2006年04月24日

ある写真展

 いまにも空が泣き出しそうな土曜の午後、こちらのギャラリーにて開催された写真展を見に行きました。

 片倉、といえば、富岡製糸場の歴史的建造物が有名ですが、じつは沼津にも片倉の蚕種製造所があり、小学生のころ、ほんとうにすぐ近くに住んでいました … というより、遊び場の一部みたいなものだったかな。

 カイコの繭玉から高級なシルクを採取するための工場で、自分がときたま出入りしていたころはとっくにシルク製造は停滞していて、そのため? か友だちと連れ立って勝手に敷地内に入ったときも、中で働いていた女工のおばさんたちが笑顔で取ったばかりの繭玉や、桑の葉をムシャムシャ食べて文字通り蠢いている、芋虫の化け物みたいな白いカイコを見させてもらったことを、いまでも鮮明に憶えています。

 建物も独特な外観で、すべて木造。中に入るとえも言えぬカイコの匂いが充満していました。

 自分が引っ越したあと、蚕種製造所はしばらくは片倉の園芸部門として存続していましたが、1994年にとうとう閉鎖、以来いままでこのかたずっと現状維持(管理人さんがいたので放置ではない)、昭和初期の面影を残す貴重な文化財的な存在でした(よくいままで放火もされずに残っていたと思う)。

 それがなんとショッピングセンターに姿を変える … ということが決まったのが昨年暮れくらいだったか。たしかにあのへんは買い物するお店がないよなー、あんなに広い敷地( 約4千坪 )を持っているんだもの、固定資産税だってバカにならないしいいことかな、とのんきに構えていた。

 でも先月中旬から取り壊しが本格的に始まると…なんかやっぱり寂しい。あまりに当たり前すぎて、あらためて写真を撮ろうとも思わなかったくせして、いざ木造建物の一部が完全に消え去り、建物を取り巻くように生えていた大木もあらかた伐採されてしまった光景を目の当たりにして、ちょっと後悔してしまった … 。

 … そんなときに知ったのが今回の写真展。プロの写真家もあの建物に注目していたんだ…と思うとなんか嬉しくて見に行ったしだいです。

 ちんまりしたギャラリーに、カラーとモノクロの作品が飾られていました … ふたりの写真家の競作という形。カラー作品のほうはまるでモダンアートのような斬新な構図で切り取られた作品で、自分も写真をやるのでつい、「これどうやって撮ったんだろう … 」とか考えながら見入ってしまった。あとでギャラリーの方に話を聞いたら、何枚も張り合わされた工場の障子紙( 廊下がけっこう広くて、カイコのいる部屋とは障子で仕切られていた )を透過光で露光を切り詰めて撮影したものらしい。トタンのペンキのはげたところ、壁の亀裂など、どちらかというと微細な部分を巧みに切り取っているのがとても印象的でした…見ているうちに、これ ECM の New Series 用ジャケットに使えるかも、と思いました。とにかく切り口が斬新で、おもしろいのです。

 かたやモノクロのほうは一転して、超広角レンズで対象を至近距離から狙った正統派(?)アプローチの作品で、蜘蛛の巣がかかった水道の蛇口、カイコが繭玉をこしらえていた台、建物の中庭とそこに亭々と聳え立つ樹木( ほんとうにここは大木が多かった。常緑がほとんどだけどイチョウやハゼノキもありました )、それに磨ガラスに描かれたドラえもんなどの落書きを撮ったものまでありました。

 お話を伺うと、写真家の方もほとんど偶然のきっかけで、ここの蚕種製造所がまもなく取り壊されると耳にしたそうです。現地に行ってみるとすぐに気に入り、今年 2月、一か月かけてここに通いつめて撮影していたとのこと( 自分も撮りたかったな )。

 これとはべつに DVD のビデオ作品もあってそちらも見せてもらいましたが、敷地内にはタンポポに土筆まで生えていた。黒板に書かれたまま消えずに残っているチョークの文字、埃まみれの繭玉選別機、無造作に置かれたままのカイコ台に桶、破れた障子 … 製造所の近所はここ十数年で田畑があらかた消え、マンションが建ったりすぐ前にはコンビニができたりと急速に変わってしまったが、片倉の敷地の中だけが、いまのいままで自分が子どものころに見た風景のままだったことにあらためて強く打たれてしまいました … ここだけ昭和のまま時間が止まっていたのです。とはいえしょせんは感傷的ノスタルジアに過ぎないのですが。

 ここの工場っていつごろからここで操業していたんだろ、と以前から思っていたけれど、今回はじめてそれがわかりました … 1934年に現在の製造所が完成した、というから72年前からずっとここにあったらしい。現在残っている建物は当時そのまんまではなくて、建て替えたり窓が一部アルミサッシになったり、敷地南側が現在の公道になったりで若干のちがいはあるけれど、正門を入ってすぐ前に建つ水色の事務所や左隣のカイコの卵を保管する蔵、その裏へとつづく木造の建物は往時のまま。ついでに子どものころ、事務所の前にちょっとした庭園があって、バナナが生えていた。もっともバナナは実らなかったけれど … 。

 … 写真展を見たあとでまた取り壊し現場に行ってみたら、まだ正門前の事務所と蚕種庫、それにつづく建物は残っていました( それと工事関係者のプレハブ小屋 )…すでに更地になった、がらんとした広大な敷地から、真っ白く雪化粧した富士がやたらとくっきり見えていました…。まだ残っているこれらの建物も、屋根に覆いかぶさるほど成長したシイノキやイチョウの大木もろとも、いずれは完全に消滅して賑やかなショッピングセンターになるのだろう。

 …ショッピングセンターができたら、せめて今回展示された写真を飾るコーナーを設けてほしい。
posted by Curragh at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術・写真関連
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