2011年06月06日

Dank u wel, Maestro!

 先月最後の日曜日、楽しみにしていたグスタフ・レオンハルト大人(「たいじん」と読む)のオルガンリサイタルを聴きに行ってきました。ふだんの行いがよくないためなのか(?)、当日は大嫌いな雨降りでして、おまけに台風までやってきているというかなり悪いコンディション(ちなみに当方は晴れ男だと思っている)。それでも電車は予定どおり運行していたし、篠突く雨のなか、ぶじに会場に到着。アレグロミュージックの人とおぼしきスタッフの方が傘をさして開場時間前に詰めかけていた聴衆のみなさんを手際よくとなりの「記念館」へととりあえず退避させてました(いま公式サイト見たらなんとここには19世紀製足鍵盤つき[!]リードオルガンがあるらしい。びっくり。自分は中には入らなかったから、ちょっと後悔)。

 ここの新オルガンは機械化によって失われてしまった昔ながらの製作法を忠実に再現して製作された、まぎれもなく現代オルガンの逸品といえる楽器。じっさいに見てみるとシュニットガーオルガンみたいなデザインで、リュックポジティフのケースとプロスペクトがじつに美しい。とはいえ1916年に献堂された木造の礼拝堂の屋根を突くほどの大きさで、音が鳴る前からおそらく残響はあんまりないだろうと思いました(じっさいそうだった)。でもオルガンというのは設置会場の音響空間にあわせて設計・組み立てされるものなので、残響のなさもたぶん計算に入れてあるはず。モデルにしたのがニーホフ、フランツ・カスパール・シュニットガーあたりの17世紀オランダの古楽器(ブラバント型とか呼ばれるタイプ)だとしたら、当地の教会堂は天井が木造だったりするので残響もさほど長くはないらしい(録音しか聴いたことないから、よくわからないけれども)から、これでちょうどいいのかもしれない。楽器の構造上、あいにく演奏台(コンソール)は拝見できなかったが、公式ページの画像を見てもわかるとおりかつてヴァルヒャが弾いたカペルの歴史的オルガン(アルプ・シュニットガー)に形といい色といいそっくりだ。ストップノブの形状なんかとくに。調律はミーントーンの一種らしく、標準ピッチよりやや低め(435Hz)。

 悪天候のためか、お客さんの入りが長引きまして、かなり遅れて開演。どうもレオンハルト氏は演奏台にいたらしくて、ほぼお客が入りきったあたりでだしぬけにオルガンの朗々とした音が礼拝堂に鳴り響いた。プログラムは同郷人スヴェーリンクの「前奏曲」。つづいておなじく北ドイツオルガン楽派の系譜に連なるハインリヒ・シャイデマンの1637年作曲の「前奏曲」。つづいて一般の人は名前さえ聴いたことないんじゃないかと思われるスペインのフランシスコ・コレア・デ・アラウホの「ティエント 54番」、そしてふたたび北ドイツにもどってバッハによるオルガンコラールの即興演奏にいたく感激したというヨハン・アダム・ラインケンの「トッカータ ト短調」、J.C.F. フィッシャーの「音楽のパルナッソス山(1738)」から6つ目の組曲「エウテルペ」終曲の「シャコンヌ ヘ長調」。こんどは英国に飛んでウェストミンスターのオルガニストでもあったジョン・ブロウの「3つのヴォランタリー」、ベルギーの人ケルクホーヴェンの「ファンタジア 131、132、129番」、ふたたび英国のパーセルの「ヴォランタリー ト長調」。最後に、リューネブルクの聖ミカエル学校の生徒だった少年バッハもおそらくは聴いたであろう、北ドイツのゲオルク・ベームの復活祭用コラール前奏曲「キリストは死の絆につかせたまえり(音楽とは関係ないけど、プログラムの原語表記中、 'Christ lag in todesbanten' のs がぬけてました)」。これらの作品が休憩なしでいっきに演奏されました。

 1996年3月にはじめてレオンハルトのオルガン独奏に接して以来、ほんとうにひさしぶりの実演。そのときもそうだったけれども、今回もまたバッハ以前の古い人の作品ばかりなので、知っている曲はラインケン、フィッシャー、ベーム、スヴェーリンクくらいのもの(ブロウとパーセルについてはほかの「ヴォランタリー」なら聴いたことあり)。そうはいってもアラウホのうねるような即興的半音進行にリード管も加わったいかにもイベリア半島らしい響きとか、若き天才パーセルのやや内省的な感じのヴォランタリー、またスキップしちゃいそうなかわいらしいフィッシャーの「シャコンヌ」、荘厳なベームのコラールと、いわばオルガン音楽による17世紀欧州の旅みたいななんともうれしい、ぜいたくなひとときを過ごさせてもらいまして、巨匠にはいくらお礼を言っても言いたりない。こういうきびしいときに来日してくれて、チェンバロとオルガンを演奏してくれるなんてほんとうにありがたいかぎり(じつは半分あきらめかけていた)。ときおり雨のたたきつける音とかも聞こえてきたけれど、礼拝堂なのでこれはこれでいい(救急車にはちょっと困ったが)。プログラムでは北ドイツオルガン楽派からベルギー、スペイン、英国までと幅広かったですが、この「新しくて古いオルガン」にもっとも向いているのはやはりスヴェーリンクとか17世紀オランダ・北ドイツものだろう。

 アンコールもフィッシャーの「音楽のパルナッソス山」からだったようですが、終演後、あらためて手許のチラシを見たら「バッハの時代そのままの送風を試みたいと思います」とあってまたびっくり。なんとオルガンの製作者エーケン氏みずから楔形ふいごに乗っかって1時間あまりも休まず風を送っていたとは! そのせいかどうかはわかりませんが、演奏中、この楽器はなんともまろやかであたたかい響きだと感じていました。東京カテドラル聖マリア大聖堂のイタリアの楽器も響きのあたたかい、いい楽器だと思ってますが、こちらも負けずにあたたかで、キンキンとやたらうるさくならない点が気に入りました。これでもうすこし残響があればなおよかったかも。まろやかであたたかい響きではありますが、残響が少ないためか、ほどよい「ステレオ効果」もあって各ヴェルク(鍵盤ごとのパイプを収める風箱)の立体感も美しかった(ステレオ効果も、たとえば「多目的ホール」にあるようなコンサートオルガンだとわざとらしく「分離」して聴こえたりしてぶち壊しになったりする)。

 …それにしてもレオンハルト氏、あいかわらず物腰がかっこいいなあ。リサイタル翌日にめでたく誕生日を迎えられまして、齢83 ! ですよ。全曲演奏し終わってリュックポジティフの後ろから悠揚せまらずあの長身が現れたときなんか、割れんばかりの拍手です。数年前に病気を患ったと聞いて心配していましたが、96年に聴いたときと、また2004年6月の静岡公演のときともさほど変わらず、元気なようすでほっとしました。またレオンハルト氏はかなりの車好きらしいけれども、まだアルファロメオとか乗っていらっしゃるんだろうか…? とにかくありがとう、マエストロと言いたいです(本題と関係ないけれど、本日6日はなんと「楽器の日」らしい)。

posted by Curragh at 23:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽関連
この記事へのコメント
こんにちは。ごぶさたしております。

僕も雨の日曜日に明治学院チャペルに行っておりました。作曲家は知っていても曲を知らない、名前も曲も知らないというそんな1時間でしたが、様々な思いが駆け巡った1時間でもありました。
Posted by HIDAMARI at 2011年06月09日 06:12
HIDAMARI さん

お返事が遅くなってしまいまして、申し訳ありません。m(_ _)m

演奏会というのは、言ってみれば非日常の体験ができる場ですよね。外の世界の喧騒とか、そういういっさいのことをひととき忘れさせてくれます。

今回の演奏会はそれ以上に、礼拝堂でしかも教会とは切っても切れない楽器のオルガンなので、「演奏会場を祈りの場に」文字どおり変化させていたように思います(かつてシュヴァイツァー博士はオルガン演奏会について、「世俗のコンサートホールを教会にすること」と言ってました)。楽器が背後にあるので、聴き手はそれぞれ音楽に集中できたのではないかと思います … 眼を閉じてオルガンの響きに浸っていると、あたかもスヴェーリンクやベームらが活躍していた時代へとタイムスリップしたかのような感覚さえおぼえました。とてもぜいたくな、記憶に残るすばらしいリサイタルだったと思います。巨匠レオンハルトに拍手! 

のちほどTB させていただきますね。
Posted by Curragh at 2011年06月12日 02:16
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