2007年06月03日

ベネズエラの音楽教育事情

1). 先月最後の「名曲のたのしみ」。「わたしの試聴盤」コーナーでして、聞いたことのない名前の若手指揮者によるベートーヴェン「第5番」と「第7番」の1,2楽章からでした。吉田秀和氏の目にとまったこの指揮者、南米ベネズエラの人だというからちょっとびっくり。グスターボ・ドゥダメル、まだ 20 代の新進気鋭の指揮者らしい。率いるオケは、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オヴ・ベネズエラ。

 ベネズエラと聞くと、カストロを慕ってやまない例の独裁者の国か、くらいにしか思ってなかったのですが、吉田氏の口からはこちらがまったく想像もしていなかった事実が。ベネズエラでは青年(ユース)オケがなんと 130 もあり、子どものオケも 60 あるという! さらに驚かされるのは、2歳半以上の子どもは希望すればだれでも国から楽器を無料貸与されるという! いやもうびっくりです。強権で知られるチャベス大統領が青少年の音楽教育になぜこれほど熱心かというと、「子どもたちを犯罪から守るため」だそうで … 。ここで吉田氏が、戦後まもないころ、自身と故齋藤秀雄氏が手弁当ではじめた「子どものための音楽教室」のことを顧みて、当時の日本で国家レヴェルで支援してもらえる、なんて想像だにしなかった、と述べていたのが印象的でした。

 「5番」のほうは、やや早めのテンポで快活に音楽を進めています。でも聴かせどころはわりとかっちりというか、一音一音ていねいに聴かせているのが好印象。「7番」の前半2楽章は個人的にとくに好きなのですが、ここでは若さ(?)が出ているのか、もうすこし深みがほしいかなとは思ったが、演奏している楽団員も音楽教育に熱心なベネズエラ全土から集められた俊英ぞろいなので、このあたりはワインよろしく「熟成」の問題だろうと思います。

2). けさ、半分眠りこけながら聴いていた「バロックの森/リクエスト・ア・ラ・カルト」。ほとんどがバッハの作品でした。のっけからヴァイマール時代に作曲された「ファンタジー ト長調 BWV. 572 」。これ原題はなぜか仏語表記でPiece d'orgue 、つまり「オルガン作品」と名づけられています。演奏者は英国の名手ハーフォード(アンソニーがアルバムThe Choirboy で歌ったLitany to the Holy Spirit (「聖霊への連祷」)の作曲者でもある)。軽めのストップ構成の手鍵盤のみで奏される火花散らすような速いアレグロのパッセージがひとしきりつづいたあと、やおら一転してこんどは荘重な5声のグラーヴェ、分厚い足鍵盤のリード管に乗ってこれまた分厚い上声部の和音が重なります。終結部はまたトッカータふうの自由な走句がつづき、曲を閉じます。

 この作品、演奏者にとって困った問題もはらんでいます … 足鍵盤が半音進行で2オクターヴ全域をゆっくり上昇していったん終止したのち、ふたたび現れる上声部の自由なパッセージを支えるのですが、なんと足鍵盤最低音のドの下のシを要求してくるのです。そんなペダル鍵盤をそなえたオルガン、いまも当時もたぶんない( 笑 )。楽器のじっさいの仕様ではなく、純粋に作品としての音楽を優先させてこのように書いたのだろうと言われています。

3). いま聴いている「サンデークラシックワイド」。海外公演の録音からでして、ロジャー・ノリントン指揮、ベルリン・ドイツ交響楽団演奏会から、ベルリオーズの大作オラトリオ「キリストの幼時」をやってます…この作品、好きなんですけれど、全曲通して聴く機会はあまりない。もっと演奏されてもいいと思うんですが。もっとも好きなのはゆったりとしたテンポの教会旋法で静かに歌われる「羊飼いたちの別れ」。今回、はじめて知ったのですが、もともとベルリオーズはこの部分のみを最初に作曲し、「バロックの人の作品」とわざとウソついて出版したらこれが大当たり。それで、曲の前後の部分をくっつけてこのようなオラトリオとして完成させたのだそうです。ベルリオーズ…というと、アブサンの幻覚のなかで書いたとかいう「幻想交響曲」のイメージがあまりにも強いのですが、こちらはそんなベルリオーズとはまるでちがう、淡々とした声楽アンサンブルで紡がれる美しい音楽物語に仕上がっています。一度、これを少年合唱による実演で聴いてみたいもの。

 ノリントンはいわゆるピリオド奏法を採用する指揮者ですが、いま聴いてみると、「羊飼いたちの別れ」は気持ち早めのテンポ。冒頭と最後のいかにも牧歌的なオーボエの旋律も印象的でした。

posted by Curragh at 16:37| Comment(2) | TrackBack(0) | NHK-FM
この記事へのコメント
私もシモン・ボリバル・ユースオーケストラの演奏には既成のオケにはない魅力と無限の可能性を感じました。クレオールの変革を求める若いエネルギッシュな風が南から北に吹いているのを目の当たりにして感動しました。あの「ウエストサイド」と「ヒメネスの民族音楽」のパワフルなラテンの響きは圧巻でした。おそらくウインナーワルツや日本の演歌も無難にこなすようになるでしょう。
 オバマ大統領やタイガーウッズのような「混血人の叡智と勇気」が世界を変えていくいくような気がします。昨今のデフレスパイラルによる不景気や中東や北朝鮮情勢の重々しい雰囲気を吹き飛ばし、明るく希望に満ちた社会が到来するのも間近ではないかと思わせる演奏でした。音楽の力は偉大ですネ。改めて教育の力を思い知らされました。
Posted by 太平洋 at 2009年03月29日 11:26
太平洋さん、

コメントありがとうございます。m(_ _)m 

おそらく来日公演を聴かれたのだろうと察します。おっしゃるように、「若さ」というのはどこの国でも特権ですね。ようは、そのありあまるエネルギーをどのように活かすか、ということではないかと思います。もちろんこれは芸術やスポーツにかぎったことではないですよね。個人的には政治家も「多選禁止」にしてほしいところ。いつまでもおんなじ人がしがみついているかぎり、この国はちっともよくならないと思います。「親の七光り」も、むろんダメですが。混血である・ないにかかわらず、遠い将来を見据えたたしかな眼をもった人こそ、このような混乱した時代に生きる人々を率いるリーダーになるべきでしょうね。

教育の力…というのもたしかにうなづけるお話です。ひるがえってこの国の教育はどうなんでしょうか…高名な知識人を自認する人でさえ、「なに言ってんだこの人」みたいな理解に苦しむ発言を書いたりしていますし。こういう時代だからこそ、シモン・ボリバルのような若い人たちの奏でる音楽が聴く人に生きる力を与えてくれるというのは、まことにすばらしいことではないかと思います。ドゥダメルは、ほんとうに才能あふれる青年指揮者で、これからが楽しみです。
Posted by Curragh at 2009年03月29日 20:06
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