2010年11月20日

聖マロの祝日 & mission complete!

1). 今月15日はブルターニュの聖人、聖マロ(またはマフトゥス、マクロヴィウス)の祝日でした。マロは『聖ブレンダン伝』とも関係があり、ブレンダンの「約束の地」探求の二度の航海でお供をした弟子のひとりだとも言われています。聖マロについては「大魚ジャスコニウス」の記事ですこしだけ触れたことがありますが、もうすこし備忘録として追記しておきます。

 聖マロ(古ブルトン語で'warrant of light'の意らしい)は520年ごろ、ウェールズにて生まれたようです。聖ブレンダンは一時期ウェールズに滞在したことがあり、当地のスランカルヴァン(Llancarfan)修道院長も務めていました。マロはそこの修道院でブレンダンから教育を受けて、地元の伝承によれば、ブレンダンの二度にわたる航海もそこから出帆した…らしい。のちにマロ自身も「船乗り修道士」としてブルターニュ半島のAleth(現在のサン-セルヴァン地区にある岬。こちらにかつてあった大聖堂の記事あり)にやってきて、当地で庵を編んでいた隠修士アーロンの弟子になったとか。のちにこのアーロンは当地の修道院長となったが、ほどなくして亡くなり、Aleth修道院長のあとを継いだのが聖マロだったらしい。亡くなったのはフランス革命前まで存在していた旧サント司教区のArchambiacで、618, 620または622年のことだと言われています。聖アーロンおよび聖ブレンダンが6世紀に建てた修道院跡が、現在のサン-マロ市になったという。

 師匠のブレンダンとのつながりについては、『聖ブレンダン伝』に出てくる「復活祭を大魚の背で祝う話」および「死んだ巨人族の話」が、『聖マロ伝』に出てくる同一の挿話とよく引き合いに出されます(→関連拙記事。また両者とも「ふたつの航海」を語っている点も共通している)。『聖マロ伝』は5つの版が現存しており、ほぼ正確に成立年代が判明しているのは「助祭ビリ」の書いたとされるVita Sancti Machutiで、865 - 872年ごろ *。ビリは、すでに存在していた「底本」の「欠点を補って」あらたに書き下ろしたと司教ラトウィリへの献辞で書いています。その「底本」とされるのが「逸名作者によるマロ伝」。「短い版」と「長い版」があり、どちらがよりオリジナルに近いとされているかについては諸説あり。これらの版の成立はある学者によれば9世紀前半、825年ごろだという。残りふたつについてはもっとあとの時代の作で、12世紀以降のもの。これらの版ではもはや時代錯誤的な「驚異的な航海」というモチーフは削られ、「それを読みたければ『聖ブレンダン伝』を見よ」という但し書きまでついているらしい。

2). それはそうと、「はやぶさ」、すごいですね!! これで文句なくmission complete! というわけですね。イトカワのものらしい微粒子は、橄欖石、輝石などが検出され、その鉱物成分比率は地球に落下してくる隕石とおんなじだったそうです。ただし隕石は当然のことながら、大気圏突入時のものすごい高温で焼かれて、「変質した」岩石。たいするイトカワ由来の微粒子はそうではない、太陽系生成時からあまり組成の変わっていないもので、それを持ち帰ってきたというから、これはたいへんな快挙です。それとそうそう、岩石ついでにやっと『伊豆の大地の物語』を買いました…。堂ヶ島で見かける、真っ白の凝灰質砂岩層に突如、ボコっという感じで出現するあのトゲトゲの真っ黒の岩塊。あれって、堆積しつつあった火山灰層に文字どおり落下してきた「水中火山弾」なんですね! 知らんかった。それがそのまんま、変質もしないで露出しているってたいへん珍しいことらしい。なるほどだから世界中の地質学者が伊豆西海岸の特異な地質構造に注目しているわけか…。とにかく伊豆半島の地学好きの人はこの本、ぜったいに買いですよ!! とはいえ黄金崎については、あんまり載ってなかったなー(がっかり)。この前、ひさしぶりにあそこに行ってイソギクの写真撮ってきたんですが、海蝕崖に露出している岩石層はたしかに珪化作用をつよく受けた湯ヶ島層の変朽安山岩(プロピライト)だけれども、どのへんが変質を引き起こした貫入岩体なのかが素人の悲しさ、いまいちわからない。断層の向きとか岩石層の堆積時の傾斜とかはなんとなく想像がつくけれども、貫入岩体じたいも変質が進んでいるから、見た目ではよくわからないというのがある。それにしてもどんどん崩れていくなぁ…。もっとも数十万年後には伊豆半島西海岸は静岡側とくっついてしまって、駿河湾が消滅するみたいだから、われわれの存在なんてじつにはかないものではある(数十万年 - 100万年前に伊豆半島が本州弧と衝突する以前は「足柄海峡」というのがあいだにあって、現在の駿河湾も旧足柄海峡とおなじ運命をたどると著者の小山先生はみている)。

3). そんな折も折、「週刊こどもニュース」打ち切りの報を聞きました。公式には「じっさいの視聴者は高齢者ばっかし」だったのでもうやめた、ということらしいけれども、ほんとのところはかさむ制作費では…と勘ぐりたくなる。あの手作りの模型にしても、材料費プラス人件費がそうとうかかっていると思われるほどよくできているし、そのへんが公共放送ならではという感じもしたんですがね…子どもたちがじかに取材に出かけるというのもよかったんですけれども、これも時代の流れですかねぇ。後継番組は「もっと幅広い視聴層にわかりやすくニュースを解説する番組」だそうですが、そういう番組ってすでにいろいろあるのでは? 「子ども向け」と銘打っているから存在価値があったのでは?? 

* ... 以下、J. Wooding edit., The Otherworld Vorage, p.161-3. を参考にしました。

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