2010年11月27日

「武久源造 チェンバロの世界」

 先週末、武久源造先生によるチェンバロのリサイタルを聴きに行ってきました。今回の会場は、玉川上水駅から徒歩数分のところにある、古楽アンサンブル「ロバの音楽座」の稽古場、ロバハウス。「ロバの音楽座」メンバーの上野先生についてはだいぶ前ですが、拙記事でも何度か登場していただきました(とくに印象深いのはやはりこの記事かな)。

 はじめて行くところなので、しっかり経路検索しまして(スマートフォン用の「乗換案内」アプリはすこぶる便利!)、万全の態勢で臨みました(ちと大袈裟か)。小田原で小田急線に乗り換え、急行でしたがそれでもけっこうかかる。新百合ヶ丘駅で多摩モノレールに乗り換え、さらに数十分。やっとの思いで玉川上水駅着。印刷しておいたPDFの案内地図を見ながらロバハウスへ。テニスコートを過ぎたあたりから木立が切れ、それらしい褐色の建物が見えてきました…丸い窓にとんがり帽子みたいな屋根からは煙突が突き出してまして、一見して隣近所のフツーの家とはまるでちがうのですぐわかりました。なんだかここだけ、中世ヨーロッパの香りが漂っているというか。日常世界に突如として非日常のものが出現した、そんな感じのおもしろい建物。それにしても今回の会場、なんとえらいところにあるもんだ…。すぐ真ん前が鬱蒼と生い茂る樹木と玉川上水、裏手は民家に畑。郊外の住宅地のド真ん中なんです。

 開場時間になり、案内されるまま半地下式の入り口を降りてチケットをもぎってもらい、下駄箱に靴を預けて(!)、さらに建物内のステップを数段降りますと、デーンと本日の主役が二台も待ちかまえてました。それにしてもここは思っていた以上にちんまりとした空間…何人くらい入れるのかな?? 円筒状の壁面にはずらりと古楽器が飾ってある。リコーダーとかクルムホルンなんかも何種類もある。これらを見ているだけでもなんだかお腹いっぱいになりそう。…とはいえなんといっても目を引いたのは、二台のチェンバロのうちのひとつでした。むむむこれはいったいなんじゃ??? 間隔の狭まった黒白逆の鍵盤が二段くっついたヴァージナル! こんなの写真図版でも見たことがない。武久先生が持ってきたのかな?? もういっぽうの楽器は、よく見かけるレプリカ楽器。ほとんど白木に近い、シンプルな二段鍵盤チェンバロでした。

 今回のサプライズはこれだけにあらず。お弟子さんのひとりの山口眞理子女史とのデュオ、それもこの方は、なんとバロックヴァイオリンも弾かれるとのことで、贅沢なことにバッハの「ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ 第6番 BWV.1019」も演奏される! もっとも武久先生によると、バッハの時代では鍵盤楽器弾きがヴァイオリンを弾くのは当たり前だったから、ようやく本来の姿になりつつあると言ってお弟子さんを褒めていました。

 プログラムはほかにプレトリウスの舞曲集「テルプシコーレ」から数曲(なんでもこれ当時はやっていた舞曲の200曲以上にものぼる膨大なコレクションらしい)、マーティン・ピアソンというエリザベス王朝時代人の「落ち葉」、ケルルの「かっこうによるカプリッチョ(鳥つながりではクープランとかダカンの作品なら知っていたが、南ドイツ楽派でははじめて聴いた)」、ウィリアム・バードの「パヴァーヌとガリアルダ」、バッハの「パルティータ 第4番 BWV.828」、休憩をはさんでおなじくバッハの「イタリア協奏曲 BWV.971」、「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第4番」に、武久先生の自作「アクア・ヴェリターティス」。最後のはラテン語で「真実の水」。なんのことかって、ほらよく言うじゃない、「酒の中に真実あり」って。お酒の曲なんですな、きっと(げんに先生はワイン好きらしくて、休憩に入るとき、冗談めかして「ワタシはこれからちょっとワインを飲んできます」と言っていたくらい)。

 とにかくこういうアットホームな演奏会場なので、豪放闊達な(?)演奏者のおしゃべりやらレクチャーやら、どっちともつかない楽しく、気取らないトークが盛りだくさん、このブログよろしく脱線もしょっちゅうでして、いやーじつに勉強になったし、とにかく楽しいリサイタルでした。そして例の二段鍵盤ヴァージナルのこと。当方が知りたかったことを先生みずから解説してくださいました。これは17世紀のベルギー製ヴァージナルをほぼオリジナルどおりに復元したもので、本物はメトロポリタン美術館にある。上に乗っかっている鍵盤をはずして、…さっきまで山口くんのヴァイオリンが入っていた「腹」にこのようにすっぽり収まるんですねー。そしてこのように上蓋とか側面板とかをパタパタ閉めますとですね、ホラこのように棺桶状態になりまして、ふだんはアイロン台として使っていたんですねぇ。そしてこの楽器にはいわゆる譜面台というのが置けなくて、おそらく暗譜で弾いたか、即興だったんでしょうなぁ。日本でこの楽器の複製もってるのはたぶんワタシくらいのもんでしょう。ほかにもっているという方を知っていたら教えてください。…先生はどのくらい目がご不自由なのかは存じあげないのですが、まるで目が見える人のように指を差したり、上に乗っている鍵盤(この手の「入れ子式」楽器を「親子ヴァージナル」、mother & child って言うらしい)をよっこらせとはずして本体左下にある「収納口」に収めるところなんかは見ているこちらがおどろいた。バッハの「パルティータ BWV.828」の演奏途中でやおら調律ピンを取り出しては調整をはじめる…あたりもちょっとびっくりした。登場するときこそお弟子さんに誘導されていましたが、こと使用楽器については完璧にどこになにがあるかがわかっていらっしゃるのですね。高校生のときに読んだ、ヴァルヒャのお弟子さんでもあった故岳藤豪希氏の書いた文章を思い出した。氏がフランクフルトのヴァルヒャ邸に行ってレッスンを受けたとき、「ここにゲダクト管がある」と、まるで目が見える人のようにヴァルヒャ自身が小型練習用オルガンのゲダクト管の前に立って説明したんだそうです。武久先生の説明ぶりもその記述を彷彿とさせるものでした。

 白木の二段鍵盤のレプリカによるバッハももちろんよかったけれども、音色も構造も異なる二台の楽器によるデュオがやはり圧巻でした。冒頭の「テルプシコーレ」なんかもうすごい迫力。また「親子ヴァージナル」で弾いたピアソンの「落ち葉」はじつにいまの季節にピッタシでして、はじめて聴いたけれども即座に気に入りました! こういう「季節もの」の作品って日本人の情感に深く訴えるものがありますねぇ。最後の武久作品では、なんかこう酔いがまわってぐるぐる…というわけではないだろうが、おんなじ低音主題(?)がグラウンドよろしく、繰り返し奏でられ、その上を自在に右手パートとモダンヴァイオリンのパートが駆けめぐってました(老婆心ながら、「グラウンド」は「運動場」の意味じゃありません!)。全体的には英国ふうの変奏曲形式というより、むしろカベソンとかのディフェレンシア(Diferencia)のおもむきで、曲の後半で現代的なビートのきいた曲調になってました。

 …とにかく肩のこらない、おしゃべりもいっぱいの、なんとも贅沢にして楽しいチェンバロコンサートなのでありました。終演後、武久先生は「じゃワタシはワインのつづきを飲みます、ワッハッハ」と、豪快に(?)退場してゆきました。

 先生のお話で印象深かったことは、来年2月7日にリリースされる新譜情報について。なんとポジティフオルガンを2台使い、古楽器のパーカッションも加わったというなんとも野心的な企画だという! 先生はアルバムの話をされると決まって、「…これがまた売れないんですよねェ」という。たしかにそうだろうなあ(苦笑)。ちなみにこの小型オルガンを製作した奈良の方がまたすごくて、なんと独学でオルガン造りをマスターした、73歳のアマチュアのオルガンビルダーだという(退職した国語の先生だと言っていた)!!! 世の中すごい人がいるもんだ。

 それとそうそう、こちらの豪勢なDVDブックのこともさかんに宣伝しておりました。いや、宣伝というよりも、はっきり「買って帰ってください」と言っていた(笑)。これ、Amazonの買い物かごに入れっぱなしにしてあるやつなんだよね…でも自分は買わずに帰ってしまった。じつはほかのCDのほうを優先させたかったので…あんまりお金持ちでもありませんので。先生には悪いことしたけれども、「バッハ meets ジルバーマン・ピアノ」のほうは愛聴してますよ!! 

 …ちなみにほかのCDとは、帰りに立ち寄った立川駅ビルにて買ったLiberaのPeace New Edition でした。なんでまたおんなじアルバム買うの? と突っこまれそうだが、「グリコのおまけ」世代のせいなのか、季節限定とか特典ものに弱いほうだと思う。来年の卓上カレンダーつき、DVDつき、クリスマス楽曲のボーナストラックつきとかでつい買ってしまった。ラッターの'Gaelic Blessing'、いいですねー。

posted by Curragh at 23:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽関連
この記事へのコメント
先日は大変ありがとうございました。

下記ご参照下さい。

http://ken-hongou.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/here-are-my-fri.html

武久さんの宣伝なさっていたDVDブックは、なかなか面白い内容ですよ!

知り合いの弦楽器屋さんで武久さん率いるアマチュア団体のメンバーである方がいらして、ときどき面白い話を聞かせてくれます。

こちらの本文とも関係しますのでご披露します。

あるお弟子さん、練習不足でレッスンに臨み、曲の途中で武久さんに止められました。こう指摘されたそうです。

「そこ、運指が違うよ!!!」
Posted by ken at 2010年12月01日 20:34
Kenさん

ご多忙のところ、お手数おかけしましてまことに申し訳ありませんでした。m(_ _)m でも原文のすばらしさにはおよびません。息子さんにもcongratulations!

やはりKenさんはお顔が広いですね。知り合いの方がいらっしゃるとは。運指…というのは、ひょっとしてそのお弟子さんというのは弦楽器担当なのでしょうか? 耳が鋭いから、たちまち「聴き抜いて」しまうのですね。

Kenさんは例のDVDブック、もっているのですね。なんでも久保田 彰氏は本作を制作するために多額の費用をみずから投じ、監督修行までして臨んだのだそうです。そしてご本人から、ぜひコンサートで宣伝してくれと言われた、とか武久先生はおっしゃってました。
Posted by Curragh at 2010年12月05日 23:45
あ、運指ミスを指摘されたのは鍵盤のお弟子さんなんだそうです。
目をつぶって弦の運指を当てるのだったら、詳しい方は素人でもある程度できますけれど、鍵盤は・・・(^^;

久保田さんの頼み込んだ奏者さんはいい人ばっかりで(曽根さんとか)、DVDが良く仕上がっているのはだからじゃないか? と勘ぐっています。
武久さんはラストで演奏なさっています。

僕の知り合いの方は、武久さん主催のバロックアンサンブルに長く所属していらして、その関係で情報がちょこっと入る程度でして、顔はでかいですがひろくはありませんから・・・お恥ずかしゅうございました。

おかげさまで、いただいてアップした息子の作文の英訳も好評です。下訳でいらしたものを読んで下さったAさんも好感を持って迎えて下さいましたので、ご報告申し上げます。

ほんとうにありがとうございました。
Posted by ken at 2010年12月07日 01:21
Kenさん

> 運指ミスを指摘されたのは鍵盤のお弟子さんなんだそうです。

たいへん失礼しました…弦楽器系かとつい早トチリしてしまいました。弦楽器の運指ってわかるものなんですか。たしかに鍵盤の運指は…見ないとわかりませんね(苦笑)。
Posted by Curragh at 2010年12月10日 19:42
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