2011年05月07日

Peter : The Adventures of a Chorister

 以前少年合唱関係のML にて当時読んだばかりのThe English Chorister - A History という労作について拙い読後感なんかを投稿したら、こっちの本もおもしろいよ、と勧められたのがこのPeter : The Adventures of a Chorister 1137 - 1937 という本。… それからはや数年が経過し、入手したくてしかたなかったがなかなかかなわなかった(はじめは版元に直接問い合わせようとしたもののメールがもどってきたり[???])。それがどういう風の吹きまわしか(?)、Amazon 日本サイトでも買えるようになり、昨年6月ごろめでたく手許にやってきた。とっくに読み終わっていたけれど、つい先日が「こどもの日」でもあったので、あらためてざっと読み返してここでも拙い感想などをすこしばかり書き記しておこうと思ったしだい(これ書くために読んでいたMyths to live by を中断して3日ほどかけてこちらを読み返していたワタシ … )。

 この本を書いたシドニー・ニコルソン(Sir Sidney Hugo Nicholson) はさきごろロイヤル・ウェディングが挙行されましたウェストミンスター・アビイのオルガニスト(1919 -28)だった人で、その後オルガニストの職を辞して教会音楽家の育成・教育機関としてthe School of English Church Music(現在のThe Royal School of Church Music, RSCM ) を創設、初代校長を務めたという人です(1947年没)。本が書かれたのはヘルマン・ケラーの『バッハのオルガン作品』とほぼおなじ第二次大戦の真っ只中で、初版刊行は1944年。書名からしてわかるように、これはピーターというひとりの少年聖歌隊員を主人公にした物語で、いわば児童向け読み物。「聖歌隊員として日々、研鑽を重ね歌っている子どもたち(いまは女子隊員もふつうに見られるが、出版当時ではもっぱら少年隊員を念頭においていた)に、伝統ある教会聖歌隊の歴史をわかりやすく知ってもらう」ことを目的として書かれたものなので、純粋に「児童文学」として見ると、たとえばピーター少年の預けられていた修道院付属学校の出てくる最初の章みたいにやや説明臭かったりする箇所が散見されるのはあるていどしかたないところではある。けれどもプロの児童文学の書き手ではないとはいえ、聖歌隊員の子どもたちに同年代の聖歌隊員である少年の目から見た壮大な絵巻物のごときイングランド教会聖歌隊の歴史を伝える、という作者の試みはほぼ成功しているように感じた。

 12世紀の修道院付属学校(「施し物分配所」の監督が仕切っていたことからAlmonry School という)の居室で朝まだ暗いうちに行なう聖務日課のためにたたき起こされる場面からはじまり、1937年5月12日にウェストミンスター・アビイにて挙行されたジョージ6世の戴冠式に招待聖歌隊員のひとりとして参加するまで、じつに800年にわたって途切れることなくえんえんと受け継がれてきた「歌の伝統」が実在の人物とからめていきいきと活写されています ―― 王政復古期のジョン・ブロウ、トム・エドワーズ(のちに『日記』で有名な海軍大臣[厳密にはこの肩書きは不正確らしいが]サミュエル・ピープスの秘書になった人)、ペラム・ハンフリーウィリアム・ターナー、そしてパーセル(5章)、オラトリオ「メサイア」のヘンデルももちろん出てきます(この中の有名なアリアのひとつ、「わたしは知る、わたしをあがなう者は生きておられる」のスコアにヘンデルみずから'The Boy' と赤鉛筆で記しているとかって話ははじめて知った[p. 127]。その自筆譜はいまオックスフォードのボドリーアン図書館にある)。ちなみに参照先記事によると『日記』にもハンフリーのことを否定的に書いている、とありますが、ピーターもこれ見よがしで横柄なハンフリーのことがきらいだったようで、このへんは史実に忠実に書いていると思われます。

 主人公のピーターは … おそらく「ピーター・パン」の連想なのかもしれない。800年の時空を越えて、歌うことが大好きな少年たちの身体につぎつぎと乗り移ってゆくのだから。いわば「永遠の少年聖歌隊員(笑)」。あるいは800年間、活躍してきた ―― ほとんどの場合無名のまま歴史に埋没した ―― 彼ら聖堂で歌い継いできた少年たちの権化みたいな存在として描かれている。でもこれがけっこうやんちゃでいたずら小僧でもある(あのアレッドもそうだった、ご本人の『自伝』によると)。修道院時代では神聖なる典礼に振りたくられる香炉に靴屋から失敬した革のかけらを混ぜてとんでもない悪臭を撒き散らしたかどでしたたか鞭打たれたり、ちょうどバッハやヘンデルの活躍していたころのロンドンに慈善家トマス・コーラムが開設した孤児院で、実習授業をすっぽかして礼拝堂から聴こえてくる音楽に心を奪われていてあえなく教区民生委員に見つかって大目玉を喰らったり、イングランド中部地方のとある教会聖歌隊員だったときも典礼中にふざけていて新任の若い石頭(失礼) の牧師に「もう来るな!」と放逐されたり … 。また、王室礼拝堂(Chapel Royal) にブロウたちと所属していたときに発生した恐ろしいペスト禍のときには文字どおり王宮内に閉じこめられ、ピープス氏の秘書となってほうぼうを見聞きしているトムからいろんな情報を聞いて退屈をしのいだり、その後ロンドンを焼き尽くした1666年の大火では旧セントポール大聖堂が焼け落ちるさまも描写されてます。

 2章(「少年司教」の話)で、12世紀の修道院時代から200年後に出現したピーター少年はミンスターベリー(Minsterbury) という大聖堂聖歌隊員のひとりとして大好きな音楽にふたたび囲まれるけれども、これはひょっとしたら最初に出てくる修道院と関係のある聖堂かもしれない(はっきりそうとは書いてない)。いずれにせよこのミンスターベリー大聖堂はこの物語ではほぼ一貫して登場します。エリザベス朝時代と王政復古期は「王室礼拝堂」の少年隊員として登場しますが、たとえば清教徒革命(内乱時代)の章では、暴徒化した清教徒の襲撃を受けたミンスターベリー大聖堂の聖歌隊員として登場し、兵士がうろつく聖堂にもぐりこんで、自分たちの大切なパート譜(当時の出版譜か ?) 10冊分を「救出」。ふたたび歌えるときが来るまで隠すことに決めた。で、その息子というのが、王室礼拝堂入りしたこれまたピーター少年で、彼はかつての「自分」が救出した貴重なパート譜を当時の音楽監督だった「キャプテン」ヘンリー・クック氏に手渡す、という展開になってます。

 ヘンデルに個人レッスンを受けるという信じられない幸運に恵まれたピーター少年(ダストカバーの絵はこれです)、つぎの時代(文学で言えばジェイン・オースティンとかブロンテ姉妹のころ)ではウィカムステッドという村の教会の聖歌隊員となり、ここでは当時世論が対立したという「オックスフォード運動」のこととかもピーター少年の視点からわかりやすく書かれている。またエリザベス朝時代に地方の農家の息子にすぎなかったピーター少年が、馬に乗ってたまたま通りがかった当時の王室礼拝堂音楽監督リチャード・ファーラントに「徴用」され、当時流行っていた「少年一座」の一員として『ロミオとジュリエット(シェイクスピア作ではないほう)』のジュリエット役(!) をやらされたり、といった筋立てもなかなか楽しい(とはいえはじめは指導者ファーラント氏に自分にはムリだと言って楯突いて殴られたりしていますが。また当時は少年のみのヴァイオル[ヴィオール] 合奏団というのも組織されていた)。

 終章で出てくる国王の戴冠式というのが、自分も観に行った「英国王のスピーチ」のあのジョージ6世のときのもの。もといた中部地方の教会を新任牧師とのいさかいがもとで去ったあと、ふたたびミンスターベリー大聖堂の聖歌隊員として「復活」。で、ここの記述を額面どおりに受け取ると、このとき各地の大聖堂から各二名くらいずつ優秀なコリスター(choristers) が招待されていて、ウェストミンスター・アビイおよびセント・ポール、王室礼拝堂の子どもたちとあわせて総勢400 名(男声・少年あわせて200名ずつ) の大編成の聖歌隊を構成したという。リハーサルは数週間前からアビイ近くのセントマーガレット教会にてつづけ、本番当日、戴冠式開始は午前11時からだったけれども大混成聖歌隊は8時半にはすでにアビイにて待機していたらしい ―― 腹ごしらえ用の軽食持参で。お決まりの「わたしはうれしかった」のほかに、ヘンデルの「祭司ザドク」も演奏されたという(こちらもわりと人気の高い楽曲ですね)。↓



 本文およびカバー裏に描かれたオリジナルの挿絵(1910年ミュンヘン生まれのハンス・ティスダルという画家の作品、1997年没) も味わいがあっていいし、あらためて読み返してみて、これって映画化したらもっとおもしろさが伝わるかもというふうにも感じます。実写でもいいし、アニメーションでもいい(実写版の場合、主人公ピーターはだれがいいかな … )。映画化すれば、「英国王のスピーチ」で流れたベートーヴェンの「皇帝」や「7番」のように、この物語に登場する音楽の数々(「メサイア」、「主よわが祈りを聞きたまえ」、「わたしはうれしかった」、そのほかハンフリーとブロウが協同で作曲したとされる 'I will always give thanks' とか、一般にはほとんど知られていない王室礼拝堂出身作曲家の作品など)をサントラとして流したら、一石二鳥、という気もするんですがね。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

posted by Curragh at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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