2011年04月04日

ことばは剣よりも強し

 きのう3日はブラームスの命日だったそうで、そういうわけでもないんですが、ブラームスのオルガン作品集のアルバムを聴きながら書いています。そういえば10年前のきのうは、忘れもしない静岡地震の強い揺れに見舞われたときでもありました…。真夜中くらいに突如、揺れたものだからあのときはちょっとおどろいた。

 Fukushima はいまや世界で通じる用語になってしまった。もちろん現場の人は命がけで原子炉の制御を取りもどそうと必死の作業をつづけている。でもTV のニュースなんかに登場する専門家先生の話を聞いてもいったいなにがどうなっているのかがいまいちわからない。毎日のように何ミリシーベルト(単位がいつのまにか「緩和」されてしまった点は気になるが)だの言われてもピンとこない。それでも昔、核物質関係の本は読みあさったこともあり、プルトニウムが人間の生み出したなかで最悪の猛毒物質であることぐらいは知っている。プルトニウム239 なんか、半減期が2万4千年とかいいますし(語源は冥界の支配者Pluto から)。そんなもんがそこらへんに降ってきたらと思うと、だれだって背筋が寒くなる。

 ところが困ったことに、専門家の話を聞けば聞くほどますます混乱してくる。ある人はこれくらいなら人体にはほとんど影響ないと言い、ある人は安全な被爆なんてありえないという。いま高濃度の放射性物質に汚染された水が海へ垂れ流し状態になっていますが、ある専門家先生によるとすぐ海水に希釈されてとくに問題はないという。でもある週刊誌報道でコメントしていた先生によれば、淡水と混じっているからそうかんたんには希釈されないと主張している(京セラの名誉会長さんだかが、「東電には組織として慢心と弛緩が蔓延し、緊急かつ最大の危機に対処する力を失っている」と指摘しているのは正しいと思ったが)。

 おなじことは地震学者にもいえる。先日の富士宮の地震、火山学の小山先生によればやはり富士山のマグマとの関連を指摘している(M. 9 の大地震のあと、活動が活発化した活火山が13もあったそうだ)。しかしながらここでもほかの地震学者(と気象庁)によると、関係はないという。東海地震への影響については、単純には言い切れないとしながらも、1年ほど、発生時期が早まったらしいという解析結果もある(アスペリティが滑りやすくなったということ)。

 以前VoA にいたころにちょっとしたトラブルがあって、そのときある米国人メンバーの言ってくれたひと言が忘れられない ―― 'Trust in yourself!' いったいだれの言を信じればよいのか? と問うたら、返ってきたこたえが「自分を信じるんだ!」だった。自分にとって、このことばは天啓にも感じられた。以来、「健全な批判精神」の大切さをますますつよく感じることになったのでした。

 地元紙の読者投稿に、「想定外をなくせ」というものがあった。だれが最初に使いはじめたのかは知らないが、たしかに最近、なにかとすぐ「想定外でした」とのたまわれる場面がひじょうに目につくようになってきている。もちろん「想定外」はないにこしたことはないけれども、よくよく考えてみると自然にはそもそも「想定」なんてものは通用しない。なにかモノを作るときに必要に迫られて「想定」するのだから、いつかはかならず人間の都合で決めた「想定」をはるかに超える事象は発生してしまう。ようは想定外の状態に見舞われても最悪の事態に陥らないようにすればいいのだが…言うはやすく、というやつかもしれない。

 それにしてもじつに多くの国や機関から援助や義援金が提供されている事実には、ほんとうに頭が下がるし、勇気づけられる(「N響アワー」で見た、NY州立大学パーチェス・パフォーミング・アート・センターにて開かれたN響米国公演もすばらしかった! ベルリンフィルにウィーンフィルといった名門もチャリティコンサートを開いてくれたりしていますね)。そしてそうそう、春のセンバツも開催されてよかった。「がんばろう! 日本」というあの横断幕。NHK の中継でバッターが映し出されるたびに登場したあのスローガンは、嫌味がなくていい。震災発生当日、英国の新聞は一面で「がんばれ、日本 がんばれ、東北」というフレーズを日本語で掲載していて、その気持ちはとてもうれしいながら、「がんばれ」という言い方にはどこか他人行儀な響きがある。「わたしではなく、あなたががんばれ」ではなく、「あなたもわたしも苦しいけれども、みんなでいっしょにがんばろう!」と言われるほうがやはりうれしいのではないか。英語だとたとえば'Hold on, Japan!' くらいかもしれないが、これでは「がんばれ」と「がんばろう」のあいだに横たわる微妙なちがいは伝えられない。ちょっと話が飛ぶが、バッハの教会カンタータも、例外はあるけれど最後はみんなで声をあわせて歌いあげる4声体コラールで締めくくられることが多い。たとえばイエスの苦しみは、わたしの / あなたの苦しみ、みながともに共有する苦しみだ、というふうに盛りあがりを感じるような曲に仕立てられていたりする。「がんばろう! 日本」には、それとおなじ力強さ、人の心を動かす力がこめられていると感じます。

 いっぽうで、だれかさんみたいに「天罰だ」なんてそれこそ罰当たりなことを口にする人がいる。「文は人なり」って昔から言われます。ドイツでは、たとえばあのルターは、人の発することばというものを額面通りには受け取るな、といった趣旨の一種のアフォリズムを残していたりする。人の書く文章ないしはことばというもののあちらとこちらでの捉え方のちがいとも言えますが、それでもこの「天罰」発言はあまりに無神経でひどすぎる。また被災した若い人たちのことばというのもいろいろ紹介されてまして、たとえば被災地で悪化する治安について、「大人よもっとしっかりしろ!」とか、「たくさんの人が死んでいるのに新聞に『与野党協力なるか』とあって、すごくむかついた」とかあり、彼らのほうが「天罰発言」をした政治家なんかよりよほどまともなことを言っていると思わざるを得ません。

 「ペンは剣よりも強し」といいます。古代アイルランド神話群に出てくる予言者階級フィリ(fili [pl., filidh])のように、ときには人間の発することばが文字どおり人の心を斬ることだってある(彼らは敵を倒すために「諷刺(áer[発音はアイル])」という「呪い」を使った)。でも逆に人の心を支え、生きる力を与えてくれるよすがともなるのが人のことば。ことばの重みについて、いろいろ思うところのある一週間でした(Choral Evensong でも、トゥルーロ大聖堂聖歌隊の回では説教で今回の震災と津波について触れてくれていたけれども、何度か来日公演をしているイートンカレッジの回では言及はリビアのことだけでした、どうでもいいことかもしれないが)。ことばついでに、海外メディアの報道の「受信」もいいけれど、もっと日本発の情報発信を増やさないとまずいのではないかという気がする。もちろん英語で(他言語ではまずい、と言っているのではありません、念のため)。正しい情報を相手に伝える努力を怠ると、ますます疑心の目で見られかねない。英語での正しい情報発信を増やすことは、結果的に日本に、そして一部の識者から「亡びる!」と危惧されている日本語にもよい影響をおよぼすと信じている。

追記:三陸沿岸の市町はどこも壊滅的な被害を被ったのですが、南三陸町の町長さんの発案された「思い出探し隊」はすばらしい。そしていまさっき夕刊紙面で見た、こちらの話もまた、すばらしいことだ。「思い出探し隊」がほかの市町でも組織され、同学会による無償復元サービスと連携すれば、もっといいですね(重機が入るとこうした活動もできなくなるから、なるべく早いにこしたことはない)。そしてこれは個人的なことながら、静岡県東部地区出身の東北大学生有志による募金活動を見かけたので、すこしばかし寄付しました。「ちょコム」で寄付しようと思っていたので、小銭しか出せなくてすみません。m(_ _)m

 …↓は、なんとあのキース・エマーソンが書き下ろしてくれたという'To the Land of Rising Sun' という美しい作品。こちらのクリップも感動しました(英語圏にはたとえば'Our thoughts always stay with you.' とか 'Our hearts are all with you.' 、 'We are always thinking of you.' といった心にひびく言い回しがあります)。



posted by Curragh at 23:31| Comment(7) | TrackBack(0) | 日々の雑感など
この記事へのコメント
keithの日本に捧げるピアノ曲について、こちらでも採りあげて下さっていたのですね。彼の現在の(内縁の)奥様が日本人であるということもあって、本当に心を痛めてくれているようです。Keithは、2005年の来日公演のステージ上でも、2004年のスマトラ島沖地震・津波の被災者へむけた追悼メッセージを発していましたよ。
Posted by keiko at 2011年04月05日 16:59
すみません、前の書き込みでスマトラ沖唐地震に言及しましたが、米国のハリケーン「カトリーナ」の間違いです!(私も記憶があやしくなってきて・・・汗)

当時Keithは米国に住んでいたのですが、あの巨大ハリケーンが起こったのが8月で、来日公演がその直後の10月でしたので、まだ生々しかったのですね。その犠牲者に捧げるピアノソロを披露してくれ、その美しく優しいトーンが、今回の日本人に捧げるピアノ曲に通じているように思えます。

Posted by keiko at 2011年04月06日 06:56
Keiko さん

ミントンくんも英国赤十字の義援金募集への協力を呼びかけているんですね。「杉様」もさすがです。入念に準備した物資・食糧を迅速に運び入れたとは、頭の下がる思いです。

↑ではたまたま見かけた大学生たちの活動を紹介しましたが、単位が認定されるヴォランティア休学制度というものがあるようなので、それを活用して現地入りされる若い人たちもいると聞きます。エマーソン氏の伴侶が日本人だというのも、はじめて聞きました(いまごろ?)。

…話変わりますが、深夜、特別枠の「生さだ」を見てました…さださんとはどうもウマがあうみたいで、以前から「無灯火はやめよう」とか、自分がふだん思っていることをズバっと言ってくれて、けっこう好きですね。今回もまた見ていて「そうそう、もっと言って」みたいな発言が多かったのですが…たとえば「海外の人は略奪のないことを賞賛するが、ほんらいそんなことはあってはならないこと、なくて当たり前」ということを言ってまして、これもまた海外メディアの報道について違和感を抱いていた自分が感じていたことなので、「そのとおり!」と酔いの回ったアタマで思わずひとりごちてしまいました。

まだまだ余震活動がつづています。つねに緊張を強いられる状態が一刻も早く解消されるように願っておりますが、ここしばらくは注意してくださいね。って言っている本人こそ警戒すべきだとは思ってますが…。
Posted by Curragh at 2011年04月09日 14:31
「生さだ」私も昨日の夜はたまたまですが、見ていましたよ。途中までしか見なかったので、その掠奪うんぬんのところは知りませんでしたが、ほんとにおっしゃる通りですねえ。。最初の方では「ずっと被災地の報道をテレビで見ていると、自分が被災者でなくて普通に生活していることに罪悪感を持つようになってしまい、なんでも自粛自粛となってしまうが、被災者の方たちの苦しみは被災者じゃないとぜったいわからない。だから、被災しなかった人間は元気でいることが被災地への応援になる」みたいなことを言ってませんでしたっけ?(ちょっとちがったかな??)私自身「罪悪感」は図星だったので、なるほどなーとか思ってみていました。


ちなみに、、、さだまさし氏は長崎県出身ですので、グレープという2人組みユニットで地元のローカルテレビに出演していたころからよく見ていました。

学生のボランティア単位認定のことですが、、せっかくCurraghさんが、好意的に書いておられるのに申し訳ないのですが、朝日新聞の声の欄には、その制度に対する否定的な意見もあって、それはそれで一つの見方として、興味深く読みましたよ。ご覧になりました??「単位として認定してもらえるからボランティアしようというのは本当のボランティア精神ではない」といった趣旨だったと思います。うがった見方をすれば、単位が取れるから、という理由で旅行気分半分で行く学生が増えないとも限らないと・・・

余震本当にいったいいつまで続くんでしょう。。

そろそろ、またElliot Minorの音楽記事を書こうと思うのですが、次々と暗いニュースががはいるので、どうも進まなくって。



Posted by keiko at 2011年04月10日 00:05
おや、「生さだ」、ご覧になってましたか! はい、たしかにそういう趣旨のことも言ってましたね。話変わりますが、英国人はこういうとき、とにかくuplifting なジョークを言いつづけるのだそうですよ。こういうところもおなじ島国とはいえ、彼我の国民性の差なのかもしれません(日本人は、とかく周囲と合わせようとする「同質傾向」がつよいですね)。また、マーク・トウェインのつぎのことばも思い出しました。「親しい人が亡くなったとき、なぜわたしたちは悲しむのか。その人ではないからだ」…。

朝日の記事についてもご教示くださって、ありがとうございました。ああなるほど、そういう不純な動機の学生もいるかもしれませんねぇ。もっとも最初は不順な動機でも、現地に行ったら後頭部をはたかれたみたいに目覚める学生さんも、いるかもしれませんよ(「トモダチ作戦」の海兵隊員がらみでも、似たようなエピソードが新聞に出てました。せっかくの休暇が流れた…と落胆しつつ現地に行ったら、想像を絶する光景を目の当たりにして、これはそれどころじゃないとがぜん力が湧いてきたんだそうですよ)。そういうところに期待をかけたい、若い人たちの力を信じたいひとりです。なんといってもこの国の将来は彼らにかかっているわけですし…。
Posted by Curragh at 2011年04月10日 00:54
uplifting なジョーク。。いいですねえ、、具体例とかご教示いただければありがたく。

>落胆しつつ現地に行ったら、想像を絶する光景を目の当たりにして、これはそれどころじゃないとがぜん力が

若者の情熱って素晴らしいですねーー。

ま、その朝日に否定論を投稿していたのは、確か30代くらいの主婦の方だったと思うのですが、これが同じ大学生(学生じゃなくてもいいけど、ボランティア経験者)からの投稿だったらもっと、説得力もあるのだけれど・・何事も悪い方に解釈すればキリがない、とも思えたのも正直なところです。

それに、あんまり理想論ばかり言っている場合じゃないですよね、今は。。とにかく、ボランティアの数がまだ全然足りないのですから。。

ボランティア単位の問題は、チャリティイベントの主催者が、売り上げを寄付するときに、経費を差し引くかどうか、という観点にも共通するところがないでしょうか・・ちょっと違うかな?!

Posted by keiko at 2011年04月11日 11:28
具体例はちょっとおぼえてないのですが、Blitz のときもロンドン市民は防空壕の中でドイツ軍をネタにしたジョークを言いあっていたらしいです(自分たちの家が爆撃されて燃えているにもかかわらず…)。また、1981年3月に暴漢に狙撃された故レーガン元大統領は緊急手術を受けるさい、病院スタッフに「きみたちはみんな共和党員だろうね?」というジョークを飛ばしたんだそうですよ。

以下は脱線ですが、レーガン氏はアイルランド系移民の子孫で、みずから聖ブレンダン出航の地と伝えられているブランドン入江を訪問しています(ブレンダンを記念したモニュメントがあり、そのかたわらに元大統領のブレンダンを讃えることばが刻まれています)。

…ちょうどひと月が経ちましたが、また大きな余震がありました。そちらは大丈夫でしょうか? 
Posted by Curragh at 2011年04月11日 20:43
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