2010年10月17日

to doかdoingか

 先週の「リトル・チャロ2」を聞いて感じたことなどをすこし。

 大昔、ナムタカは鳥族の戦士だった。蛇族とのあいだで激しい戦いが起こり、怒りに駆られたナムタカが武勲をあげて、神々(? 、鳥族の神ということか?)から「永遠の命」を授けられ、爾来1万年このかた、「神々の乗り物」として生きてきた、というお話でした。――ただしこの「永遠の命」というのは、自分の愛妻と過ごす時間というものをすべて犠牲にして得たもの。というわけで今回はいつもより増して、格言めいた言い方がぽんぽん出てきます(でも若き戦士ナムタカって、なんとなく暗黒面に落ちるアナキンを彷彿とさせるような気が…しないわけではないですが)。

 「ぼくってなんのために生きてんだろ?」とやおら形而上学的疑問にとらわれてしまったチャロに、上述したようなみずからの過去も引き合いに出して、生きる道を諄々と説くのですが、

'Listen, Charo. To live ... is to have limited time. Limited time to shape the future. Limited time to follow your dreams...'

手許にいくつか現代英語用法について書かれた本とか転がっているのですが、そのうちの一冊を見ますとたとえば「文頭の主語としてto不定詞を用いることはいまではほとんどない」みたいなことが書いてある。諺なんかでもたとえば'Seeing is believing.' なんて言いますね。また「この本はむつかしくて読めない」だったら、わざわざ 'To read this book is very hard.' なんて言わない。'This book is very hard to read.' と言う/書くほうがふつうの言い回しだろうということは自分でも察しがつく。文頭にくる「名詞的用法」のto不定詞構文は古臭くて、いまでは副詞的用法のto不定詞くらいしか口語では使われなくなっている、とも書いてあります。たしかにそうでしょうね。でもここの科白、古めかしくするためにto不定詞主語をもってきたというより、やはりこういう言い方しかないのではないかと感じます。あんまりたしかな根拠はないけれども、'Seeing is believing.' の場合、動名詞主語は「見たこと」というすでにおこなった動作が前提になっていると思う(動名詞はたんに動詞概念を抽象化しただけなので「動き」には関係ない、と書いてある本もある)。反対に、ナムタカのこの科白ではそういう「動き」はまるでなくて、ただ漠然と「生きる」ということを指しているに過ぎない。もっと言えば、まだ「動き」がない状態。つまりこれから先のことを言っている。だから動名詞主語ではなく、to不定詞主語をもってきて、後半も「…とは…ということだ」というかたちでまとめているのではないか、と思いました。'Living is having limited time to follow your dreams.' という文は、なんだかおかしいと思う。ここはやっぱり'To live is to have limited time to ...' という言い方のほうがすんなり通るような気がする。シェイクスピアにも'To be, or not to be, that is the question' という人口に膾炙した一文がありますが、これを'Being, or not being ... ' みたいにしたら、なんだかヘンです。

 …最後のナムタカの科白で'Nothing lives that does not die.' というのが出てきます。こちらもまた含蓄の深い言い方だなあとは思いますが、老婆心ながらひと言。関係代名詞thatでひとくくりにされた二重否定で、「死なないもの=いつまでも生きているものすべては生きてはいない」、つまり「生とはかならず死がある」ということ。'Nothing that ...' とつづかないのは頭でっかちにならないために整形しているから。やはりシェイクスピアの'All's well that ends well!' とおんなじかたちですね。

 また以前すこし書いた 'Off we go!' みたいな語順のひっくり返った言い方。せんだってこの「応用型」というか、やや複雑に見える構文を見かけたのでついでに取り上げておきます。↓ 

Deep inside the computer worm that some specialists suspect is aimed at slowing Iran’s race for a nuclear weapon lies what could be a fleeting reference to the Book of Esther, the Old Testament tale in which the Jews pre-empt a Persian plot to destroy them.

こういうちょっと複雑に見える構文を見たら、なにはさておきまず本動詞はどれか(太字)という点を押さえるようにすれば、あとはなんとかなる(と思う)。ちなみに例文は、シーメンス社製の制御用ソフトを攻撃するStuxnetなるマルウェアが世界で問題になっているが、じつはこれイランの核施設を狙ったものではないか、という一部識者の見方を紹介しているNYT記事の冒頭部分。'what could be ...' 以下が主語。

 …本題とは関係ないけれど、ついでに手許の古いペーパーバック(SWの「エピソード6」のノヴェライゼーション)に日本語の「班長」が英語化したものが出てきます。文法書を本棚から取ったらぽろりと落っこちてきたので、このさいだから紹介しておきます。エンドアという月で行方不明になったレイア姫を探していたハン・ソロやルークたち一行が、ここの原住民のイウォーク族に捕まってしまった場面で、ソロ船長が相棒のチューバッカに警告するところ。

"Careful, Chewie," Han cautioned from across the square. "He must be the head honcho."

(James Kahn, Return of the Jedi, p.107)

posted by Curragh at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 語学関連
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