、図書館にしかない大型辞書のたぐいはべつ) 。でもさすがに単行本まで「機械」経由で読むのには、つよい抵抗がある。

 子どもの読書体験にかぎって言えば、紙の絵本、美しい装丁の物語、カラフルな図鑑のたぐいはアタマに働きかけるという点では変わりはないかもしれないが、情操に働きかける力という点ではたとえば絵本のたぐいはきょくりょく電子化は避けるべきではないのか、と思う。 iPad の国内発売がはじまったとき、たまたま見た「週刊 子どもニュース」で、その現物が出てきまして、画面には『不思議の国のアリス』の冒頭部分が表示されていた。ウサギのもっている懐中時計が端末を傾けると傾きにあわせてゆらーりゆらーりと swing するのを見て、出演していた子どもたちが触らせて! やらせて! と盛りあがってました。… それを見たとき、ああ、これって本というより「電子紙芝居」だな、と感じた。情操、とくに想像力に深く働きかける絵本のたぐいは、とくに電子化しにくいと考える。なんでもかんでも電子本にしてしまえばいいという発想はやはりまずいと思う。

 番組では iPad も Kindle も「電子ブックリーダー」として一様に扱っていたけれども、iPadはなんでもできるパソコンに近い汎用機で、「本」は一部機能でしかない。なんでも液晶がLEDで光っているそうで、しかもこれがたいへん眩しくて、人によっては睡眠障害を起こしている人もいるらしい。ちなみに買ったばっかのDesire(X06HT)の有機EL液晶もいまこれ書いてるノートブックより格段に明るくて、これくらい明るければカラースライドをチェックするときに使う「あんどん(ライトボックスのこと)」代わりになるんじゃないかしらと感じているほど(笑)。NYT のウィジェットを入れてあるから最近はもっぱらこれでめぼしいのを拾い読みしていますが、フォントは大きさを自由に変えられるしフォントの形状も気に入っているのでたしかに読みやすいけれども、ときおり眩しさは感じます(そんなには気にならないとはいえ)。たいするKindleは、「電子ペーパー」と「電子インク」で表示しているので、バッテリがなくても表示されるし、反射光で読むものなので、紙の本にきわめて近い。Wired だったか、Appleの中の人が出てきて Kindle のことを批判していた記事を見たことがあるけれども、iPadとKindleどっちがほしいかと訊かれたら迷わず後者をとると思う(まだ現物を見たこともいじったこともないけれども)。それでもやっぱり紙の本は捨てられない。 Kindle DX は3000 冊分の書籍が入っちゃうらしい。… でもこれって死ぬまで読む本の総量をはるかに超えているような…気がする。

 以前NYTにiPodにかんするコラムがあって、所有している音源の全ライブラリをたった一台の iPod に入れて持ち歩いている友人のことを書いていた人がいた。電子書籍(とリーダー端末)は、それに似ている。… すくなくとも宝くじかなんかが当たって数年、世界旅行でもしながら遊べるのであれば数千冊分の書庫を持ち歩くのはなるほどすばらしいとは思うけれども、何千曲の楽曲を持ち歩くのと同様、あまり意味がないかもしれない。

 調査結果にもどって、最後はこんなことがさりげなく書いてあります (下線は引用者) 。

The report also suggested that many children displayed an alarmingly high level of trust in information available on the Internet: 39 percent of children ages 9 to 17 said the information they found online was “always correct.”

これにかんして読者コメントをのぞいてみると、

How does this compare to those who think the same about tabloids and who uncritically acceptable from mainstream (it irks me to include Fox “News” in this) media?"
Perhaps they limit their online reading to the NY Times, and the reader comments?

「一億総白痴」…とかってことば、思い出しました。いまはあんまり流行らないけれども。自分が子どもだった時分はTVがそうでしたね。あとゲームかな (ファミコンじゃなくて、インヴェーダー…歳がバレますな) 。最近の若い人は新聞のみならず、TVも見ないそうですよ (NHK教育は見てよいと思う。そしてNHK のラジオ放送はもっとよく聴くべし) 。インターネットも気がつけばPC ではなくて、モバイル端末からのアクセスが主流になりつつあり、ある調査によると2年ほど前から世界のネット利用はスマートフォンがPC を逆転したそうです。自分もじっさいに使ってみて、たしかにこりゃ便利だ、じつによくできていると感心したり。でも以前、「叡智の禁書図書館」ブログのalice-room さんとメールのやりとりをしたときに、alice-room さんはこう書いてました。「人は安きに流れ、低きに流れる、というのをまさに地でいっている感じがします」。この一文を見たとき、瞬時に100年以上前、1899年のベルリンで当時24歳だったシュヴァイツァー博士が聞いたとされるある警句がその応答となって頭に響いた。「けっきょく、われわれはみな亜流者 (Epigonen) にすぎないのではないか? 」。これは現代文明というものは一般に思われているほど「進歩」しているわけでなくて、過去の文明遺産にただ依り頼み、惰眠をむさぼっているだけなのではないかという指摘だったようですが、我が身も含めて顧みればいまだにヒトというのはそんなもんかもしれないなあ、としみじみ考えさせられたのでした。… むしろ退化? しているような気が…してならないのです。電子黒板? すくなくとも小中学校にそんなもんいらんのでは? 地デジとおんなじで、体裁のいいこと言ってたんにそろばんを弾いているだけなんじゃないの? iPad みたいな「スマートデヴァイス」を教育利用するんなら、大学教育とか高等教育機関にかぎったほうがいいと思う。子どもにそんなもん必要ないのでは? 鉛筆と箸の正しい持ち方を教えることのほうが大切では? この件に関して以前、地元紙に柳田邦男氏が某携帯キャリア社長氏を痛烈に批判していたけれども、しごく正論だと思う (と言いながらそこのキャリア利用者です…といっても西伊豆地域での3G 回線の貧弱さには閉口した[苦笑]。ふだんはWi-Fi でつないでいるからべつにいいけど) 。そうそう、地元紙の日曜版の書評欄にもいい連載(「読んでくれますか?」)がありまして、この前の落合恵子さんの記事はよかったなあ! 詩人の長田弘氏の『詩ふたつ』という詩集のことを書いたもので、読んでいて泣けてきましたよ。詩集なんかも、絵本とならんでもっとも「電子化」しにくいジャンルだと思います。詩は「うた」で、魂の声、渾身の絶唱そのものじゃないですか。こういうものこそ unplugged、unwired の紙の本でなくては…とくに「喪失」という重い主題の詩集ならなおさらそう感じますよ。

 …そういえばけさの「読んでくれますか?」に登場したヨーコ・ゼッターランドさんからもとっておきのひと言をいただきました。'What goes around comes around.' 、「自分のしたことは自分に回ってくる」。

* … 私信からの引用について、事前にalice-room さんから承諾を得ています。

posted by Curragh at 21:16| Comment(2) | TrackBack(0) | Articles from NYTimes
この記事へのコメント
おはようございます。
ちょっと前にこの記事を拝見していたのですが、量が多くてうまく書き込めなかったので何度か失敗したので、メールで後ほど送らせて頂きます。

本当に考えさせられることの多い内容ですね。
Posted by alice-room at 2010年10月23日 09:34
alice-room さん

いつもコメントをありがとうございます。m(_ _)m

それと、コメント書き込みに失敗されたそうで、たいへんご迷惑をおかけしました。おそらく大家のブログ作成ソフト更新にともなうバグではないかと思います。

http://info.sblo.jp/article/41454524.html

代わりに朝、いただきましたメールにてalice-roomさんがコメントに盛り込みたかった内容は確認させていただきました。なんだかお手数かけてしまいまして、申し訳ありません。m(_ _)m

いまDesire画面上のalice-roomさんのメールを見ながら書いているのですが…記事に引用した先日のメール同様、またしてもたいへん考えさせられる内容でした。どうもありがとうございます。内容がこれまた深いので、またのちほど考えがまとまりしだい、お返事したいと思いますが…Kindleについては、この前「クローズアップ現代」でも映っていたのでよくよく見ていたら、電子ペーパーの特性上、しかたないのかもしれませんが、ページ送りのときに白黒反転しますね! あれはたしかに心理的な違和感をおぼえますね。

それとデジタル教科書については、韓国での事例についてのalice-roomさんの記事を拝読しました。いずれはデジタル教科書・黒板の時代になるかもしれませんが、ようはバランスの問題かと思います。とくに調べ物学習の場合、自分の足と目と耳を使って確認する大切さも教える必要があると思うのです。最近では大人でさえ、ネット上にある情報こそ正しい、なんてとんでもない思いちがいをしている向きも多いみたいですから。自分もふくめて、よくよくの注意が肝要ですね。

それはそうと、10日付けの記事に書かれていたような華麗な経歴の持ち主であられるとは、恐れ入りました。そしてご転職おめでとうございます! ワタシなんかお恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいです…。そして神保町の洋書フェア! いやあひさしぶりに聞きました! 懐かしいです。そういえば「神田中古レコード祭り」なんてのもあって、よく漁ってましたねぇ(いまでも開催してるのかな??)。タトル商会の神田ブックストアって、まだあるんでしょうかね…?? 
Posted by Curragh at 2010年10月25日 00:26
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