2012年01月09日

Fax も要らなくなる?! > Little Printer

1). 昨年暮れ近くなって、自宅で使っていたプリンタ ( 7 年選手 ) のインクが突然まったく出なくなり、あれこれ手を尽くしても復旧不能に。あわててなるべく安価で、無線 LAN が使えるものを、と某通販サイトで探したら、運よく EPSON のカラリオシリーズにそんな一台 ( PX-434A ) を見つけまして即購入 ( ああ、ただでさえ入り用のときにかぎって … ) 。無線設定ですこし手間どったけれども、いまはぶじ働いてくれています。いまでは当たり前の複合機仕様なので、これ一台で「A4 スキャン・コピー・印刷」ができるとはまったくおどろくほかなし。さらにいわゆる「スマートフォンプリント」もできる! とはいえじっさいいろいろいじくったら、専用アプリ経由でできることはたんに「スマホ内の画像データ、閲覧中の Web ページ、スキャン画像のスマホ転送」くらいで、ためしに Desire から Web ページ印刷をやってみたら、細かい印刷設定とかはできず、ページが途中で切れた状態で印刷された。orz でもスキャン機能なんかは秀逸で、指先でちょいちょいやるだけでお手軽にスキャン画像が転送されたりする。… まだお古のスキャナ ( ポジ / ネガフィルム読取りアダプター付き、こちらは 10 年選手 ) も使えるけれども、一台三役、しかもワイヤレスネットワークプリンタで1 万円ちょっとで買えるというのは、やはり「十年一昔」の感あり。

 ところで … ちょうどそんなとき、こういう記事も見かけました。以前、「スマホ連動腕時計 ( ? ) 」みたいなものがおしゃれなイタリアのメーカーから発売されたという記事も見たんですが、実用面でいったら断然、こっちのほうが完成度が高いと思うし、もし日本国内仕様が出たらけっこう ( ? ) 食指をそそられそうです。最近、ニュースサイトではスマホ仕様のページが主流になり、うっかりそんな「スマホ画面専用 Web ページ」をワイヤレスプリンタで印刷しようものなら、どうしようもないほどバカでかい活字で印刷されたりする ( さっそくやらかしている人 ) 。でもこれだったらそんな心配もなし。ただしこれは製造元と提携したクラウドサービス専用みたいだから、じっさいの使い勝手はどんなものかはよくわからない。今年から順次、売りだすみたいです。ちなみに印刷は感熱方式なので、レシートみたいな細長い感熱紙に印刷する仕掛け。これだったら置き場所もとらないし、かわいいデザインは日本でもおおいに受けそうだし、かなり応用のきく使い方もできるかもしれない。また、相手側にもこのデバイスがあれば、そのままファックスみたいに転送もできる、というから、これが普及しはじめたらことによったら従来の電話回線利用のファックスも不要になる … かもしれない (Windows XP には「FAX コンソール」というのがあったけれども、あいにく使ったことなし。現行 OS の Windows 7 にはもうそんな機能はないかもしれないが … ) 。

2). いまさっきこんな番組も見た。サンチャゴ大聖堂への長い長い巡礼路は、たしかに「お遍路」とおんなじですよね。巡礼者にとっての目的地のサンチャゴ大聖堂ではよく、ロープに吊るしたでっかい「香炉」をぐいんぐいん振りたくっているシーンを TV なんかで見ますが、あれって昔、巡礼者の体臭を消して堂内を清めるため、という目的もあったとかって話もはじめて聞いた。また身廊両側の壁には大オルガンのパイプ群がそそり立っていて、スペインのオルガンに特有の「水平トランペット」が何本も突き出てましたね。中学のときに使った音楽の教科書にはそんなスペインのオルガンの写真も載ってたんですが、たしかあれはサラマンカ大聖堂の歴史的オルガンのうち大きいほうの楽器で、ルネサンス期に製作されたという小オルガンのほうは、いまは亡き名オルガンビルダー、辻宏氏が修復したものだと思った。

 巡礼路の途中のちいさな教会で、司祭が昨年3 月の大震災と津波の犠牲者に対して祈りを捧げた場面は、やはり心に迫るものがありました。

 じつはアイルランドにも「クロー・パトリック ( Croagh Patrick 、「聖パトリックの岩」) 」という聖パトリックゆかりの山をめぐる巡礼路というのがあり、やはり洋の東西を問わず、人というのはこういう「道」が必要なのだなと感じたしだい。また、ブレンダンゆかりのブランドン山にもそんな巡礼路があります。クロー・パトリックはアイルランド西海岸メイヨー州にある標高 764 m の岩山で、伝説によるとパトリックが 40 日の苦行の最後にここで悪魔祓いをして、アイルランド全土から蛇を追い払ったとか。そういえばブレンダンの航海譚だってほかならぬ「海の巡礼」の物語だし、こうした「巡礼」というものは、旅を終えたあと、つまり「生まれ変わって」帰還することにこそ、真の意味がこめられているように思う。自分が最初にラテン語で書かれた『聖ブレンダンの航海』に興味を持ったのはティム・セヴェリンの航海記を読んだからだったけれども、しだいに『航海』の物語そのもの、それを生み出した中世初期アイルランドの修道院文学と「船乗り修道士」たちへと関心が移っていった … なんてことも見ながら思い出していた。ちなみにカミーノ・デ・サンチャゴの道案内につきものの「ホタテ貝」は、使徒聖ヤコブ ( Sant Iago ) のアトリビュート( 祝日 7 月 25 日 )。聖ヤコブは巡礼者の守護聖人でもあり、またスペイン人征服者によって新大陸にも聖ヤコブ崇拝が伝播し、それでチリの首都もサンティアゴと名づけられた。

 最後に出てきた「地の果て」、フィニステーラ岬の夕暮れ時の映像は、息を呑むほど美しく、感動的でした ( ついでに仏ブルターニュ半島最西端にある県もフィニステールといい、たぶん語源はいずれもおなじ「地の果て」を意味するラテン語でしょう ) 。カミーノ・デ・サンチャゴの巡礼者たちの最終目的地は、『航海』の「聖人たちの約束の地」を彷彿とさせるような「陽の沈む西の海」を望む岬で、番組でも映っていたように、一部の人はここで旅装束を火にくべて燃やすという。こういうのを見ると、日本人はどうしても「西国浄土」を連想してしまいますね … 。

posted by Curragh at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Web関連
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