2012年05月13日

「トッカータ BWV.540」とミュラーオルガン

 つい先日、↓に貼りつけた動画を見まして、今宵はこれをサカナに書こう、と決めました ( 笑 ) 。

 バッハの「トッカータ」とくると、つい超有名な「 BWV.565 」のトッカータ ( と中間に挟まれたフーガ ) のことを思い浮かべる人がほとんどなんじゃないかって気がしますが、往年の名手、マリー-クレール・アランがオランダ・ハーレムの聖バーヴォ教会クリスティアン・ミュラー製作の歴史的オルガンを弾いたこの動画を見て、ひさしぶりにこの大作を聴いてみたいと思ったしだい。

 「トッカータ ヘ長調 BWV.540 」は、バッハがヴァイマールの宮廷楽師長だったころ、1712 - 17 年ごろに作曲されたオルガン自由作品ですが、トッカータとフーガはべつべつに作曲されたようで、そのためか全曲の統一性、ということにかんしてはたとえば「ドリア調のトッカータとフーガ BWV.538 」のほうが長けている ( と思う ) 。でも出だしの印象は強烈です ―― 長いオルゲルプンクト上で絡みあう両手鍵盤の旋律線 ( カノンになっている ) 、それにつづく華やかで技巧的なペダルソロ、和音連打、大胆な転調 … と、じつに堂々たる風格を持った作品です ( 3/8 拍子というのも珍しいかも ) 。ヘルマン・ケラーもこの曲を評して、「音楽史上ここではじめて、音階の 2, 3, 4 度の借用和音 ( 長調のナポリ 6 の和音でさえ ) が、なんと天才的に使用されていることか (『バッハのオルガン作品』) 」とべた褒めしているくらい。トッカータ、というより、これはっきり言ってイタリアの合奏協奏曲みたいなふぜいです。ブクステフーデばりの自由奔放な即興、というのではなくて、大聖堂の大伽藍のような規則的な構築性が全面に押し出されたような構造になってます。オルガン用トッカータでは、「ドリア調」についでこの「ヘ長調」が好きかも。この「構築性」が、やがてライプツィッヒ時代の傑作「前奏曲とフーガ BWV.548 」への布石になったようにも思う。



… どうでもいいけれど、聖バーヴォ教会の会堂っていわゆる「典型的な」ゴシックではないですよね。それでよくあんなに高い天井を支えていられるもんだ。天井は木造だから、石造りよりは軽いんでしょうけれども。

 ところで … アランの演奏もさすが、という貫禄じゅうぶんといった感じです。ついこの前もここの大オルガンについてすこし書いたばかりではありますが、動画を見て、あらためてオランダの古オルガンはすばらしい、と思いました。歌口部分の金色の装飾とか、ケースの彩色、てっぺんで睨みを効かせる獅子像とか、ほんと芸が細かい。

 … オルガンついでに、こちらの南仏サン-マクシマン・ラ・サント-ボームにある旧女子修道院付属バジリカ聖堂のこの楽器。オルガニストが嬉々として説明しながら演奏してますが、昔の楽器は手鍵盤をカプラーで連結するとき、チェンバロとおなじように鍵盤じたいをスライドさせてました。楽器によっては上段鍵盤を動かすための「握り手」が下段鍵盤の両端についていたりします。↓



 話は前後しますが、いまさっき見た「ららら♪ クラシック」。「母の日」特集だそうで、「母の教え給いし歌」とか、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」なんかがかかりました。ブラームスがこの「レクイエム」に寄せた並々ならぬ思いはもちろん、痛いほどわかりますが、それだったらわれらがヨハン・ゼバスティアンのほうは、もっと不幸だった。9 歳にして最愛の母エリーザベトが、翌年にはなんと父ヨハン・アンブロジウスまでもがあいついで他界してしまったのだから。年端もいかぬゼバスティアン少年の受けた衝撃はいかばかりだったか、ということを考えると、察するにあまりある。最初の奥さんを亡くしているとはいえ、後年のバッハが子だくさんだったのも、このへんに遠因があるように思う。つまり、家庭は「サザエさん」よろしく、にぎにぎしいくらいがちょうどいいみたいに思っていたんじゃないか、と。これはあくまでも一個人の妄想に過ぎないけれども。

posted by Curragh at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | バッハのオルガン作品
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