音楽好きから言わせれば、やはり新婦が父上のエスコートでアビイ身廊へと入場したさいに演奏されていた、あの有名なサー・チャールズ・ヒューバート・ヘイスティングス・パリーのアンセム、「わたしはうれしかった」がたいへん印象的でした … 。
このアンセム、王室の慶事では定番といってよいほどよく演奏される作品だし、また昨年のイートンカレッジ礼拝堂聖歌隊公演でもこの壮大かつ感動的な合唱作品を演奏してくれてました(もっとも芸劇のあのオルガンはコンビネーション装置の調子が悪かったらしく、オルガニストが「手動」でストップの入れ替えをしつつ伴奏するという離れ業をやってのけていた)。'I was glad when they said unto me : We will go into the house of the Lord ... ' と、「都に上る歌」の「詩編 122 」の歌詞がたたみかけるように歌いだされるさまはまさに圧巻(とくに好きなのは'We will go ... ' と各声部一音ずつずれながら入ってくるところ)。今回の結婚式で使用された楽曲はなんでも某オンラインストアにて配信されているらしいですが、ひとつ気づいたのはパリーの作品が ―― 英国人ならだれでも歌える「エルサレム」をはじめ ―― 4つも演奏されていたこと。Daily Telegraph によれば、父チャールズ皇太子が大のパリー好きだとか。また、生中継のアナウンスでは演奏楽曲はすべておふたりの選曲によるもので、(アレッドの故郷でもある) ウェールズのアングルシー島に住んでいる作曲家の声楽作品も流れた、とか聞こえたので、いま公式サイトにて使用楽曲を調べてみたら、ポール・ミーラーというまだ35歳の、アバディーン大学で講師を務めている人のモテットだった。↓
新婚生活はアングルシー島で送られるようですね。そういう関係(?)でミーラー氏に白羽の矢が当たったのだろうか。
一覧を見ると、なんとバッハの「幻想曲 BWV.572 」があったり、アイルランド出身のスタンフォードの「オルガンソナタ」もあったり、ヴォーン・ウィリアムズの「グリーンスリーヴスによる幻想曲」、現代のフィンジの「弦楽オーケストラのためのロマンス」とか、もちろん国民的作曲家のラッターの作品もありましたね。 'This is the day which the Lord hath made' というアンセムでしたが、これは結婚式のために特別に用意したんだとか。思うんだがこういうのって本来ならばCM のないNHK でノーカットでただひたすら流すべきだと思うが、あいにくそうではなかったので、退場のさい流れていたであろう、これまたお決まりのヴィドール (シュヴァイツァー博士の師匠だった「フランス・オルガン交響楽派」のひとり) の「トッカータ (「オルガン交響曲 第5 番」終曲) 」とかアングリカンものが好きな人にとってはおなじみのウォルトンとか、エルガーの「威風堂々 第5 番」なんかは当然 (?) カット。それでも式典を通して見てみると、「おや、いつも聴いている『夕べの祈り (おおよそローマカトリックの「晩課」に当たる典礼) 』とあんまり変わらないなあ」というのが率直な感想でした。カンタベリー大主教が仲立ちとなっておふたりの結婚を承認する儀式とかはもちろんふだんの典礼にはない式次第だが、聖書朗読やアンセム (英語によるモテット) なんかはふだんの典礼と変わらない。使用楽曲の豊富さ以外は「夕べの祈り」とそんなにちがいはない、という感じでしたね。「夕べの祈り」は Evensong と呼ばれるように最初から最後まで音楽づくしで、「歌による典礼」と言っていいほど。
… ここのオルガンは、一般人が入れる身廊 (nave) と聖歌隊席のある内陣 (chancel, quire) とを隔てる仕切り壁、スクリーンの両脇に向きあうようにしてそそり立っている。地デジで見るとさすがにプロスペクトの美しさが際立つが、音楽史の本によく出てくる1784 年にヘンデルを記念して開催された演奏会の版画では、ここのオルガンは西側入り口上のバルコニー席、つまりクリップに映し出されている入り口上の大きなステンドグラスのすぐ前にあった。現在の楽器は「英国王のスピーチ」で有名になった、王子の曽祖父ジョージ6 世の戴冠式のためにハリソン・アンド・ハリソン社が納入したもので、実働ストップは84。公式サイトの説明によると、2006 年に演奏台の大規模な改修がおこなわれたらしい。
…ロイヤル・ウェディングとは関係ないけれども、ここの聖堂の天井の高さにおどろかれた方も多いかと思います。ほんとうにゴシック建築って奇跡的だと思う。この前見たこちらの番組では、アミアン大聖堂を中心にそのすばらしい匠の技に着目して放映してましたが、あれは極限ともいえる当時の建築技術の粋を結集したものと言っていい。ひたすら天の高みを目指して大都市間では空前のゴシック聖堂建設ラッシュが起こったものですが、なにごとも限度というものがありまして、たとえばアミアンと高さを競っていたボーヴェ大聖堂は、当時最高の地上48m のヴォールト天井高を誇ったものの、1274年に内陣が完成してわずか2年後にあっけなく崩壊。内陣再建後の16 世紀には高さ153m に達する塔まで建立したものの、これもまた完成後ほどなくして倒壊している。TV 画面に映し出されたウェストミンスター・アビイのあの「重さ」をまったく感じさせない、「暗さ」もまったく感じさせない明るく軽やかな空間も「飛び梁 (flying buttress) 」の発明があればこそ。これなくして壁もあまりないスカスカの構造物が建っていられるはずがない。ゴシック様式の大聖堂、とくるとステンドグラスが付きものですが、恐竜のごとき「飛び梁」と「肋穹窿 (ribbed vault) 」で支える構造だからこそ、あんなに大きな窓が設置できる。当時の石工の職人芸には脱帽です。
もうひとつ目を引いたのは、身廊に沿ってアーケードのごとく立つ新緑美しい立木。あれもおふたりのアイディアだとか。なんとすばらしい! 注意深い方は聖堂を支える柱を見て気づいたはずです。あの林立するほっそりした柱の発想源はあきらかに中世の欧州を覆っていた針葉樹の森。王子の美的センスは絶妙だと感服したしだい (蛇足ながら、聖歌隊席の前に数名の赤装束の少年がいたけれども、彼らこそヘンリー・パーセルの後裔たる王室礼拝堂 [Chapel Royal] の少年聖歌隊員です、念のため。指揮者はここの音楽監督オドネル氏ですが、2000年から現職、ということなのでもう10年以上になるのか … 前任者はマーティン・ニアリー氏だと思いましたが、ニアリー氏のころに制作されたCD 「ミレニウム」はときおり聴いてます) 。