2012年09月15日

「お月さま」と FW II と TED

 先週末の「きらクラ」。カール・オルフの童話オペラ ( メルヘンオペラ ) のひとつ、「お月さま ( あるいは「月」 ) 」のフィナーレがかかってました。オルフって、あの「カルミナ・ブラーナ」のオルフでしょ、こんな愛らしい劇音楽も書いていたとは、またしても寡聞にして知らんかったなぁ、とひとりごちつつ、涼しげな鈴の音のような子どもの台詞、 ( こちらの記事では少年の声らしいが ) 「あ ! あそこにお月さまが出ているよ ! 」がひじょうに耳に残る音楽でした。そういえばもうすぐ「中秋の名月 ( 今年は 30日)」。

 ところでこの「お月さま」の筋立ては一見、荒唐無稽な現実味のないお話のように見えて、じつは「グリム童話」から着想して、オルフみずから台本を書いて作曲したものらしい。つまりは「夜」の物語。ちょうどそのとき、悪戦苦闘、抱腹絶倒 ( ? ) のすえ、ようやくヤナセ訳『フィネガンズ・ウェイク』巻そのニ を読みきったところだった。で、こちらもまた「ある一夜の物語」ということになっている。

 こちらの英語版 Wikipedia 記事がとても詳しくて参考になるのですが、『ユリシーズ』は昼の物語で、いま執筆中の「進行中の作品」は、夜の物語なのだとジョイス自身が語っている。それゆえすべてが陽光に照らし出される世界で進行する『ユリシーズ』と、「進行中の作品」とを比較するのは意味がない、こっちはすべてが混沌とした夜の世界の話だから、というわけ。

 そうはいってもこの混沌ぶりはほんとすさまじい。正気の沙汰じゃありません ( 苦笑 ) 。どこまでがジョイス語なんやらヤナセ語なんやら、ほんとさっぱり、という感じ。たとえば「彼 ( 筆男シェムのことか ? ここは子どもたちが外で寸劇に興じている場面 ) 」が「頓馬ス、ア、悔イナス」を「己の裁判席の股見」にし、「聖語呂つきコロンバヌスを讃え」る。また、「ずいずいずっころ橋ロンドロ橋」に「忠犬ブランのごとく、ひた走り、風に乗って帆走 ( 古アイルランド語で書かれた『ブランの航海』のことか ? ) 」とかも出てくる。「グィード・ダレッツォの手 ( 「ドレ見、ファっ、ソラぞらシいド」の項の「グィード・ダレッツォ階門をくぐり」の箇所 ) 」やら、ジョージ・エリオットの『フロス河畔の水車小屋』なんかも茶化して出てくる ( この小説名は『フィネガン I 』にも出てくる ) 。「辜触 ( こそく ) な半端トリックの洒煉獄 ( しゃれんごく ) を己懊 ( いおう ) じているので … 」にいたっては口あんぐり。音楽関係では「戦意をそソル酩娯 ( ヴェイグ ) な歌の大砲のとどろき」としてグリーグの「ソルヴェイグの歌」まで溶かしこみ、「 … そして知らぬ半兵衛答弁 ( はんベエトーベン ) するなら、弊吟律な較美阿呆題に騒グナーんて間抜けぞろいだわ ! ( p.317 - 8 )」。ついでにそのすぐあとでグルックにモーツァルトも登場。ツタンカーメンからナポレオン、そして故国で起きたイースター蜂起事件のこととかもぐっちゃぐちゃに絡まってくんずほぐれつ、あいかわらずの酩酊した酔っぱらい言語で、おもに息子たちの目から見た HCE の「過去に犯した罪」について物語が進行してゆきます。最後の章の冒頭には有名な「クォーク三唱」が出てくる。↓
―― マーク大将のために三唱せよ、くっくっクォーク ! 
なるほど彼はたいしょうな唱声ではなく
持物ときたらどれも当てにならなく
だがおお、全能なるミソサザイ鷲よ、空には雲雀が浮かれ鳴く
あの醜面鳥がぎゃあぎゃあとシャツを探すあたりは暗く
染みまみれズボンを探しまわるあたりはパーマーズタウン・パーク? 

− Three quarks for Muster Mark!
Sure he hasn't got much of a bark
And sure any he has it's all beside the mark.
But O, Wreneagle Almighty, wouldn't un be a sky of a lark
To see that old buzzard whooping about for uns shirt in the dark
And he hunting round for uns speckled trousers around by Palmer-stown Park?

と、こんなぐあいに。でもこの quark、よく言われているように『フィネガン』が初出、というわけでもないらしい ( 自分も以前はそうカンちがいしてました。お詫びして訂正 ) 。訳者柳瀬先生自身、そう書いている ( 『辞書はジョイスフル』p.115 - 6 )。O.E.D. にはすでに 1860 年の使用例が引用されているけれども、これはカラスなんかが「カーカー鳴く」という動詞用法のみ。ジョイスは名詞として使った。ちなみにここの「マーク大将」は、アイルランド王にしてイゾルデの許婚である、マーク王のことが下敷きになっている。'Three quarks for Muster Mark! ' と頭韻を踏んでいるから、すなおに訳せば「マスター・マークのために三唱 ! くっくっクォーク ! 」というふうになるのかな。

 ヤナセ語のすごいところ … はそれこそ全ページに溢れかえっているわけだけれども、どういうわけか ( ? ) 、日本各地の地名もけっこう出てくる。訳者先生のご出身地のあたり ( 根室、稚内 ) とか、挙げ句の果ては「田子 ( !!! )」まで出てくる ( 何ページだったかはもう忘れた。この「田子」はたぶん「田子の浦」のほうでしょう )。でももっともぶっとんだのは、つぎの箇所。↓
樹雨 ( きさめ ) の木更津から色貝 ( いろがい ) の石廊崎まで、銭っこくすねる若衆いない …

???!!! 、と思ったので、さすがにこれは原文を見た ( 笑、FW 全文は Web 上にいくつか公開されてます。iPad とか持っている方だったらもっと閲覧に便利かも。ワタシは「簗瀬のキッシュは ( しゅ ) なるキリストに反するから、あたしの手の自由は彼のもの ! ( p.215 )」を、HTC Desire で開いた原文とならべて見てました ) 。
From Dancingtree till Suttonstone There's lads no lie would filch a crown To mull their sack and brew their tay With wather parted from the say.

ますます ??? … すなおに解釈すると「踊り樹からサットン石まで、クラウン硬貨くすねる若造いない … 」だろうけれども、これ実在の地名なんだろうか ? 「サットン石」というのはウェールズ南部の海岸あたりで採れる石灰岩らしいけれども。門外漢が思うに、この邦訳ってただたんに頭韻を踏ませているだけなんじゃないかと … ググったら、なんか「FW と黄道十二宮との関連性」を指摘する ML ページにて「踊り樹=筆男シェム、石=書簡運搬人ショーン」というのがあったけれども … ここは訳者先生にじかに訊いてみるほかなし。

 しかしそれにしても … '1 He, angel that I thought him, and he not aebel to speel eelyotripes., Mr Tellibly Divilcult ! ' が、「彼って、天使だと思ってたけど、縁音綱 ( へりおとロープ ) 綴りもできないんだから、ヤナセーカクの尚奇先生 ! 」になっちゃうんだから、ある意味なんて自在な翻訳なんだろう、と思う。こんなふうに遊べたらいいのに … 。

 ついでにこの前見たこの番組。TED って、そんなに流行ってるのか。でもこの「ヴァーチャル合唱団」の話はよかった。… で、これ思いついたウィテカー氏が 'OMG ! ' とつぶやいた科白、これを「キターッ ! 」と訳していた。みごとにツボにはまった訳だとヘンなところで感心した。感心、韓信、股くぐり。

* ... この前、ちょこっと言及したこちらの画像。この科白、ヤナセ先生だったらどう訳すのかな ?? 「ある日、教会に入ってきたヒッグス粒氏を見て司祭が言いました。『ここはあなたたちの立ち入る場ではありません』。それを聞いたヒッグス粒氏、こう言いました。『汝は身重 ( しんちょう ) なる身、それは我から発したこと。我なくして深長 ( しんちょう ) なるミサもなにもかも存在せず』」… うーん、どうもうまくいかない。質量とミサの mass の駄洒落がね ! ヒマをもてあましている方はアタマの体操として訳をひねってみるのも一興かと。

posted by Curragh at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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