後者、K.574 の小品は、1789 年というからフランス革命の年、33歳のモーツァルトがバッハゆかりの地ライプツィッヒを訪問したとき、当地の宮廷オルガン奏者カール・イマニュエル・エンゲルという人の「記念帳」に「即興で」書きつけた作品だという。なんでも大バッハのモテット BWV.225 を当地で聴いていたく感激したモーツァルト、この輝かしい 8 声二重合唱のモテットの楽譜のコピーを一部所望して、それからエンゲルのゲストブックに小ジーグを書いたらしくて、バッハに敬意をこめて、BACH 音型を盛りこんで書いたという。で、聴いてみると、すばしこいパッセージ中にたしかに BACH が聴こえる。へぇ、モーツァルトにこんな毛色の変わった作品があったのかと、ひとりで勝手に感動していた。
K.608 のほうは「自動オルガンのためのアレグロとアンダンテ」というのが正式名みたいですが、磯山先生の解説ははじめて聞く内容だったので、こういうおもしろいことを耳にするといてもたってもいられない性分のワタシは、さっそく図書館に行って「小ジーグ」とともにこっちもちょこっと調べてみた。参照したのは『モーツァルト事典 ( 東京書籍、1991 ) 』、『モーツァルト大事典 ( 平凡社、1996 ) 』、『モーツァルト全作品事典 ( 音楽之友社、2006 ) 』の三つ。
「小ジーグ」について、磯山先生の解説によればバッハの影響ありとしていたけれども、どういうわけか ( ? ) 『大事典』の記述では「1789 年 5 月16日、ライプツィヒ (自筆譜による) / ヘンデルの <<組曲 ヘ短調>> 第 1 集第 8 番のジグを模倣したもの」とあり、バッハのバの字も出てこない (苦笑)。いっぽう、三冊のなかではもっともあたらしい『全作品事典』では「 … 明らかにバッハへの捧げ物である。しかし、対位法様式によるジーグであることを除けば、われわれにバッハを想起させるものは非常に少ない。しかしそれまでに書かれた作品のなかで最もモーツァルトらしいというわけでもない。実際のところ、この作品は、大胆な外形や絡み合うリズム、冒険的な和声などを有する、非常に孤立した現象であったと思われる」とあって、しっかりバッハの影響を書いている(が、BACH 音型については触れていない )。ちなみにこの事典はいままでモーツァルト作品について書かれた著名な評をかき集めたような本らしくて、これ書いたのはサー・ウィリアム・グロックという、2000 年に物故した英国の著名な音楽批評家の人。ながらく The Observer 紙に音楽批評を書いていた人物みたいです。そして関係ないことながら、この本の「監訳者あとがき」を見て翻訳にたいする姿勢にもひじょうに好感をおぼえた。音楽関係の本の邦訳って当たりハズレが激しいんですが ( 苦笑 )、こういう真摯な訳者先生の手になるものだったらたぶん、大丈夫でしょう。この手の「事典」もので 3,800 円という本体価格も安いと思いますし。
K.608 は、寡聞にして知らなかったが、当時ウィーン ( ほんとはヴィーンと表記したいところだが ) にあった「蝋人形館」の依頼で書かれた作品だという。作曲年代はモーツァルトが死んだ年、1791 年 3月 3日というから、最晩年も最晩年の作品ということになる。姉妹作品にやはりおなじ蝋人形館の依頼で書かれた K.594 もあるとか。で、『大事典』によるとこれまたおもしろいことが書かれてあって、興味は尽きないですねぇ。K.608 は将軍だったラウドン男爵という人の死に寄せて、霊廟が建立されるのにあわせて蝋人形館運営者で美術商のミュラー・ダイム氏という人から頼まれたんだという。では金欠のどん底にあったモーツァルト先生はこの依頼に喜んで作曲の筆を進めたかというとそうでもなかったらしい。
僕は毎日ちょっとずつ書いているけど、いつも途中で退屈してやめてしまいます。もしこれが大きな楽器だったなら、オルガン作品のように響いて、僕もいくらかうれしいのだけれど。実際は小さなパイプだけでできていて、僕には子供じみた、高い音にしか聞こえないのです。
いやいや作曲してたんだなぁ !!! これはビックリ。その「自動オルガン」というのがいったいどんな代物なのかは知りようもないが、当時はこの手の「自動楽器」がはやっていて、くだんのオルガンは当時「音楽時計」と呼ばれていたようだから、時計でも組みこまれていたんかな ?? とにかく「いやいや」作曲していたとは毛ほども感じさせないすばらしい作品で、なんとベートーヴェンもこの作品を筆写していたといいます。まだ「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も知らなかったころ、自分もまたこの作品を聴いたとき、あれ、モーツァルトってバッハみたいな曲も書いてんだと素人ながらに感じていたことなんかも思いだした。
そういえばすこし前に見た「ぶらり途中下車の旅」という番組で、「アルモニカ」の国内ではただひとりの演奏家の先生が登場して、なんとも形容しがたい天上の響きを奏でていたのを見ましたが、モーツァルトもベートーヴェンもこのガラスでできた楽器のために作品を書いているとか言ってました。モーツァルトのほうは「アダージョ K.356 」という作品があり、三冊の事典を繰ってみたらどうもこれ盲目の若き女流アルモニカ演奏家の予約演奏会のために書いた曲だったらしい。『事典』によれば、アルモニカ ( グラスハーモニカ ) という楽器は当時すでに機械化されはじめていて、鍵盤で音が出る仕組みになってもいたという。音域も 1770 年代には c−c4 、あるいは c−f3 まで拡大していたらしい。番組では、演奏家先生がえんえん 1 時間もかけて ( !!! ) 手を洗っていたのが印象的だった。でも聴いてみたいなぁ、この楽器。
「小ジーグ」と「幻想曲 ヘ短調」、ともに演奏はイタリアの中堅奏者アレッシオ・コルティの音源によるもの。コルティは「フーガの技法」全曲も録音していて、NML サイトにてファーイウスとかほかの奏者とともによく聴いてました。来週の「古楽の楽しみ」は今谷和徳先生による「イングランドの音楽その 2 」というから、こっちも楽しみ。というか最近は Organlive.com にどっぷりハマってしまっている … こうしてかけっぱなしにしていると、オルガン音楽の歴史のただならぬ長さ、深さというものを感じないわけにはいかない。ピアノ音楽もたしかに歴史は長く、そのレパートリーも膨大だが、なんの、オルガン音楽にくらべればまだまだかわいいもんですわ。なんせこっちは中世聖歌隊の伴奏からルネサンス・バロック、バッハからロマン派、現代にいたるまで途切れることなく滔々と流れる大河のごとくつづいているのだからね。
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さて、ご存知かもしれませんが、モーツァルトのアルモニカ作品、K617ならCDがあります(他にもあるかもしれませんが)。Cavalli Recordsから出されたもので、下記URLをご覧ください。
http://cavalli-records.de/index.htm?/html/ccd/ccd448.htm
ただし、演奏されているアルモニカは円筒形の垂直管によるもので、ジャケット絵のような形状でなく、購入した時はちょっと「騙されたっ!」て感じでした。
アルモニカは、形状はともあれ、なんとも夢幻な響きがしますが、できれば復元楽器で演奏してほしかったですね。
いつものことながら、さっそくの情報、ありがとうございます ! K.617 も K.356 と同様、おなじ女流演奏家の演奏会用として書かれた作品みたいですね。で、いま NML にて探してみたら、こちらのアルバムが引っかかりました。
http://ml.naxos.jp/album/acd-8174
「N響定演」が終わりしだい、さっそく聴いてみたいと思います !