2012年04月22日

Eaarth

 今日は 1970 年に米国ではじまった「アース・デイ」ということで、いつも見る Google のロゴも緑の森みたいなデザインになってましたね。

 地球温暖化 … についてはここのところ批判する本とかも出てなにやらにぎにぎしい感じはしているけれども、自分がはじめてこの地球規模で進むとてつもない気候変動を最初に意識したのは、マッキベンの処女作『自然の終焉』( 1988, 邦訳は 1990 年刊 ) でした。当時は「温室効果」と呼ばれてました。

 この著作、「第二の『沈黙の春』」とも呼ばれ、著者マッキベンも一躍「才能ある若手の書き手」として注目を集めたものでした。そして、これ読んでた自分ももちろん当時は若かった( 笑 ) 。

 マッキベン本については、近いところでは『ディープ・エコノミー』の原本を読んだりしたけれども、この新作はタイトルからしてずばり『続・自然の終焉』みたいな本。『自然の終焉』を上梓した当時とくらべて「地球温暖化」がいかに進行、つまり悪化したかがいちだんと切迫感をもってたたみかけるような筆致で書かれています。この本で著者マッキベンが主張しているのは、地球の大気循環をもとの「安定状態」にもどすために大気中の二酸化炭素濃度を 350ppm にまで下げろ、そのためにいますぐ行動を、ということに尽きる。350ppm という数値は 1988 年に NASA の気候学者だったジェイムズ・ハンセンが「許容値」として提示した数字。2007 年にハンセン氏があらためて全米地球物理学連合の会議でこの数字がぎりぎりの許容値として提示した日は、すでに北極海の海氷が過去最大の減少を記録したのを知った著者にとって、「自分が知っていた地球はなくなった」ことを実感したときだったという。

 冒頭から、背筋の涼しくなるような現実の絨毯爆撃のような列挙がひたすらつづく。「この10 年で、全地球上の総降雨量は 1.5 % 増え」、「スーパーセルと呼ばれる猛烈に発達しかねない積乱雲の発生率が 45 % に達する」可能性があり、「2007 年夏、北極海の海氷面積は過去最低を更新」し ( アポロ 8 号があの「地球の出」を撮影した年より 40 % 以上も減少 ) 、オーストラリアでは海水温度の上昇により偏西風の流れが変わって雨雲がはるか南の洋上に押し流されるようになり、「翌年はじめにはオーストラリア大陸の半分が旱魃」に見舞われた。「2008 年、南極半島の気温が地球上もっとも急激な気温上昇を記録し、西南極では過去 10 年とくらべて 75 % も速く氷が消滅した」。海水は酸性化し、「日本海の急速に海水温が上昇している水域では二酸化炭素の吸収率が著しく低下」した ( エチゼンクラゲの大発生のことも書いてあった ) 。このままのペースで大気中の水蒸気が増えつづければ乾燥地帯はさらに乾燥が進み、雨がちの地域はさらに降水量が増え、「降れば土砂降り」になりやすく生存じたいを脅かされる。また北半球に多く存在する泥炭地に封じこめられている二酸化炭素がいっきに放出されるほど温暖化が進行すれば、いちだんと事態は深刻化しかねない。ツンドラ地帯の永久凍土層に閉じこめられているメタンもどうなるかわからない。自由の女神像とおなじくらいの高さのあるエヴェレスト山の氷河も、マロリー隊がはじめてこの山の写真を撮った 1921 年以来、溶けつづけている。ちなみに現在の大気中の二酸化炭素濃度は約 390ppm で、これほど高濃度だったのは 2000 万年前だったらしい。2000 万年前というと、ちょうど伊豆半島の土台をなす湯ヶ島層群が、はるか南の海で海底火山活動をはじめた時代 ( 新第三紀中新世 ) 。いまの日本列島のあるあたりは、小島の散らばる海だった。もちろん縄文海進とはくらべものにならないほど海水面は高かった。

 ハリケーンはますます大型化、その発生頻度も高くなり、旱魃や水害が多発する。加えていまは「ピークオイル」が同時に起きている。代替のエネルギー源はどうする ? 気がつけばそこにあるのはもはやかつての安定した、それゆえ人間の文明を築いてきた「地球」ではなく、まるで別物の惑星。とても住みにくく、とても暑く、とても不安定でわれわれの生存を脅かす存在となった「あたらしい地球」、著者言うところの 'Eaarth' になってしまった。

 この本のもうひとつの特徴は、ところどころマッキベンの地元ヴァーモント州の記述が挟まれていること ( 『自然の終焉』を書いたころはアディロンダック山地に住んでいたが、その後ヴァーモントに移った ) 。「はしがき」でも自分の住む山間の町リプトンが大規模な土石流被害に見舞われたことなどを書いているけれども、ほんとこれ人ごとじゃない。自分の住む地区でも 2008 年に出水したことがあったし、近年の雨の降り方はあきらかに昔とはちがう。なんというか、気候変動があまりに極端だ。そしてこの極端さはたとえばハリケーン・カトリーナについて書かれた箇所でも触れているが、こういった大きな気候の振幅をもろに受けるのは貧困に苦しんでいる地域の人々。いま全世界の人口はついに 70 億 ( ! ) を超えたけれども、この本によれば2009 年、英国の著名な学者が The Times 紙に「2030 年までに、食糧危機と水不足の同時発生する最悪の事態が起きる可能性がある」と語ったらしい。2008 年、「飢餓の危機に陥っている人々」の数は 4000 万人増えて 9 億 6300 万人に達し、2009 年には 10 億人を超えた ( レスター・ブラウンの報告による ) 。2000 年の「国連ミレニアム・サミット」では世界の飢餓人口を「2015 年までに」半減させるという宣言が出されたけれども、国連の専門機関の試算によれば、飢餓人口を半減させるには「 2150 年までかかる」。また「ピークオイル」については、たとえば 2008 年の原油価格高騰時、米国の 30 の都市の航空路線が廃止された。将来もこのまま原油価格が高騰しつづければ、「2025 年までに全米の航空路線は 40 % 減少し、主要空港の数も現在の 400 から 50 へと急減する」。では「安い油 ( cheap oil ) 」がなくなったら ?? いまのところバッテリ駆動による飛行機は「ふたり乗りのウルトラライトプレーンくらいが関の山」。

 … と、こんな感じでマッキベンはまず現実に進行中の事象を読者に示したうえで、ではどうすればよいかを後半の二章を費やして具体例を挙げつつ考察している。あまりに現象が大きすぎるこの気候変動について、マッキベンがもっとも恐れているのは、「あっさりあきらめてしまう口実にされる」こと。とにかく行動あるのみ、と読み手を奮起させる取り組みや具体例を挙げてます。たとえば再生可能エネルギーの「分散型」発電。でかい発電所を作るのではなくて、地域ごとに自前の小規模発電を行なって必要な電力を賄う「電力の地産地消」。キーワードは「一極集中型ではなくて分散型」、「身近にあるものを利用すること」、「大型志向は捨てよ、これからは小型志向で」。最後の大型志向はとくに米国人の大好きな発想だし、いままでの米国の歴史そのものみたいな感がある。そのためか、米国人読者向けにとりわけ噛み砕いて「なぜ『より大きく』が悪いのか」ということをくどいほど強調している。個人的には、その主張を裏付ける材料として著者の地元で開始された独立戦争にまでさかのぼって書いているくだりが印象的だった ( し、同時に勉強にもなった。はっきりいってこのへんのことに関しては疎いので ) 。食糧生産についても、たとえば英国サセックス大学の農業経済学者が世界 286 地域で実践してきた「( アグリビジネスに代表される「単式農法」ではない ) 代替農法」の成功例とか、西洋の知恵 ( 'double-dug beds', 訳語は不明だが調べたかぎりでは「二層掘り式苗床」といった感じか ? ) と伝統農法とを組み合わせて収量を上げたケニアの実践例とか。「自給自足の分散型発電」については、なんと中国の日照 ( 「リーチャオ」、名前からして日当たりよさそう … ) という新興都市の取り組みが紹介されている。なんでもここは 1990 年代から太陽光パネル設置が進んでいて、いまや 95 % 超の世帯が太陽光発電でお湯を沸かしているという。前の本では日本の太陽光発電の取り組みが書れていたが … 。

 もちろん著者の地元ヴァーモント州の取り組みも紹介されていて興味深いんですが、いちばん心に響いたのは、著者の行きつけらしい地元ダイナーのカウンター席に貼ってあるというバンパーステッカーの文句。「思考はグローバルに、行動は地元で ( "Think Globally ―― Act Neighborly." ) 」。ちなみにここのダイナーのメニューには、前作の献辞に名前を挙げていたウェンデル・ベリーその人の詩 ( Manifesto: The Mad Farmer Liberation Front ) の一節が引用されていたりする。

 とにかくマッキベンの主張は一貫している。「われわれが創造してしまったこのあたらしい Eaarth と折り合いつけて生きてゆくために、われわれ自身が変わらなければならない。とりわけ小さくなること、分散化すること、成長ではなく維持に集中すること、そして危険なほどの高みにまで登ってしまったいま、その高みからうまく加減しながら降りること」。マッキベンはこちらの記事で「後退すること」を書いているが、この本で言っていることも基本的にはおなじこと。もうこれ以上、成長を求めることはやめなくてはならない。「大きすぎて潰せない」のではなく、分散化して小さくなること。といってもたんに「狭い世間しか知らない」ような昔にもどるのではなくて、「思考はグローバルに」。

 というわけで、これから人間の生活に必須なものはまず食糧、水、エネルギー … そしてインターネットだという … たしかに自分もネットは印刷革命にも匹敵する技術革新だと思うし、メールや、最近では SNS かな、瞬時に地球の反対側の人とやりとりができちゃうというのはたしかにすごい発明だし、個人の考え方のみならず生き方まで変えたと言ってもいい。とはいえ、「安い油」の産出量が減ってきていると言いながら結論がこれか … という気もしないではない。これは実現可能な変革こそ重要という中道の発想と、マッキベンその人のやさしさがにじみ出ているのだと思う。マッキベンは米国最初の環境学部が設置されたミドルベリー大学の学生有志 6 人と結成した「 350.org 」という草の根組織から、このインターネットというあらたな利器を最大限に活用して、全世界にそのメッセージを伝えて行動を呼びかけている活動について触れ、あらためてその伝播効果の大きさとその効用についても書いている ( マッキベンはここの大学の招聘教員になっている ) 。そういえばネットじたいも従来のメディアとちがって「集中型」ではなく「分散型」なので、ここでもまた「分散型システム」の長所が挙げられている。

 とはいえ現在の大気中の二酸化炭素濃度は下がるどころか、過去最高の 390ppm なのでまだまだ「負け戦」。マッキベンと 350.org の闘いはまだまだつづくわけで、それが報われるかどうかは、ほかならぬわれわれがこれからどう行動するか、にすべてはかかってくる。すくなくともこの本はそのことを考えさせてくれると思う。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるん

付記。以前切り抜いた地元紙記事をいくつか見たら … 英国 Guardian の報道として「北極圏グリーンランドの氷床は 300 年で消え、北極海の海氷は気温が 0.5 - 2.0 度上昇すると回復不能になる」、「富士山頂にイネ科の種子植物がはじめて確認された (2010 年 1 月22 日付 )」、「約 6 億年前、CO2 激減により全地球が凍結した可能性がある」( 2008年 ) … 。また先月 12 日に仏マルセイユにて「第 6 回世界水フォーラム」が開催され、その関連記事によると世界人口は 2050 年には 91 億人に達し、食糧需要がいまより 70 % 増えるという。

posted by Curragh at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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