2012年01月15日

写真の力 & 祝日本一周

1). 今月11日は、あの大災害から 10 か月 … そんな折、こんな記事を見かけました … 名優・高倉健さん。御年 80 歳 ( !! ) とは信じられないくらいの若々しさを保っているすばらしい方ですが、このほど 6 年ぶりに新作映画に出演されたそうで、記事もそのことにかんするインタヴュー。見出しを見て一瞬? だったんですが本文を読んで「あッ ! 」と思った。たしかあの大震災の直後にも書いたと思うけれども、瓦礫の中、唇をきっと噛みしめて水の汲み出しのために歩く少年の姿をみごとにとらえた一枚の写真。じつは自分もあの写真見た瞬間に釘付けになり、健さんとおなじくやはりスクラップしておいてあるんですが、よもやあの健さんもまったくおなじことをしていたとは想像もしていなかった ( その後、この少年の追跡記事が掲載され、それによると少年は気仙沼市内の仮設住宅で親族とともに暮らす、空手の得意な 11 歳の子だと判明 → 関連ブログ記事 ) 。

 ―― 新作映画の撮影中、いつも持ち歩いていた台本に、1 枚の写真を貼り付けている。震災の残骸の中、唇をかみしめて歩く少年。新聞から切り抜いた。「宝物です」。被災地を思う高倉は「人生は切ない。切ないからこそ、何かに『うわっ』と感じる瞬間がある」と語る。

 たしかに、突如襲った大地震と大津波で一瞬にして日常生活を奪われたうえに、だしぬけに報道写真家に撮影された当の少年にしてみれば、はなはだ心外 … だったかもしれない。そのへんの事情は推して知るほかないんですが、この写真には見る者の心を鷲掴みにする強烈なメッセージというか、訴求力があります。あの少年の写真を見てただちに感じたのは、児童労働で搾取される子どもたちを撮影したあのルイス・ハインの写真をはじめて見たときに感じたのとおなじ「写真の力」です。健さんも、一目見てあの写真の訴えかけるもの、見る者の心に深く突き刺さるたいへんな力を感じたはずです。

 写真には昔からいわゆる「やらせ」というか、事実ではないのにいかにも事実だと見せかける術というのがつねについてまわってきた歴史がある。古くは「心霊写真」とか、見栄えをよくするための写真画像の改変あるいは加工とか。デジタル写真全盛のいまはそれがずっとかんたんになって、子どもが撮ってもその場であっけなく画像加工ができちゃったりします。写真を撮るという行為はもはや「写真術」でもなんでもなく、その気になれば iPhone のカメラでさえかつての 35mm 判一眼レフで撮影したかのような写真だって、いともかんたんに撮れてしまう。でもこんな時代であっても、やはりプロ・アマ問わず、カルティエ-ブレッソンの言う「決定的瞬間」をとらえた映像というものには、やはり強烈な力があるように思ってます。銀塩全盛のころとくらべるといささか弱くなってきたかもしれないが、写真というメディアの持つパワーはいまだ顕在、という思いを強くした。それにひきかえ、わが国の首相ときたら … 地元紙によると、石巻市の仮設団地を訪問したはいいが、仮設住まいの老婦人から、ここよりもっとひどい場所があるからなんとかしてほしい … と懇願され、その返事が、「被災者が自分たちよりも困っている人を思っていることに感動した」というのはいったいなんなんだ … この方には生身の人の血が通っているんだろうかと疑いたくなりますね。話もとにもどって ――

 ―― 健さん:「被災地には行きにくい。行ってはいないけど、ずっと思っています」。

 と語ったそうで、門外漢の自分はご本人の気持ちを尊重したい。でも、「幸福の黄色いハンカチ」の健さんだもの、いつかきっと、心の整理がついたら気仙沼を訪問して、あの少年をはじめとする被災した子どもちたちを励ましに行ってくれると、勝手に信じています。

2). そしてこちらの話題も、遅まきながらつい最近、朝の NHK ニュースにてはじめて知りました。いやー、こっちも負けずにすばらしい話じゃないですか! そういえばまだ NYT は例の写真募集、やってるんだろうか … 英国のタブロイド紙とかは問題外としても、震災発生当初は原発事故もあったせいで、いいかげんな記事を載せないはずの新聞サイトまでもがデマまがいの虚報を流したりといったことがあったし … どこだったか通勤中の東京の人がみんなマスク姿だったことをさも放射線汚染が首都直撃 … みたいな「講釈師、見てきたようなウソをつき」的な記事を平然と垂れ流していた報道機関もあったし ( 今年の花粉症シーズンもそんなふうに書きたてるのだろうか ? ) 。

 でも、世の中捨てたもんじゃなくて、たとえばダニエル・カールさんなど、さかんに「それはちがう !! 」と正しい情報を発信しつづけてくれた人も少なからず存在する ( そもそも政府の情報開示のやり方がおおいにまずかったからこうなった、という要因がなによりも大きい ) 。そういえばそんなひとりとして、一躍時の人になった感ありの「テキサス親父」さんもいましたね ( はじめてあのキケロ [ ? ] ばりの雄弁な演説を耳にしたとき、イタリア系移民の人かしら、と思ったらどうもそうみたい ) 。そしてもちろん、この 'Travel Volunteer' 企画もすばらしい。以前読んだベリーの本にも「地方の発信力」について書かれたくだりがあったけれども、こういう試みが東京発ではなく、地方から全世界へ発信している点がなんといってもすばらしい。もっともっとこのような取り組みが波及して、相乗効果をあげるとよいのだけれど。

 最後に、100 日間 47 都道府県を廻りきったふたりの英国人の「旅日記」ブログから、下田のことを綴った記事を紹介しておきます。

posted by Curragh at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
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