2006年04月23日

きのうはEarth Dayだったけれど

 きのうの土曜は Earth Day ということでしが、以前にくらべると盛り上がり方がいまひとつのような気がするのは気のせい…? 

 …それよりもなによりも、いま巷で話題なのはむしろ来月25日のほう。こちらに詳しく載っています→関連blog

 数年前にもおんなじような「ニアミス」がありましたが、じつはけっこう頻繁にこのような「ニアミス」は――まったく気づかないうちに――発生しているらしい。

 …個人的には、なんだか某出版社から出ているオカルト系雑誌にぴったりなネタ…とつい思ってしまった。

 そろそろ National Geographic 日本語版の最新号が出るので、先月号につづいてまた買ってみますか(もちろん「ユダの福音書」がらみで。けっきょく買わされている…)。
posted by Curragh at 16:35| Comment(5) | TrackBack(0) | 最近のニュースから
この記事へのコメント
TBいただき恐縮です。

そういうえばNATIO-GEOの「ユダの福音書特番」、もうすぐ放送ですね。かなり楽しみにしています。

野中 英紀
Posted by 野中 英紀 at 2006年04月23日 23:35
野中さま :

 コメントしていただきありがとうございます! なんかこちらこそ恐縮です…。

 彗星の件もそうでしたが、米国のイランへの核攻撃が絵空事ではないかもしれない…というのはほんとうにゾッとします。日本もそうかもしれませんが、米国は超大国だけに、歯止めが効かなくなることをもっとも恐れています。

 「グノーシス派」にまつわる話題でこちらでもちょこっと触れましたが、「一神教の原理主義勢力」の台頭はまったくもって困りものだと思います。たしかにちいさな島国に住んでいる民族には想像を絶する悲劇の歴史があることは承知しているつもりではありますが、せまい「聖地」をめぐる民族・宗教間の憎悪と争奪戦、あるいは頻発するテロの報道を見聞するたびに、「共存共栄の道」を選ぶことがどうしてできないものかとやはり思ってしまいます。

 いわゆる「千年王国」なんて笑止千万です。ナチス空爆下のロンドンで客死した思想家のシモーヌ・ヴェイユはこんな書簡をある修道士に宛てて残しています。

 「…さまざまある宗教の伝承はすべて、同一の真理の異なったさまざまな反映であり、おそらくその貴重さは同じです。ところがこのことが理解されておりません。各人はこれらの伝承の中のひとつだけを生きており、その他の伝承は外側から目にするからです」(『シモーヌ・ヴェーユ著作集IV』大木健訳、春秋社、1998)。

 すくなくともsuperficialなものの見方しかしない偏狭な原理主義者は、自分たちが「真理を映し出した鏡のほんの一部分にすぎない」ということが理解できないのでしょう。このような、言ってみればカルト教団と大差ない組織が一国の政府を巻き込むことは全世界にとって大いなる不幸としか言いようがありません。
Posted by curragh at 2006年04月24日 06:16
キリスト教であれイスラム教であれ、原理主義者に共通するのは、救世主の再臨を促すためであれば何をやっても、全てが肯定されるというところでしょうね。

オウムの時もそうでしたが、彼らにとっては他人を殺める事ですら“善を為す行為”なわけですから、原理主義者がカルト教団と大差ないというのは本当です。

おまけにアメリカ人には、核兵器の使用に対する罪悪感とか抵抗感はほとんどありませんからね。

以前、1979年にイランのアメリカ大使館占拠事件が勃発した際、たまたま僕はボストンの音楽大学に留学していたのですが、この事件に対する世論調査で「今すぐにイランに核攻撃をするべき。」に賛成した人が60%を超えるという状況を目の当たりにして、暗澹たる気持ちになったことを思い出します。

基本的にアメリカ人は、一般市民だけでなく、どんなエリートでも、未だに広島長崎への原爆投下が第二次世界大戦を終結させたという神話をかたくなに信じていますから・・・。

以来、僕はアメリカが暴走したらいつまた核兵器を使うかもしれないという懸念を強く持っています。今回もメディアでイランへの核兵器使用を、人道的観点からというより、ブッシュにとって政治的にどうなのか、そして市場主義経済的には得か損か、「イランに核兵器を使用したら、株式市場はどうなるのか?」という観点からしか議論されていなかった。

これは恐ろしいことです。

まして預言の実行の為に、なんてことに成ろうものなら、もし今キリストが生きていたらさぞ嘆き悲しむことでしょう。

Posted by 野中 英紀 at 2006年04月24日 13:45
野中さま :

 彗星か核攻撃かどちらか選べと言われたら、やっぱり彗星のほうでしょうか。1910年のようなこともありますし、天体ショーとして楽しみたい…とのんきに構えております(火星大接近のときも不吉な噂がありましたね)。

 野中さまのblogで紹介されている関連記事のうち、Znetのインタヴュー記事を読んでみました…核兵器を落とされた国の人間から見ると、背筋が寒くなるばかりです…というか、やっていることはイラクのときとあいも変わらず、なんの物的証拠もないまま先制攻撃へと突き進もうとしている米国のやり方はまったく傍若無人で、腹立たしくさえ思います。これでは米国そのものが「テロ国家」ではないかと…。

 せめてもの希望は米国民の良心…くらいでしょうか。もはや米国民がイラク攻撃のときとおなじような反応をしめすようにはとても思えないのですが、どうなのでしょう。
Posted by Curragh at 2006年04月25日 00:20
確かに、それが唯一の希望かも知れません。

散々戦争を劇場化して煽ってきたFOX NEWSみたいな翼賛メディアが、最近のイラクの状況を観て、自分達が少しやり過ぎたのではないかと(ちょっとだけ)反省している気配があります。

ブッシュの支持率もこのままだと30%を切るのは時間の問題。

となると、国内問題から目を逸らせる目くらましが必要に成りますから。多少怪我もするかもしれないけれど、ここは背に腹代えられないということに、成るかもしれませんね。

しかし、今回の選挙ではイラク帰還兵も多数当選すると思いますから、ブッシュ・ドクトリンそのものに対するクエスチョンが付くことは間違いないでしょう。

ただ、多勢に無勢ですから実際に物理的にメカニズムが動き始めた時に、それを抑えるだけの力があるかどうか、というところが問題です。

まあ、同じことはこの日本の国内政治にも言えるんですけどね。
Posted by a-key at 2006年04月25日 02:22
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