2011年05月22日

メータの「第9」と児玉さんの訃報

1). 午後の昼下がりに先日ここでもすこし書いた、ズービン・メータ指揮・NHK交響楽団による東日本大震災被災者支援チャリティーコンサートのもようをEテレ(NHK 教育TVと書きたいところですが)で見ながらお昼を食べてました。じつはカブるように、1時間ほど前からNHK-FM でもおんなじプログラムを流してまして、そちらを聴いたあとでTV に切り替えた。マーラーの「復活」もオルガンが入っているし聴取したかったけれども、TV 放映のほうを優先。映像つきで聴くと迫力がまたすごいですね … やはり鬼気迫る、というか、ピーンと張り詰めたような緊張感が会場全体を包んでいました。それゆえに終楽章の「このような調べではなく、心地よい歌を!」とバスの独唱で開始されるシラーの歌詞も、ひときわ心に響くものがある(ちなみに途中からにわかに行進曲風のリズムになるけれども、ベースになっているのはあの「トルコ行進曲」らしい)。全曲通して聴くと、やはりすばらしい公演だったと思います。メータは2004年12月26日に発生したスマトラ島沖大地震による大津波で故郷ムンバイが被災していたらしい。そういう体験があるからなのか、多くの演奏家が福島の原発事故もあって大挙出国していたにもかかわらず、単身、取って返してくれたんだと思う。公演前、被災された方のみならずペットのことまで気遣うスピーチをしてましたが、メータという音楽家の人間性がにじみ出た感動的なスピーチだったと思います。ほんとうにありがとう、マエストロ! インタヴューでも言ってましたけれども、そう、困難なときにあるほど、音楽はその力ないし真価を発揮してくれるものだと自分も信じています。音楽にかぎったことではないとは思うけれども、芸術こそ「心の復興」には欠かせない要素のひとつだと思う。

2). と、そんなとき、名優の児玉清さんが胃癌で亡くなられたとの報をNHKラジオ第1 の「ラジオビタミン」にて聞いて、え、まさかと思った。77 歳、まだあちらへ逝くには早すぎたような気もするが … 児玉さんのイメージは、つい最近では大河ドラマ … もあるけれど、なんといっても36年間、司会を務めてきた「アタック 25」だろう。「慎重かつ大胆に!」とか名台詞を残し、また出場者にたいする気遣いについてもメータに劣らずすばらしかった。当然、本日の放映分は追悼番組に切り替えられてましたが、はじめて目にするオフショットの数々にちょっと涙腺が緩んでしまった。あんなふうにキャンディとか配ってたんですね … このさりげない気配り、さすがです。出場者からの私信にもきちんと返信していたといいます。こういう点でさっぱり気の利かないヤボな門外漢はひたすら頭を掻いて反省しきり。思えば子どものころからあのクイズ番組は大好きでして、土曜の昼に学校から(当時は週休二日制ではない!!)帰宅すると、まっさきに「世界の料理ショー」を見て、日曜朝は「兼高かおる 世界の旅」、そして昼は「アタック 25」と決まっていた。たしか当時の「今週のチャンピオン」に与えられる特典は、花の都パリ旅行だったと思った。憧れのルーヴル美術館とかノートルダム寺院とかの映像を繰り返し見ては、いつか行ってみたいもんだと思っていた(いまもそう orz 先立つものはないが、そろそろ考えるか??)。それはともかくとして、児玉さんは英独仏語に堪能で、かつたいへんな読書家としても有名で、「ラジオビタミン」でもおもしろかった本を定期的に何冊も紹介してくれました。

 児玉さん長い間お疲れさまでした。そして、ありがとう。

3). 先日、約20年ぶり(!)くらいに近郊の柿田川を廻ってきました … 風景じたいはそんなに変化ないようですが、やはり湧水量の減少が気になります。3月の大地震のとき、川底の軽石層がはげしく揺さぶられたためか、いっときコーヒー色に濁った水が噴出したそうですが、いまはふだんどおり。で、しばしボードウォーク上で撮影していたら、どやどやと団体さんがやってきた。来たはいいけれど、信じがたいことに歩き煙草の人がいた。言っておきますがここは観光地じゃない。地元有志で結成する「みどりのトラスト」が管理する自然保護区であり、われわれの飲料水でもある(「泉水源地」が源頭部対岸にある)。それに足許は板張りの歩道(尾瀬にあるのとおんなじような感じのもの)。このへんではここでしかお目にかかれない「アオハダトンボ」という稀少種も生息している(見かけたが、動きが速すぎて撮影できず … orz )。いずれにせよこういう「物見遊山」気分の方は困る。厳に謹んでいただきたい。… とそんな折も折、なんと柿田川がこのほど「国の天然記念物」に指定されたという朗報が! ちょうど自分が現地に行っていたその日に決まったんだそうです。

追記:先日、某週刊誌を立ち読みしていたら、生前の児玉さんの読書家ぶりを伝える記事がありました … それによると、児玉さんは時代小説の執筆準備に取りかかっていたらしく、また海外文学の翻訳の話もあったらしい。大好きな海外ミステリは邦訳が出るまで待てず、海外に仕事で出られたときに原書をごっそりとまとめ買いするほどだったとか。またあるミステリ作家が児玉さんのインタヴューを受けたさい、児玉さんの読みこみの深さに感動してなんと「創作ノート」をプレゼントしたとか、いかにも児玉さんらしいおもしろいエピソードが満載でした。… それにしても児玉清訳と銘打った邦訳本がついぞ出なかったのは、やはり残念なところ。これほどの愛書家にして読みの深い読者の手になる翻訳は、きっと後世に残る「名訳」になっただろうに(海外ミステリでは、児玉さんは一連の「競馬もの」で知られる故ディック・フランシスが大好きだったとか)。

posted by Curragh at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | おくやみ
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