2007年08月26日

ヴァイキングの復元船がダブリン到着

 これまたすこしばかし古めかしい話題でお茶を濁しますが…。

 1042年にダブリンで建造され、コペンハーゲンの南30マイル沖のロスキルデフィヨルドで沈没したというヴァイキング(ノースメン)のロングシップのレプリカ船が15日、デンマークから44日間の航海をぶじに終えてダブリン港に入ったというニュースを耳にしました(→BBC Newsサイト)。

 この復元船、これまで建造されたヴァイキング船のなかでは最大級で、全長が100フィートというから約30m、全幅4m、乗り込んでいるクルーはボランティアもふくめて65名(!)という大所帯。ほとんどすし詰め状態…だったろうと思う。

 船長はヴァイキングの末裔たるデンマーク人で、船長によると、航海中もっとも危険だったのはアイリッシュ海に入ったときで、5mの高波と強風に翻弄されたときだったとか…というか、これは完全な時化ですね。でも船長はこうつづけています。

 But he added that no one was washed overboard.

 当たり前といえば当たり前ですが、そんなことになったらプロジェクトじたいが「海の藻屑」と消えてしまう。なにはともあれ人命第一ですね。とにかくひとりも落水者を出さなくて、よかった。

 1990年代初頭、「ガイア」という名のヴァイキングの復元船が革舟ブレンダン号とほぼおんなじルートで北大西洋を横断したことがありましたが、ガイア号はなんと機関付き、つまりエンジンがくっついていた。で、乗船していたという女性の書いた航海記録(邦訳あり)を読むと、エンジン航行に頼っていたときが多すぎたとの反省の弁(?)がありました。今回の復元船Sea Stallion(海の牡馬)号はもちろんエンジンなんかは搭載していなくて、当時とおなじ風頼みの航海。時化も困るけれど、帆船でもっとも手ごわいのがべた凪(dead calm)。で、そんなときはどうしたかというと、

 The vessel had to accept a tow for a small part of the trip, when it struggled to make headway on a calm sea.

 これはいたしかたないところ。

 いまこの復元船はダブリンのアイルランド国立博物館にて展示中とのこと。博物館サイトを見ますと、今回の「試験航海」は、900年以上前に船がじっさいにたどった航路を辿るという、学術目的の航海でもあったらしい。ティム・セヴェリンもそうだったけれど、欧米ではこの手の「復元実験航海」にたいする情熱が強いなぁ、といつも感じる。日本でも葦舟の復元船で航海とか、ちょうどこのヴァイキング復元船とときおなじくして伝統和船「七丁櫓」が御前崎港−松崎港まで駿河湾横断航海を成功(今月8日)するなど聞きますが、向こうは盛り上がり方がすごい。BBCではこんな特設ページを用意していますし。こういうのを見ると――ひどい夏バテにもかかわらず――こっちまでワクワクするというか、血が騒いでしまう。

 6月に横浜みなとみらいでポリネシアの伝統帆船(カタマラン)のホクレア号を見てきたばかりですが、こういう古代帆船がベイブリッジとかランドマークタワーとか現代の建造物のただなかを悠然と、いにしえよりタイムスリップしたかのようにさっそうと寄港する姿を見るのは、理屈ぬきで楽しい。

 もっともこの手の復元航海はたいていが国際的な事業、つまり平和でなければできない。かつてヘイエルダールは復元葦舟ティグリス号でイエメンに寄港しようとしたが、当地の政情不安のため航海を断念、抗議の意味もこめて、せっかく建造した葦舟に火を放って燃やしてしまったことがあります(四半世紀以上も前)。ヘイエルダールはこのときの航海のもようをNational Geographic誌に寄稿していて、赤々と炎上するティグリス号の写真が強く印象に残っています。

 →Sea Stallion航海プロジェクトの公式サイト

posted by Curragh at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
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