2012年12月03日

『フィネガンズ・ウェイク I, II, III / IV』

 20 世紀文学最大の問題作ともいわれる狂文、あるいはこれがはたして小説と言えるものなのかどうか、いまもって「ジョイス研究者」と名乗っている人びとのあいだでも意見の一致は見られない、何回読んでも難解なジョイス最後の大作『フィネガンズ・ウェイク』。ここでもすでに何度か書いてはきたけれども、ヤナセ語訳版のみ相手にして感想を書け、と言われてもただの本好きにはさすがにムリだし、そもそもどこまで読めたものやらそれさえ怪しいもの。そこで本家サイト「別館」のほうにも書いたとおり、宮田恭子先生の『抄訳』版および『筑摩世界文學体系 68 』や原文を全文掲載している海外の『フィネガン』関連サイトや英語版 Wikipedia なんかも参考にして、10 月末までにはとりあえず読了。そして原作者の意図のみならず、「単独訳」された柳瀬尚紀先生や宮田先生の「読み」にはとうてい遠く及ばないながら、アイルランドの地名とか音楽関係の「地口」、ようは駄洒落なんですが、そんなたぐいがそれとなく出てくるたびにひとりニヤニヤ、なんてことはけっこうあって、いままでひじょうに遠い存在に感じていたこの大作が、にわかにとても身近に感じられるようにはなった。これだけでもたいへんな収穫だ、と思う。なんせここにいる門外漢は、冒頭と結尾がつながってぐるりと円環を描く構造になっている、ということさえ知らずに読んでいた ( から、通読しはじめたときに書いた記事ではあんなことを書いてしまった ) 。

 とはいえこの作品、「ふつうの」小説みたいな読後感はとてもじゃないが書けない。そのような読後感を拒絶するような作品だから。いわば「座ることを拒否する椅子」の文学版 ( 苦笑 ) 。なのであくまで拙い読みながらも、とりあえず「これをいったいどう読めばいいのか ? 」については ↑ の「別館」にて記したので、「物語」の筋について興味ある方はそちらを見てください。ここではそれ以外のことを書きたいと思います。ちなみに『ユリシーズ』初版が刊行された当時、ちょうどパリにいた若き日のジョーゼフ・キャンベルは、本屋でそれを一冊買って 3 章まで読み進めたもののまるで要領を得ず、「気が狂いそうになって」、「憤慨した学者という面持ちで、『こんな代物をどうやって読めばいいのかね ? 』」と、版元シェイクスピア・アンド・カンパニーの店主シルヴィア・ビーチに詰め寄ったことがあったそうな ( マイケル・トムズ編『ジョーゼフ・キャンベルが言うには、愛ある結婚は冒険である』築地書館刊 p. 173 ) 。彼女が「このように」と水先案内になりそうな情報と数冊の参考文献を手渡した。その後、キャンベルはジョイスの革新性に開眼したんだという。

 ヤナセ語訳を通読された方はみな一様に、こう思うんじゃないでしょうか ―― なんだ、ただのダジャレの集合体じゃないのか、と。訳者先生本人も著書で、「ジェイムズ・ジョイスほどの天才がどうしてこんなつまらない洒落を書いたのかと思うようなたぐいも入り込む」なんて書いていたりする ( 『辞書はジョイスフル』TBSブリタニカ刊 p. 19 ) 。たしかにそうかもしれない。ヤナセ語訳は、そのへんのサジかげんも軽業師よろしく軽やかに、さらりと飛んでぴたり着地を決めている、そんな印象を受けます。ただしその代償 ( ? ) とでも言うのか、とにかくふだんまずお目にかかることのない、まるで見慣れない難読漢字にダジャレを最大限強調した「総ルビ」のあの訳文は、とてもすんなり読めるとは言いがたい。でも、もとのジョイス語だって似たかよったか。ジョイスは音声言語の特性を最大限生かした、いわゆる「音遊び」を徹底的にきわめることでユーモアというか、読み手の笑いを誘っている。とはいえ難解。それは病的と言えるほどおびただしい「多言語地口」と「かばん語」に、いろいろな言語からなる単語をつなぎあわせた完全なる「ジョイス語」とがごっちゃになって、読み手を混乱させるから。「 I 巻」巻頭に序文を寄せている大江健三郎氏によると、米国大学の文系学部の引退したさる老教授でさえ、「あれは理解不能のもので、議論のために共通の素材とはならない」と発言していたりする。「ジョイス読み」を自認する人たちでも『フィネガン』に対する評価はあまり芳しくないらしくて、一般的な読者でこの原本を「通読」したことのある人というのは、以前ここでも紹介した O.E.D. を「通読した人」のごとく、きわめて少数派なんだろう … と思う。

 そんなとてつもない、文字どおり怪物じみた作品がこうして日本語で、しかも「難解だがきっちり完訳した版」と「註釈だらけの抄訳だがとてもわかりやすい版」の両方がいつでも読める、というのはなんともぜいたくで、ありがたいかぎり。とはいえヤナセ語訳版に「日本の地名 ( 以前にも書いた「樹雨の木更津から色貝の石廊崎まで」とか ) 」があちこちに出てくることと、「果ら谷行人師 ( 訳文の難読漢字がどうしても表記不能 ) 」みたいなのはやりすぎ ( ? ) のような気もしないでもない。

 個人的に感じたことをいくつか。リチャード・エルマンの『ジェイムズ・ジョイス伝 1・2 』とか読むと、ジョイスという人は徹底した平和主義者だったようだ。そしてこれは「別館」でも触れ、また過去にここでも書いたように、一見すると世界大戦にはさまれた緊張した時代を背景とした、音楽で言えばストラヴィンスキーの「春の祭典」のような、センセーションを巻き起こした作品のようにも思えるが、そのじつそこここに中世以来のアイルランド文学の伝統みたいなものが顔を出しているとつよく感じます。作品中に何度か言及される有名な装飾写本『ケルズの書』は、伝記本とか読むとジョイス大のお気に入りだった写本らしくて、たとえばあの無限に増殖するかのごとき装飾文字の「残響」は、ヒックヒックとやりながらえんえんと管を巻きつづける ( ? ) ママルージョ四老人のだれたおしゃべりとか、「川辺の洗濯女」の会話とか、教授気取りに講釈する双子兄弟の片割れショーンの長ったらしいシェム批判とかに現れているようにも思う。とはいえ読まされるほうはかなりキツイ。いみじくもショーンが、「さあて、忍耐だ。忘れてはならん、忍耐こそは偉大なるもの ( I 巻, p.209 )」と諭しているように。ついでに p. 50 の、「一語一語が繋がり六十と十の酔狂な読みをもたらすこのダブリ結まくりの巨書全巻」というのは、ほかならぬ『フィネガン』そのもの。

 ジョイスは『ユリシーズ』を「昼の書」、この作品を「夜の書」と呼んでます。心を病んでいた娘ルチアをカール・ユングに診てもらったりしてもいますが、どうも「集合的無意識」という考え方にはなじめなかったようです。そんな新興科学で、複雑きわまりない人間の心の内なんかあっさり解明されてたまるか、と思ったかどうかは知らないが、文学表現の可能性をとことん追求していた求道者ジョイスは、ついに「人間が夜見る夢」を言語化しようと思い立ったらしい。以来、家族を連れて欧州大陸を転々としながら、職探しもしながら、ひたすら「夢言語」創造に没頭したという。ツタンカーメン王の名前がたびたび出てくることからしてもわかるように 1922 年から書きはじめ、脱稿したのがなんと 16 年後の 1938 年 11 月 13 日。初版が刊行されたのが翌年春なので、足掛け 17 年もかかっている。そしてこの大作と引き換えにというわけではないだろうけれども、長年の無理がたたって初版刊行の 2 年後に十二指腸潰瘍のために亡くなった。

 いまひとつは全編に流れる通奏低音のような音楽性。これは、原文のほうがよりいっそうはっきり響いている … らしい。げんに原作者ジョイス自身が「洗濯女」の章 ( I 巻 8 章 )を吹き込んだ音源が残っているらしいし、ほかにも全巻分録音した音源もあったりで、「いったいこれどうやって発音するのか ? 」なんて思った箇所は手っ取り早く朗読を聴いてみる、というのもひとつの手かも。それと前にも書いたが、ほんと音楽関連のダジャレの多いこと。いろいろケッサクなヤナセ語があるけれど、'harpsidiscord' を「破ープシコード ( I 巻、p. 37 )」とやったのには、まいった。原文の多義性ゆえなかなかこんな地口のおもしろさまで訳出するというのはただでさえ至難の業にちがいないのに、やりようによってはできないこともないんですね。なるほど、「日本語は天才」なんだな (伝記によるとこの作品がまだ『進行中の作品』という仮題で呼ばれていたころ、ジョイスは一節を人前で朗読したことがあって、そのときそれを耳にした英国人女性から、「文学じゃありませんわ」と非難された。それに対してジョイスはこう応じたという。「いいえ(あなたの耳には)文学でした」。娘ルチアへの手紙にも、「わたしの散文の意味はだれにもわかりゃしない。ようするに、耳に快いのだ。きみの絵は目に快い。それで十分だと思う」。またべつの客人が発した、この作品は文学と音楽の混合ですか ? という質問にはこうこたえた。「純粋な音楽です」) 。

 登場人物の名前もアイデンティティもころころ変わっているのもこの作品の特徴ですが、でもこれはたとえば昔、英国の圧政に苦しんでいたころのアイルランド人が強制された「英語化された名前」という歴史の、ひとつの反映ではなかろうか。本来はシェムなのにジェイムズに変えざるを得なかったり。ショーンがジョーンになったりというのは、ただたんにふざけているのではなくて、アイルランドという島国が歩んできた過酷な歴史をも暗示している。そういえばこの本、バッハの絶筆「フーガの技法」よろしく、ジョイスの「署名」みたいな箇所がある (「聖なるとはなん詛 ? 答 半身判字のシェムス・ショムス ! 」I 巻 6章末尾 、原文では ' Answer: Semus sumus! ' ) 。

 人物名がころころ変わる、という点では、主人公のパブの親父ハンフリー・チムデン・イアウィッカーとその奥さんアナ・リヴィア・プルーラベルもまた、ころころ変わる。数こそ少ないが、時たま忘れたころに ( ? ) HCE とか ALP とかこちらも署名よろしく出てきたりする。でもさらに輪をかけてしっくりしないのは、III 巻最終章になんの前触れもなく出てくる「ミスターポーター」一家。… そこで素人は考えました。これってじつはポーターさんちの見た一夜の夢 ―― というか、悪夢 ―― なんじゃないのか ? Here Comes Everybody というのは、たしかにパブの親父にはうってつけな名前だ ( ここのヤナセ語は、「万仁来太郎」! ) 。でもこれはむしろ「あなたもわたしも、だれかれも」当てはまる物語、ととったほうがしっくりくる。そしてこの作品では、冒頭の「イヴとアダム礼盃亭 ( 現在そこにあるのはフランシスコ会系教会。カトリックが弾圧されていたころ、「飲み屋」と称して地下教会があった )」や「サー・トリストラム ( 実在したホウス城主 ) 」からはじまって、ナポレオンだの教皇インノケンティウス何世だの、ダブリンの守護聖人ローレンス・オトゥールから作品の着想を得たきっかけとも言われるジャン・バッティスタ・ヴィーコや J.S. ミル ( 『フロス河畔の水車小屋』の mill と引っ掛けている ) などなど、古今東西の歴史上の人物のみならず、冒頭の「カミナリ」だけでなく、なんと「仙台 ( !! )」や「武士」、そして柳瀬先生によれば「鼈 ( スッポン ) 」まで出てくる。

 日曜の夜に、こちらの番組を見ました。オークニー諸島の一角にある「リング・オ・ブロガー」や「ステンネスの立石群」は、だいぶ前にも書いたけれども、個人的にかなりお気に入りの古代遺跡で、一時期デスクトップの壁紙として使っていたこともある。オークニー諸島が TV 放映されることじたいが珍しいから、食い入るように見つめていたんですが ( 笑 )、現在の風景とあらたに発掘された新石器時代の遺構の復元図とが CG によって、なんの違和感もなくシームレスに再現されていた場面を見ているうちに、なんかどっかでこれと似たような感覚を味わったな … と思い、よくよく考えてみたらこの「過去と現在とが重なりあった奇妙な感覚」は、『フィネガン』を読んでいたときにもまさに感じていたものだった。ジョイス語=ヤナセ語のもつ意味の重層・重奏性、あるいはいま見ているこの風景に、かつて生き、亡くなった人の姿をも同時に見る、過去そこにあったはずの建物や、いまは失われたかつての光景を目の当たりにする … そういう錯覚ないし錯誤の感覚。ひょっとしたらジョイスは「酔っぱらいの見た悪い夢の世界」に、こういった既視感、多重感を表現しようとしたのかもしれない。あまりにもきょくたんにその手法を推し進めたものだから、ついには親しい友人からも「理解不能」として拒絶されるのも厭わない、このような「化け物」をものしたのかもしれない。

 と同時に『フィネガン』はダブリンの街そのもの、そこに生きた人そのものの物語だ、とも言えるかもしれない。「自己追放」したかつてのアイルランド人修道士とおなじような、遠く離れた異郷の地にさすらう者のみが持ち得る冷徹さと郷愁の念とがジョイスにもあったんじゃないかって気がします。「グローカル」という造語があるけれど、『フィネガン』を到達点とする一連のジョイス作品には、まさにこの「グローバルでありながらローカルでもある」、「相克する二者の合一」という思想が貫かれているような気がします。バッハも当てはまると思うが、物事の「本質」ないし「真理」を見抜くような人って、存外大都市とか「世界のへそ」みたいな場所にはいなくて、へんぴな片田舎とかジョイスのように「周縁」もしくは「辺境」にいたりするもんです。そしてもちろん、中世アイルランド修道院から連綿と受け継がれていった語りの地下水脈もある。言い換えると『フィネガンズ・ウェイク』というとほうもない作品は、アイルランド人だったジョイスだからこそ書けた、と思います。また読みようによっては、かなりきわどい作品だとも言える。HCE がフェニックス公園で犯したらしい罪というのが、少女相手の性犯罪だったらしい … そういう悪い噂が巷に流れ、ろくに調べられもせずに逮捕され、監禁され、裁判にかけられ … でもこれはみんな HCE ひとりが妄想する世界、言ってみれば「悲劇の主人公的迫害妄想」。また「陽気もんのジョーンティ・ジョーン」となったショーンが 29 人の女学生相手に説教をぶつ章 ( III 巻 2 章 ) や最終巻の「聖ケヴィン ( A.D. 498 - 618, 祝日は 6月 3日 ) 」のくだりに頻出する教会用語なんかは、厳格なローマカトリックの家庭に育った作者自身の投影かもしれないし、あるいはがちがちに硬直した当時のカトリック教会に対する強烈な諷刺、ともとれる。

 ジョイス伝の著者エルマンは、こう書いています。「ジョイスは技術を捻り出そうとする気難しい職人ではなく、悪い環境の中でも気のきいた冗談を言い、倦怠と悲惨の上に彼の喜劇的光景を描き出した、人生の賛美者の一人であった」。たしかに。キャンベルは、「ジョイスは、すべての人に罪があり、同時に同情に値すると訴えているのです。この本の素晴らしいところは、誰も責めていないところです」とも言っている ( 下線強調は引用者 ) 。

 … まだ「昼の書」の『ユリシーズ』に手を出すゆとりはないけれども、こんどの年末年始はいま手許にある柳瀬訳『ダブリナーズ』を読むつもり。

評価:るんるんるんるんるんるんるんるんるんるん

追記。柳瀬先生が『フィネガン』個人完訳を果たされたのが 1993 年 7月 14日。記事にも出てくる『辞書はジョイスフル』に詳しいが、このような困難な訳業を影で支えたのが、当時のテクノロジーの進化でもあった。当時はインターネットもまだまだなくて、「パソコン通信」の時代。そして「電子辞書」といえば CD-ROM が主流だったころで、たいていの物書きの人は PC より、「文豪」などのワープロ専用機を使っていた時代。Windows 3.1 の時代で、FD 全盛時代。そんなとき、CD-ROM 版 O.E.D. を「直径 12cm にのみこまれた全宇宙」と評して、これらの「最新鋭」機器を使いこなして仕事を進めていた。逆に言うと、これらがなかったらとても実現不可能な訳業だった。ちなみに先生によれば、校正の人がふたりだったかそれとも二度だったかは失念したが、とにかく過労で倒れたらしい。… そりゃ、倒れるよなあ、こんなの校正しろと言われたら ( 苦笑 ) 。ちなみにその当時の PC というのがどんなのか知らないぞという若い世代の人もいるだろうから、こちらのサイトも紹介しておきましょう。ついでにワタシが高校生だったのは、BASIC だのテープレコーダーだの、そんな時代でした。ファミコン初代機が発売されてからそんなには経ってないころでした。ついでに『ハリー・ポッター』シリーズにシェイマス・フィネガンなる魔法使いが出てくることもこのたびはじめて知った。一瞥してジョイスの『フィネガン』を下敷きにしていることは明白。

posted by Curragh at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本
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