先日、ひさしぶりに邦画を2 本、観ました。最初に、昭和の文豪、井上靖の原作を脚色した「わが母の記」。地元出身の監督が心をこめて作った作品で、しかも全編、井上靖ゆかりの地でもある伊豆半島や沼津など、この近辺をロケした作品とあっては、観ないわけにはいかない ( 笑 ) 。
役所広司さん扮する主人公・伊上洪作は売れっ子作家。少年期に実母の八重によって伊豆湯ケ島温泉に住む義理の祖母の許に預けられたことで、実母に捨てられたという思いをずっと抱いていた。実父が他界し、葬儀をすませたあと、こんどは実母のようすがおかしくなり、以後、認知症の進行してゆく八重の奇行に伊上一家は振り回されることになる。
とりたてて派手な演出もなく、八重が呆けはじめた 1960 年ごろから天寿をまっとうする 1973 年まで、淡々と描写している … と感じたけれども、いまみたいに「認知症」という概念さえなかったころの家族の物語として見ると、思わずうなってしまう。未読ですが、井上靖のこの同名原作、まちがいなく超高齢化社会を予見したかのような、先駆け的な作品だったのではないかと思う。
冒頭、BGM がいきなりのバッハ ( ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 BWV.1041 第2楽章「アンダンテ」 ) でびっくり。昔懐かしい東海バスの「ボンネットバス」で、冬枯れの木立のなか、湯ヶ島の実家に帰るシーンがすこぶる印象的。またなんの井上作品かはわからないが、一家総出で「著者検印」を一冊ずつ押しまくるシーンも、ある意味おどろいた。子どものころ、本の奥付によく「著者との了解により、検印廃止」なんて印刷してあって、?? と思ったものだったが、1960 年代の作家って、みんなああやって一族総動員でせっせと検印というハンコを奥付に押しまくっていたんだということをはじめて知った。すごい人件費だ ( 苦笑 ) 。あの検印を押しまくっていたシーンの撮影って、井上家旧邸を使っていたみたい ( 現在その一部が旭川市の井上靖記念館に移築されている ) 。原田眞人監督の「原作に忠実に」という並々ならぬ意欲が感じられます。熊野山墓地への葬列シーン、あれなんか 3, 40 年くらい前までの田舎の葬儀というものを体験した世代は懐しいと思うんじゃないでしょうかね。自分も幼少時、あんな感じの葬列に加わった記憶がある。
認知症の症状が進行し、ついに自分の息子の顔さえわからなくなってしまった八重。そんな八重がふいに、書いた当人も半ば忘れかけていた少年時代の詩の一節、「どこにもない、小さな、新しい海峡」を読み上げたとたん、こらえきれなくなった洪作が顔を手で覆ってあわてて洗面所に駆けこむシーン。そして二女の紀子の海外留学に付き添うために乗船した客船上で妻から聞かされた、湯ヶ島の疎開のほんとうの事情を知った洪作の表情の変化。このへんが自分にとってはもっとも心に残ったシーンでした。
ちなみにロケ地めぐりのこんな企画もあるので、興味ある方はぜひどうぞ。自分も冒頭のシーンを一目見て、とても懐かしく思ったものだ。なにしろちょうど 20 年前、自分もあの滑沢渓谷にかかる橋を渡って、小雨降るなか、紅葉や「太郎杉」の写真を一心に撮っていた場所だもの。けっきょく自分は渓谷特有の、あの一本調子な渓流の音がついになじめず、やっぱり自分は「寄せては返す」リズムのある潮騒の音がいちばん心が安らぐと感じ、以後、渓谷・渓流には出かけなくなった ( 過日の台風で冷凍マグロを運んでいた船が座礁したのは、奇しくもロケ地のひとつ牛臥山のすぐ沖だった。船はぶじ離礁して、目的地の清水港に着いた ) 。
ついでに原田監督についてもうひとつ。往年の名字幕翻訳家の清水俊二氏は、ある雑誌にスーパー字幕について連載を持っていたけれど、その絶筆となったのが、ほかならぬ「『フルメタル・ジャケット』事件」だった( タイトルは、「原田眞人君のスーパー字幕談義」だったように思う )。当時はまだ 30 代後半だった原田監督の名前をはじめて知ったのも、この「事件」からだった、ということも思い出していた。
… 渓谷つながりでは、つづいて観た「テルマエ・ロマエ」にも、おどろいたことにまたもや伊豆半島の有名な景勝地が出てきた。阿部寛さん扮する主人公の浴場設計技師ルシウスが滝壺近くの露天風呂に浸かるシーン。河津七滝 ( 「ななだる」と読む ) 温泉の「大滝 ( おおだる ) 」の露天風呂だった。お話は、とにかく原作を読めばわかる ( 笑 ) 。自分もうわさには聞いていたけれど、『ヒカルの碁』以来、はじめて漫画原作本をまとめ買いして読んでみたら、もう手が止まらない ( 苦笑 ) 。浴場に関する薀蓄もばっちりの、見て楽しい「もうひとつの帝国ローマ史」というおもむき。
映画でも原作の味は十全に生かされていたとは思うけれども、たとえば皇帝ハドリアヌスがわりと冷酷な男として描かれていたり、帝位継承者候補だったケイオニウスも原作のような軟弱な色男、というよりもっと腹黒いやつだったり。とはいえサウンドトラックもイタリア歌劇ものが多くて、とにかく理屈ぬきで楽しめた一作。
2012年06月24日
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