2006年04月10日

聖週間に「ユダの福音書」解読とは?

 今年の桜は寒のもどりもあってか、ずいぶん花期が長くて楽しめましたが、それももう見納め。桜が開花してからほぼ毎週のように「春の嵐」だったので、これは奇跡的かも。咲きつづけてくれた桜の花に感謝。でも山のほうではこれからが春本番。気分転換にハイキングにでも出かけようかな。

 信者でもなんでもない者からすれば、べつにどうということもないのだけれど、なんで米国地理学協会がわざわざこの時期(聖週間)に、いままでだれからも相手にさえされなかった経外典である『ユダの福音書』を解読しました、なんて発表したんだろ? KV.63のときはNHKの地上波TVニュースでも素通りだったのに、なにか意図的なものがあると勘繰るのは自分だけ(KV.63については当初5つと思われていた木棺がじっさいには7つあり、積み重なった木棺のうちてっぺんにあった棺のみ取り出されて、修復のためとなりのアメンメセス王墓[KV.10]へ移されたとのこと)?

 研究者グループによる英訳版はこちら(PDF版)。ただしこれらいわゆる「グノーシス gnosis 主義」の聖典のたぐいは、おそらく話題になっているほどにはたとえ正統の信者であってもそうかんたんには理解できないと思う。かつて 'Celtic' なものがもてはやされたときとおんなじで。19世紀末にドルイド復興の儀式として使われたストーンヘンジにしても、ケルト人がブリテン島にやってくるはるか以前の古い時代の遺跡なのに、そんなことはお構いなしだったように。グノーシス主義もまた歴史的背景が複雑で、わからないことだらけなのが現状。ただ、門外漢でもはっきり言えるのは、グノーシスの思想は当時広まっていたほかの教義、マニ教やユダヤ教にも同様に影響を及ぼし、原始キリスト教会側はアリウス派とともに、「もっとも危険な異端」だとみなしていたということです。

 それと福音書はたしかに本物でしょうが、これじたい2世紀中頃(c. AD 150)に書かれたギリシャ語原典から転写された写本らしいということも大事な点。つまりほかに原典が存在するかも、ということ。この福音書記者は「ヨハネの黙示録」同様、むろんユダ本人であるはずもなく、3-4世紀ごろ、シリアやエジプトの砂漠に隠棲していた隠者集団に属していただれかさんが、コプト語で綴ったもの。中世初期アイルランド教会もまた交易を通じてシリア・エジプトの東方教会系の修道士集団と接触をもっていた可能性があり、アイルランド特有の修道院中心のキリスト教会はこのへんがルーツかも、ということは言えると思います。

 グノーシスについては、岩波から刊行されている『ナグ・ハマディ文書』シリーズなんかも読んだことがなく、なにも知らないにひとしいけれど、今回英訳された文書を素人なりに見てみると、物質 (matter)からなる被造物は「最下等の神の仕業」とみなしおしなべて悪とする思想、その悪である物質と善なる霊体 (spirit) とを切り離す二元論(このへん、曖昧模糊とした日本風アニミズムとはちがう。善悪対立の発想はゾロアスターあたりが起源だが、いずれにせよこの手の発想は砂漠生まれの宗教の特徴)、ある特定の者に秘密の知識 (gnosis) を授けるくだり(ここではユダ)、弟子の前に現れるキリストの姿が子どもに見えたりするなど、かりそめの存在に過ぎないと思わせる記述(仮現論)もあったりで、グノーシスそのものですね (ちなみに『ユダの福音書』に登場するイエスは、自分が敵に引き渡されるのをわかっていながら、よく笑っています…)。

 異端、ということでは、イエス自身、ユダヤ教の異端エッセネ派に属していたらしい…これは、新約聖書の4福音書に見られる、当時の多数派パリサイ人を執拗に非難している記述が多く見られることと関連性があると思います。異端すなわちカルトというのは、最初はみんな迫害を受けるもの――それがいつしか立場が逆転するからおもしろくもあり、怖いことでもある。

 これは個人的偏見にすぎないだろうけれど、往時のグノーシス・カルトは、たとえばどっかの国の大統領まで巻きこんで、「聖書の記述は一字一句正しい」みたいなことを主張する過激なプロテスタント教会の一派とたいして変わりないように感じられます。「gnosis を受け入れ、理解した者のみが救われる」みたいなところもいけない。一種の選民思想ですね、これは。初代教会が危険視したのも無理ないところ。もっともすべてのグノーシス・カルトがそうだったとは言いません。なかにはほんとうにすばらしい「叡智」を広めようとしていた教団もあったでしょう。

 これをきっかけにしてよい方向へ理解が深まればまったくもってよいことながら、関連書籍だけ一時期売れてそれでおしまい、という一過性の流行で終わりそうな気もしないではない。いちばんいけないのは短絡的かつ表面的な理解に終始してしまうこと。エジプトではイスラムの指導者が、イスラム以前に作られたすべての彫像は――スフィンクスでさえも――偶像崇拝であり排斥すべき、なんて発言して騒動になってますが、とんでもないことですね。そもそもイスラムってほかの宗教には――ローマ・カトリックよりはるかに――寛容なはずなのに…。こういうのも表面的理解の悪い例です。おなじ昔の異教がらみの話だったら、大教皇グレゴリウス1世が、地獄の劫火からローマ五賢帝のひとりトラヤヌス帝を救い上げる話のほうがよっぽどいい。

 …なんかグノーシス派についてケチつけているみたいですが、グノーシス派の文書にもすばらしい名言があったりする。J.キャンベルの著書でもいくつか引用されています――「父の御国は地上に広がっているが、目には見えない(トマスによる福音書)」、まるで仏教的とも言える「わたし(イエス)の口から飲む者はわたしとおなじくなり、わたしもその人とおなじになる(同)」、「わたしは食べ、また食べられる! (ヨハネ行伝)」など。

 グノーシスで思い出しましたが、アンソニー・ウェイがソロデビューしたアルバム The Choirboy に収録されているウォーロックの「鳥たちへ The Birds」。とても美しい小品でけっこう好きなんですが、じつはこれも出典はグノーシス系外典『トマスによるイエスの幼時物語 The Infancy Gospel of Thomas 』として知られる文書からで、イエスが5歳のとき、粘土でこしらえた12羽の雀を空に放す、というエピソードが下敷きになっています…歌っていたアンソニーは『イエスの幼時物語』を読んでたのかな? 

 参考までに、国会図書館で複写した『聖書外典偽典 第六巻』(教文館、1976)から、「トマスによるイエスの幼時物語」の第二章(八木誠一、伊吹雄訳 ; p. 124)を引用しておきます。

 この少年イエスが五歳のときであった。雨が降って流れの浅瀬で遊んでいた折、流れる水を穴に集め、即座に清くしてしまった。しかも言葉で命じただけであった。

 また柔らかい粘土をこね、それで十二羽の雀を形作った。これを作ったのは安息日の時のことであった。そしてほかのたくさんの子供たちが一緒に遊んでいた。

 するとあるユダヤ人が、イエスが安息日に遊びながらしたことを見て、すぐに行って彼の父ヨセフに告げた。「ごらんなさい、あなたの子供は小川のほとりにいて、泥を取って十二羽の鳥を作り、安息日を汚した」。

 そこでヨセフはその場所へ来て、それを見、大声をあげて言った。「何故安息日にしてはならないことをする」。するとイエスは手を打ってその雀に叫んで言った。「行け」。そうすると雀は羽を広げ、鳴きながら飛んで行ってしまった。

 そしてユダヤ人たちはそれを見て驚き、言って長上の人たちに、彼らが見た通りに、イエスのなしたことを物語った。

この記事へのコメント
Curraghさん、さすがきちんとお書きになってますね。私の読み散らかしとはえらい違いです(笑顔)。
でも、ユダの福音書でイエスが「笑う」というのは、かなり特徴的ですよね。私もそこが特に気にました。本でどこまでそれらを含めた解説がされるのか、楽しみにしたいですね♪
Posted by alice-room at 2006年05月23日 00:22
alice-roomさん :

↓にもあるとおり、ここのところTBスパムが酷くて、承認制にしてありますので、表示されるまで今しばらくお待ちください。

正式な邦訳版は来月に出るみたいですね。

そういえば先日、「グノーシス」関連書籍を借りようと思って地元の図書館に行ったんですが、すでに先を越されてしまってどれも借りられませんでした。これも'The Da Vinci Code'効果かな??
Posted by Curragh at 2006年05月23日 07:45
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