2011年07月09日

アナログもデジタルも両方必要

 せんだって見た「地球ドラマチック」。毎回、たいへん興味をそそられる良質なドキュメンタリー番組を日本人視聴者向けに紹介してくれるので、YouTube もいいけれど、プロの手になるこういう番組は文字どおり蒙を啓くというか、ありがたいかぎり(ときおり? がつく場合もあるけれど)。「ストーンヘンジ」の回もすこぶるおもしろかった。とくに火葬された人骨の大規模な発掘については、国内報道ではほんのすこししか紹介されてなかったから、ほぼその中身を知ることができてよかった。やはりあの巨石遺構はスコットランドの「ストーンサークル」文化となんらかの関係があるみたいですね。でもその前に放映された、「カラコルム 氷河を撮る 〜写真が語る100年の変化〜」は、風景写真好きにとってもたまらない企画でしたね。

 100年以上も前、イタリア人写真家のヴィットーリオ・セラなる人が探検隊を組織して、当時のバカでかい撮影機材をカラコルム氷河に持ちこんで撮影した。当然、あのへんの記録映像としては最古のもので、当時の貴重な原板は現在、セラ自身が作った保管室に大切に残されている。なんたってあの当時はセルロイドベースのフィルムがなかった時代。セラはなにを持っていったか、というとなんとガラス板の「乾板(dry plate)」。昔の人はほんとにすごいもんだ。重くて割れやすいガラス乾板を抱えて、世界で2番目に高い山、K2 が望見できる撮影ポイントまで撮影機材一式、仲間とともに担ぎあげてびっくりするほど鮮明なモノクロ映像を残したのだから。これはもう偉業というほかなし。… しかしながらカラコルム氷河各所を撮影記録した映像というのは、その後組織的に系統立てて残そうという人がいなかったようで、地球温暖化による氷河減少が世界的に問題化するなか、セラと同郷人の若き写真家にして登山家のファビアーノ・ヴェントゥーラという人が100年前のセラとまったくおなじ撮影地点から、まったくおなじような写真を撮影する、というとほうもない計画を実行したというのだからこのヴェントゥーラさんにも敬服する(→ 公式サイト)。

 足場の悪い峻険な高山地帯、しかも氷河に沿って幾日もかけて遡るわけですから現代の撮影機材を担ぎあげるのだって一苦労。セラの使用機材というのが番組でも紹介されてましたが、あれはいわゆる「8 x 10(エイト・バイ・テンと読む)インチ」、つまり「六つ切り」サイズのガラス乾板にドッカーンと写す「木製組み立て暗箱」タイプのカメラですな。で、ヴェントゥーラさんが携行した機材というのが、風景写真好きにとっては一度は使ってみたい(とワタシは思う)、「リンホフ」というメーカーの金属製フィールドタイプヴューカメラの「4 x 5(シノゴと読む)」インチ判。モデルが「スーパーテヒニカ」なのか「マスターテヒニカ」なのかは判然としなかったけれども、てっぺんには「連動距離計(レンジファインダー)」も乗っかってました。が、これ書いている当人はあいにく安物の「組み立て暗箱」型の4 x 5 判しか持ってなかったから、リンホフのような4 x 5 判カメラで連動距離計をどういうふうに操作するのかはわからない。1950 年代、グラフレックス社の通称「スピグラ」なんかを持ってた記者たちは、あれで被写体に焦点をあわせてバシャバシャ撮っていたから、「かぶり布」をかぶって見づらいすりガラスでできた「ピントグラス」でルーペ越しに隅々までのぞいて確認 … なんてことしなくてもいちおうピントはあいそうだし構図の確認も容易だと思う。もっともヴェントゥーラ氏いわくセラの写真のすばらしい点は「ギリピン」にあるといい、きちっと布(夏場は熱中症になることまちがいなし)をかぶってピントグラス上でしっかりピントあわせをしたと言ってました。たしかに大型カメラ最大の特徴は、なんといってもその息を呑むようなシャープネス、超高解像度の迫力満点の映像にあるのだから(フジの Velvia なんてとくにそう)。TV 受像機でいえば、最新のデジタルハイヴィジョンといったところか(画素数に換算したら4 x 5 原板の圧倒的勝利だとは思うが)。

 ヴェントゥーラ氏はセラのガラスネガを見たあと、今回の「再撮影」では昔ながらのフィルムカメラ、それもセラの時代とほとんど機構的に変わってない「4 x 5」判でも撮影すべきだと感じたといいます。もちろんデジカメも携行してましたが、ヴェントゥーラ氏によれば、それだけじゃダメ。たしかにデジカメは何度でも撮りなおしがきく。気にいらないカットは削除すればいい。とはいえ写真にとって大切なのは厳密なフレーミングと露光。デジカメではこういったことがおろそかになりがち。対象をじっくり観察して、慎重に構図を決め、ピントをあわせて適切な露光で撮影すること。4 x 5 以上の大型カメラはいわゆる「ロールフィルム」ではなくて、一枚一枚4インチ x 5インチにカットされた「シートフィルム」を使うから、35mm 判みたいに何百本も持っていくわけにはいかない。せいぜい数十枚が ―― 「世界の屋根」地帯に持っていくわけだし ―― 限度だろう。おまけに遮光密閉されたシートフィルムを現地で「フィルムホルダー」に詰めるという「暗室作業」もこなさなければならない(じっさいには専用の簡易暗室袋に両手を突っこんで、手探りにてフィルムの「切り欠き」(ノッチ)をたよりに表裏を確認したうえでホルダーに装填する。ちなみに自分の場合はもっとかんたんな「パケットフィルム」タイプのカットフィルムを使ってました。一枚一枚が遮光封筒に入っていて、封筒ごとホルダーに入れて封を引いて撮影、撮影後はまたもとどおり封をして、現像に出す。20枚入りで万札が飛んだ[笑])。こういった昔ながらの超アナログな機材とともに、「360 度パノラマ」が撮れる最新機材も携えていった。デジタル一眼のほうは、Nikon でした。「大判カメラは撮影のたびにシートフィルムを交換しなければなりません。でもそのほうが撮影に集中でき、わたしは好きなのです」とか、ヴェントゥーラ氏は語っていた。くわえて言えば、リンホフは頑丈だ。最近のヤワな機材とは造りがちがう(だから愛用者が多いのかも)。

 もう一点、ヴェントゥーラ氏の4 x 5 判大型カメラによる撮影手順の説明で、「絞りは全開にしておきます」という箇所について、いまいちピンとこなかった向きのために念のため。35mm 判一眼レフでも通常、ピントあわせのときは絞りは全開になってます。f16 とか絞りこんだ状態では、当たり前ですが暗すぎてピントあわせがしずらい(機種によっては「プレヴューボタン」で撮影時とおなじ状態で確認できるものもあります)。でも大型カメラの場合、絞りこんだときはその状態でもピントの確認が必要になったりするから、ひじょうにやりずらいし、天地左右逆像は決定的にやりにくい。ピントあわせをしたらシャッターの遮光板を閉じてシャッター速度と絞りを決め、レンズシャッターをセットして空シャッターを何度か切り、フィルムホルダーをセットしてホルダーを引きぬいて撮影、という手順になります。このときもっとも多い失敗は、おそらく「シャッターを閉じる」という作業だと思うが … ここが開けっぱなしだと、ホルダーを引き抜いた瞬間にフィルムは即感光、おシャカになる(あるガイド本には「指差し確認」しながら撮影せよとまで書いてあった)。

 … と、組み立て暗箱タイプの4 x 5 判と重い三脚をかついで伊豆西海岸を撮っていたころを思い出しつつ番組を見てました。いまひとつ印象的だったのは、デジタルアーカイヴ化されたセラのオリジナルネガの数々。そしてiMac (?) 上のPhotoshop とおぼしきソフト上で大写しにされていたヴェントゥーラ氏の写真の場面では、昔ながらの「写真術」と最先端のデジタル処理技術とがみごとに融合したようにも思えたのでした。デジタルアーカイヴ化、とくると、Google が大英図書館の「版権切れ」蔵書をすべてデジタル化するとか … 。

 ↓ おまけとして、自分が1998年11月に 4 x 5 判で撮った奥石廊崎海岸の写真。画面上端が、ちょっと「ケラれて」光量不足です … 。ヴェントゥーラ氏はリンホフによる広角撮影では焦点距離 90mm のレンズ(35mm 判では 24mm 相当) を使ってましたが、これは35mm 判換算で 28mm 相当の 105mm レンズで撮ったもの。あいにくフィルムスキャナーの性能がいまいちで、原板を忠実に再現しているとは言いがたいけれども … 。画面がフィルター枠でケラれたのは、たぶん手前のイソギクにもギリピンであわせようとして「アオリ」をかけたからだと思う。「アオリ」というのはこの手の大判写真撮影術には付きもので、4 x 5 判以上の大型カメラでは広角系でも焦点距離の浅い長玉レンズを使うから、手前から無限遠までパンフォーカス撮影するにはどうしても光の通る軸を「傾ける(屈折させる)」必要がある。大型カメラのあの蛇腹式の胴体はこの「アオリ」撮影にとって最大の利点となる(上記リンホフのページにその好例が載ってます。右下の画像が「アオった」状態)。このときは左下方向にすこしだけ「チルト」と「スイング」して焦点をあわせたと記憶しています(だから右端がケラれた)。この「アオリ」というのは、なにも大型カメラに特有の廃れた撮影術なんかじゃなくて、高級な 35mm 一眼レフ用のレンズでもレンズ軸が移動可能な「シフトレンズ」というものがあり、これはたとえば高層ビルをゆがめずにまっすぐ撮ることができる。また最近は「じっさいの風景を箱庭のように見せかける」写真画像というものがはやっているようですが、あれだって実態は昔ながらのアオリ技法のチルト・シフトの応用にすぎない(デジタル加工でミニチュア効果を出すソフトなんてのがあるんだなあ …)。一見、最新デジタル技術、と思われるかもしれないが、これだって150年以上も前の写真術草創期のアナログな技術・技法があればこそ実現できたこと。理想はやはりアナログ・デジタル共存共栄(笑)。

奥石廊崎海岸


 … 地元紙の「歴史ごよみ」によると、869 年のまさに今日、貞観地震が起きたらしい。そしてスペースシャトルの「最後の航海」もはじまった。



posted by Curragh at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・写真関連
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