2012年07月01日

何回目の … Kindle 上陸話 ?? 

 いまさっき見た「ららら♪ クラシック」。スペイン出身のはたちの天才トランペット奏者、ルベン・シメオさん。なんでも巨匠モーリス・アンドレ最後の愛弟子だそうで、これはびっくり。しっかり後継者を残してくれていたんですね。シメオさん本人も、「目指すは師匠アンドレの音」みたいなことを言ってましたが、シュタットフェルトがグールドではないのと同様、とことんご自身の音作り、演奏解釈を追求すればいいんじゃないかと、しがない門外漢はそんなこと思っていたのでした。

 その前に聴いた「きらクラ ! 」で、ふかわりょうさんは、「イントロじゃなくて、終結当てクイズというのもあっていいんじゃない ? 」みたいなことを言っていた。コーダ当てか、なるほどおもしろそうだね ! バッハのオルガン作品だったら多少の自信あり。でも出だしで曲名を当てるよりも、はるかに難易度は高いでしょうな。バッハついでに、「クラシックカフェ」で聴いたハープ独奏版「ゴルトベルク」、おおいに興味を惹かれました。

 本題。これで何回目 ? みたいな感ありの Kindle 上陸話。でもこんどはほんと … らしい。なんだかんだ言いつつ、好奇心は人一倍旺盛なので、現物がどんなもんか見てみたい気はする。でもこの拙記事にも書いたように、なんでもかんでもデジタル化、つまり電子機器経由で読むこともないだろう、と思うのです。辞書事典とちがって、活字そのものを味わって読むたぐいの「じっくり読み」は、いまのところ紙の上に印刷された媒体、つまり「書籍」というかたちでしか実現され得ないのではないか、と思ってます。液晶画面ないし電子ペーパー画面を切り替え切り替えして読むのと、一枚一枚、ページを繰りながらの読書とでは、アタマへの入り方、つまり理解のしかたに決定的に差があると思います。これは自分の場合だけかもしれないが、スマホや電子書籍リーダー端末からアタマに入ってくるのと、印刷された活字を読んでアタマに入ってくるのとでは、理解の深さが異なるように思うのです。PC 画面上のフォントなんか、なんとなく「飛ばし読み」している気がする。理由は、目が疲れるから。もっともこんなふうにいやしくも文章を綴るときは、しっかり推敲してはいますけれども、ときおりトンでもない誤字脱字を、書いた本人が忘れかけたころに発見することもしばしば。とはいえ一昔前の「ワープロ専用機」のあの白黒画面にギザギザ文字を推敲していたころにくらべれば、いまのほうがだいぶ「紙に印刷された」感覚に近いことも事実ではあるが。

 … そういえばこの前の台風通過の折、静岡県内各所で塩害による停電被害が多発してたいへんでした。けさの地元紙に、さる大学付属の学校の先生がそのときのことを率直に書いておりました。そのなかで、親御さんへの「携帯メールによる連絡ができなくて困った」という箇所を見て、以前 TV で見たことを思い出していた。どこだかの学生さんたちが開発したという、「携帯電話を使っての出欠取り」システム。… 電子黒板くらいならまだいいけれど、学校に来て目の前に受け持ちの生徒さんたちがいるのになんでわざわざケータイで確認するわけ ??? と門外漢は疑問に感じたものだった。そのときはそれでおしまいだったが、あの大地震を経たいまとなってはなんでもかんでも機械頼み、インフラ頼み、ようするに電気頼みを前提としたシステムというのはいざというときに役に立たないばかりか、危険ですらある、ということははっきり言えると思う。

 けっきょくはバランスをどうとるか、ということに尽きるとは思うけれども、マッキベンが指摘するごとく,わたしたちは不要なモノを持ちすぎなのかもしれない。デジタルついでに、この前 NHK で放映していた「忘れられる権利」の話。たしかにいったん Web 上に漂流しはじめてしまうと、どこのだれがどんな用途で使うかもしれず、あるいは思いもよらぬところから「攻撃」をけしかけられてしまう恐れはたしかにある。でも同時に、デジタル化されたモノほど、いともあっさりこの世から消滅してしまうものもないと思っている。げんに映画の世界では、昔のコダクロームみたいな映写フィルム時代より、デジタル化されたいまのシステムの維持にかかるコストのほうがフィルム時代にくらべてべらぼうに高くつくらしいという調査結果が公表されていますし。電子書籍に話をもどせば、これが100 年、200 年後の人でも読めます、という保証なんてどこにもない。その点、「虫喰っちゃった」紙の本のほうがまだまし。この前 HDD のトラブルですったもんだしている最中、その Amazon から『くまのパディントン』シリーズの最新作が届いた。作業が一段落し、さっそく開封してちょこっと読んでみる。カリーさん、あいかわらずイジワルだなあ。買い物リストにすぎないのに April Fool's Day にかこつけて、パディントンに使い走りさせようとは。挿絵画家がオリジナルとはちがう人になって、なんだかパディントン、若返ったみたい (笑)。iPad 版とか Kindle 版パディントンってあるのかどうか知りませんけれども、「電子紙芝居」よりは昔ながらの紙の本のほうがよい場合だってある。ちなみに4月1日に人をかつぐのは、お昼前までということになっている ( 'You can play any tricks you like before midday.' p.29 ) 。

 … 今年は今日でちょうどきりのいい折り返し点。残り 183 日、うるう秒の調整あり。後半も、かの聖人のとりなしに寄り頼むのみ。

タグ:Amazon Kindle
posted by Curragh at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/56815124
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック