2011年10月30日

The Art of the Chorister

 まずはじめに … 自然現象だからどうしようもないとはいえ、どうして今年はこんなにも大きな地震が頻発するのだろうか … こんどはトルコ東部で M 7.2 の直下型震災。100時間ぶりに救出された若い人の話とか聞くとほっとする反面、あの潰れた建物の中にいったいどれくらいの人が生き埋めにされたのだろうと思うと、悲しい。トルコは古くから親日国として知られていますが、東海地震( こんどは 3連動かもしれないが … ) 震源の真上の静岡県は、どういうわけか (?) とくに義援金とかの募集は行なっていないらしい。というわけで、いちおう義援金を受け付けているサイトへリンクしておきます。自分の契約しているキャリアも義援金受け付けをしているみたいです。

 本題。最近、ひょんなことからニューカレッジのこのアルバムをようやっと入手できました。さっそく聴いてみたら、買って大正解! 名伯楽ヒギンボトム先生がひとりひとりのコリスター( choristers, アングリカンにおける少年聖歌隊員の呼称 ) の個性をぞんぶんに引き出した、すばらしい録音でした。

 ヒギンボトム先生 … についてはこちらの過去記事をご覧いただくとして、そのときどきの指導法は変化しつつも、先生直筆のライナーの解説を見ても、基本的なポリシーはやはり「ひとりひとりの個性重視」で終始一貫しているようです。以下、ライナーの要約。↓

「… このアルバムには 2005−06 年のニューカレッジ少年聖歌隊員の歌声が収められている。ひとり声変わりの早い子がいて、総勢 16 名のうち 15 名が録音に参加した。声変わりを迎える少年の声を訓練するのはむだなのではないかと考える向きもいるかもしれないが、事実はその逆で、少年たちに合唱の手ほどきをするのは最高にやりがいのある仕事だ。オケやプレミアリーグの場合とちがい、数年の訓練で一人前の歌手としてりっぱに通用するし、毎日のように『夕べの祈り』に参加しているから、経験も豊富。また、500 年にわたって蓄積された数百ものレパートリーをコンサート水準で演奏してきた 13 歳の少年音楽家というのは、ほかの分野ではまず見当たらない。 … 彼らにはおのずからたしかな鑑識眼が養われ、バッハやモーツァルトといった音楽をすすんで歌うようになる。こちらでお膳立てする必要もない。ただしこのような音楽をものにするには、ただたんに " 正確に " 歌えればよいというものではない。歌唱技術と、音楽にたいする鋭敏な感覚が必要だ。これにはひとりひとりアプローチが異なる。そしてまさにこの点が重要な点だ。彼らはひとつの集団として歌っているように見えるが、彼らはそれぞれがソリストとして歌っている。すでにソリストとして自立しているコリスターもいるし、年少隊員たちは彼らのようになりたいと精進する。彼らにはよどみなく初見演奏できることが求められる。こうした技術も、毎週すくなくとも 10 の異なる作品を絶え間なく歌うことで自然と身につく。コリスターは操り人形ではない。彼らは自分たちでどうすべきかを知っているし、また的確に処理できる必要がある。ときには勢いあまることもあるが、結果はつねに刺激的だ。『技術が自由を与える』とは彼らの訓練においてはまことに言い得て妙だ。彼らの訓練を通じていつもびっくりさせられるのは、われわれ大人が活を入れられ、成功するすべを彼らから学べることだ。われわれは子どもたちのこのような能力開発を怠ってはいけない。コリスターたちを訓練してきた経験から言えることは、子どもたちの教育にはかりしれない効果がある、ということ。右脳型とか左脳型とかに偏らず、子どもたちには美しいものに触れてもらう。その過程で規律と責任が身につき、そして健康状態も良好に保たれる。子どもたちにこれらすべてを与えないほうががわたしには考えられない … 」

 コリスターの個性重視のヒギンボトム先生とあって、収録作品は一、二名のソリストもしくは 3−4人とパートごとに組んだものがほとんどで、「みんなでコーラス」というのはあまり入ってません。個人的にお気に入りなのが、タリスの「わたしは天からの声を聞いた」というレスポンソリウムと、バッハのカンタータ「われは満ち足れり BWV. 82 」のバスのアリア、「まどろめ、疲れた目よ」。ただし歌われているのは「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽帖」に書かれている稿で、10 度上のト長調に移調したヴァージョンらしい。タリスの曲は、ヒギンボトム先生の解説によると中世、「セイラム ( ソールズベリ ) 式典礼」の「朱書き ( rubrica ) 」に、少年聖歌隊員の一団は主祭壇に上がってこの聖歌を詠唱するよう指示書きしてあったんだとか。それをタリスは4声のそれぞれのパートに割り当てて対位法書法で作曲したということのようです。またヘンリー 8 世は「諸聖人の日」の前日つまり「ハロウィーン」の日に( おっと、31 日がその日ですよね! 今日は比較神話学者キャンベルの 24 回目の命日 ) 、居室にて、王立礼拝堂 ( くどい! と思われるかもしれませんが、これは特定の場所を指す呼称ではないです、念のため ) の少年聖歌隊員に歌わせたなんて話も紹介されてます。

 モーツァルトの有名な「聴聞僧のおごそかな夕べの祈り K. 339 」から「主を讃えよ」も天上の声のごとき清純なボートソプラノの独唱とコーラスで収録されてますが、「アヴェ・マリア」というのは寡聞にして知らなかった。こういう作品だったんだ。また、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」からも有名な曲がふたつ収録されてます。こちらに関して言えば、フランスのヌイイ市にある、聖十字架教会聖歌隊の少年隊員二名によるアルバムを持ってまして、こちらも負けず劣らず名盤だと思う。もっともボーイソプラノによる「スターバト・マーテル」は、ハノーファー少年合唱団員だった当時のセバスティアン・ヘニッヒの歌った音源のほうがいい! という向きもいると思う ( こっちも好き ) 。そしてどうでもいいことながら、ライナー巻末のコリスターたちの写真、 ' New College choristers minus cassocks and ruffs ' 。まるで『ハックルベリー・フィンの冒険』みたい。とても教会音楽を歌っている子たちには見えん ( 笑 ) 。

 … というわけで、いま「サンデークラシックワイド / 特選アラカルト / クラシックリクエスト」を聴いてます!! 今回のテーマは「耳から離れないクラシック」。案内役は「特ダネ! 投稿 DO 画」でおなじみの森山春香アナ。そうそう、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の「間奏曲」には、バックで静かに流れるオルガンの音色が聴こえるんですよねー、これがまたいいんだ。「古楽の楽しみ」エンディングテーマの「水上の音楽」から「パスピエ」。passepied という語は、「通行する足」くらいの意味だから、語源的にはパッサカリア ( passacaglia ) と似たようなものかもしれない。そして … いわゆる「カッチーニのアヴェ・マリア」として通用している作品は、やっぱりちがうのではないかと … 飯守泰次郎先生には申し訳ないけどつい思ってしまったのでした。それとそうそう、ドヴォルジャークが「鉄ちゃん」だったことは、有名な話ですね。そういえば米国人オルガン・エンターティナー、カルロ・カーリーがかつてバッハの BWV.538 の「ドリア調のトッカータ」の16分音符進行を評して、「蒸気機関車」だと言ってたことも思い出した。

  … ついでにけさのこの番組。「気まクラ DON!」じゃないけど、イントロクイズ。… むずかしすぎるッ ( 笑 ) !! 最後の「4ついっぺんに」演奏、演奏するほうもするほうですが、あんなもンわかるか ( 苦笑 ) ! でもベートーヴェンの「 5 番」冒頭の有名な動機の音が「嬰ハ」にズレていたことと、トロンボーンやピッコロが勝手に吹いていたのは、わかったけれども。おっとそういえば 61 回目の「気まクラ DON!」は、バッハの有名な … でしたね。バッハ作品が出題されるのは「アリア」につづいて 2 回目でした。

PS:「クラシックリクエスト」、「小フーガ」来たッ! 演奏者はプレストンだ !! そしてピッチは現代ピッチでした。「平和な美しさ」、なるほど、そうかもしれませんね! 

posted by Curragh at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
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