2010年12月31日

'Be thou my vision'

1). 2010年、顧みるとやっぱり気象がとことんおかしな年だったかな、というのがまず思い浮かぶ。春先の異常低温。静岡特産のお茶が霜害を受けたり、茶農家の方にとってはさんざんな出だしだったように思う。5月すぎても肌寒くて、そのまま梅雨。ようやく梅雨明けしたかと思ったら、こんどは一転して旱魃かと思うほどの晴天つづき、気温も「観測史上最高」を記録した地点が多数あったし、人間のみならず米や野菜など、農作物もこのわけのわからない天候に振り回された感がつよい。温暖化が確実に進行しているとも言えるけれど、自分が子どもだったころによく言われていた「氷河期到来」をいまでも警告する学者だっているわで、ことほどさように地球規模の天候というのはわからないことだらけらしい。地球寒冷化については、太陽活動の低下と関連づけている研究者が多い。たしかにここのところ黒点活動が見られないようですが、このままずっと低調、というわけでもあるまい、と素人は思うのですが、じっさいのところはどうなんでしょう? 黒点活動って11年周期じゃなかったかしら。

 …そういうわけなのか、「今年の漢字」は「暑」という一字でしたが、個人的にはけさの朝刊紙面の時事コラムじゃないけれど、「無縁」、「孤絶」という問題がおおきく取りざたされたことのほうが印象に残っているので、「絶」だろうか。でもたとえば先日掲載されていたこちらの記事みたいなほっこりと心あたたまるいいニュースだってあります(蛇足ながら、news のほんらいの発音は「ニューズ」)。勇気づけられた親御さんも多いんじゃないかな。

 けさNHK総合を見ていたら、『くじけないで』の著者、99歳の詩人柴田トヨさんを取材した番組を放映してまして、トヨさんの処女歌集がなぜこれほどまでに反響を呼んでいるのかがよくわかったような気がした。身内どうしの絆でさえ薄くなりかけて、「心の砂漠化」が進み荒廃した現代社会を生きる日本人の心の奥底へ、まさにずぼーっと、ストレートに染みこむ詩を端的に表現して書いたからだと思う。90歳をすぎてから詩作をはじめたそうですが、長い人生経験に裏打ちされたことばの重みというものがひしひしと読み手に伝わってきます…紡がれることばひとつひとつに「魂」が宿っている。これぞまさしく人の心を打つ美しい日本語の好例です。

 それにたいして、最近の日本語(とくに話しことば)の乱れようときたら…心の荒廃そのままですな。「うまー」だの、「うざー」だの…はたしてこれがヒトのことばなのか?? と思いたくなるじゃありませんか(ちなみにこういうふうにしゃべっていたのはNHKの某音楽番組に出演していたなんとか48のめんめん)。巷ではよく英語を引き合いに出してやれ日本語が国語が危ないだの喧伝されるけれども、あんがい国語の崩壊というのは「内発的」かもしれませんぞ。英語だって前にも何度か触れたように、けっして磐石な「一枚岩」というわけではありません。言語学者のなかにはなかば本気で英語が「第二のラテン語」になってしまうのではないかと心配する向きさえいるのです。話をトヨさんにもどすと、「くじけないで」も好きですが、自分としてはこちらの詩を選びたい。番組でもトヨさんの心を打つ詩の数々が紹介されてましたが、詩を見ているうちに、なんだか芹沢光治良最晩年の作『大自然の夢』を彷彿とさせる「老年文学の傑作」、という気がしてきました。トヨさんを見ているうち、ふと100歳で亡くなった祖母のことを思い出していた。そのあと自室の掃除をしていたら、自分が撮った祖母の笑顔の写真が一枚、出てきた。1992年5月に撮ったものだと思う。撮影者本人が言うのもなんだが、仏壇に飾ってあるものより出来がいいので、取り替えることにした。そのあと風呂掃除していたら、なんと新潟に住む親戚一家が突然、訪ねてきた。親の実家に里帰りしていて、ついでに立ち寄ってくれたみたいですが、4人のやんちゃ盛りの子どもたちは「風の子」そのままで元気いっぱい。ほんのちょっとのあいだだけの再会ではありましたが、おかげでこちらも子どもたちから元気をもらいました…郵便受けには仏人メル友からのカードまで届いてまして、なんだか「千客万来」というか、にぎやかな大晦日となりました。

2). と、なんだか今年はここで文句ばかり垂れ流していたようなきらいがあり、たいへんお見苦しいかぎり。きのうは昨年録画しておいた「N響の第九」を見ながらお昼を食べ、ついでにまだ残っていたボジョレ・ヌーヴォーも飲んでいた(笑)。今年の「第九」は児童合唱はなくて、いつもどおりの国立音大のみだったが、指揮者はなんとあのヘルムート・リリンク。リリンクとくるとやっぱりバッハですね。今週というか今年最後の「バロックの森」はそのバッハ最晩年の傑作「ロ短調ミサ BWV.232」で締めくくっていました。以前ドレスデン聖十字架教会聖歌隊による「マタイ」の実演に接しているので、こんどは「ロ短調ミサ」かな(できれば少年合唱つきで)! そうそう、演奏会といえばレオンハルト! いよいよ来年でほんとうの聴き納めになってしまうかもしれない、「NHK音楽祭」のアーノンクールのように。そういえばアーノンクールもバッハの「ロ短調ミサ」を振ってましたね! あれはもう掛け値なしの名演ですよ!! TV放映見ながらひとりで感動してました。レオンハルトですが、日程的に5月下旬の日曜日に開かれるオルガンリサイタルがよさそう! 場所は明治学院大学の礼拝堂。はじめて行くところだし、いまからすごく楽しみ。

3). というわけで、あと数時間で今年もおしまい。これにてこのなにを書いているのか当人も関知しないブログも店じまいするとします。今年一年のご愛顧に感謝いたしまして、さてどんな歌(詩)がよいかとここ数日間、ない知恵絞っておりましたが、今年のYCOYでリポン大聖堂聖歌隊員のトム少年が歌い、かつてアンソニー・ウェイもレコーディングした'Be thou my vision' で締めくくりたいと思います(以下訳詞は拙訳による抄訳)。これはもとになった原詩が古アイルランド語で書かれた8世紀ごろの詩のようですが、歌曲として歌われるヴァージョンはそれを若干、改変した現代英訳版のようです。いちおう中世アイルランドの修道院文学つながりのサイトをこさえている関係上、ふさわしいかもと思ったしだいです。m(_ _)m …ではこのあとはしばし読んでない本を読むとしよう。『トン・コープマンのバロック音楽講義』ほか数冊…でも買ったばかりの『そして、僕はOEDを読んだ』もおもしろいから、先に読んでしまいそう(苦笑)。

主よ、わが導きとなりたまえ

わが心の主よ、どうかわが導きとなりたまえ
あなたの存在以外 すべては無
昼も夜も 最良の思いはあなたのこと
寝ても覚めても あなたこそわが光、となりますように

この世の富にも むなしい賞賛にも疎く
いまもそしてつねに あなたのみを頼みとし
主よ、主こそ わが心最初の想いとなりますように
天の王よ、あなたの存在こそわが宝物
 
天の上王よ あなたこそ天に光り輝く太陽
勝利のあかつきには どうか天上の喜びをあたえたまえ
わが心のうちなる偉大なる心よ
いかなることが降りかかろうとも 
わが導きとなりたまえ、おお すべてを支配する主よ
わが導きとなりたまえ



posted by Curragh at 20:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の雑感など
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