2006年05月07日

ほんとうに問題なのは

 今月号の National Geographic、買わされた方かなりいるんじゃないでしょうか。かくいう自分もそのひとりでして…みなさんおあいにくさまでした、cover story のくせして記事はわずか20ページしかない。それも福音書の内容にはほとんど触れられてなくて、いかにして米国地理学協会側が独占的にこれを入手して英訳にこぎつけたかに終始している。というわけで、ふつうに美しい掲載写真を楽しむのならよいのですが、これが目的ならムリして買う必要はありません。

 alice-roomさんのblogの記事にあった、同協会が「緊急出版」したという本。リンクをたどってAmazonサイトに飛んでみたら、こちらの本よりおもしろそうなのがいろいろ出てきました…これとかこれなんかとか。

 しかも宣伝…なんでしょうね、博覧強記で有名な作家先生(昨年、神木隆之介くんと映画に出演された方)まで引っ張り出すという熱の入れよう…。その先生が書かれた文(惹句と言っていいかも)を見ますと、

 「…この手の古文書には「偽書」、すなわち偽物が非常に多いのです。そこで本物かどうか、ナショナル ジオグラフィック協会が多数の研究者を動員し、長い時間をかけて周到な調査をしています…この大変な作業の結果、『ユダの福音書』は本物だと裏付けられたわけです」

 たしかに今回精査されたパピルス文書は4世紀ごろに書かれた「本物」にまちがいありません。その意味ではひじょうに貴重な発見で、考古学的・歴史的のみならず、キリスト教の成立を考えるうえでも価値ある古文書のひとつ(あくまでもひとつ)でしょう。

 ただしここで「つまずきの石」が。掲載記事にもあるとおり、「ユダの福音書」はエジプトの砂漠から学者が発見したわけではむろんなくて、素性の知れぬ人間の手から手へと渡っていたもの。1983年5月になってはじめて研究者の目にとまる。ところが持ち主のエジプト人古美術商は当然のごとく法外な値段をふっかけてきて、あえなく研究者は買いそびれた。その後17年間、盗まれたり取り返したりとすったもんだのあげく――なんとシティバンクの貸金庫に入っていたこともあった――2000年、スイスの著名な女性古美術商が推定30万ドルで写本を購入。担当弁護士の発案によって、翻訳出版権を地理学協会が「独占契約」して、いま見るかたちになったという。

 エジプト考古庁長官ザヒ・ハワス博士がいまもっとも力を入れているのが、過去にエジプトから「勝手に持ち出された」発掘品をすべて取りもどすこと。それだから――とまたおんなじことの繰り返しになるけれど――ロゼッタ石返せ、ネフェルティティのバストを返せとか叫んでいる。「ユダの福音書」もおなじで、エジプトから「盗まれた」遺物にほかならない。

 この問題について、NYTimes 電子版にも記事が掲載されていました。記事で取り上げられているのは4000年以上前のシュメールの楔形文字の粘土板で、これもまた裏付けのとれた「正規の」発掘で出土したものではなくて、古美術品市場を通じてとあるノルウェイ人コレクターが買ったもの。それゆえ米国では考古学者団体の倫理規定に抵触するという理由で、たいへんな歴史的価値がありながら、いまだこの粘土板は楔形文字を専門に扱う雑誌で発表もされていないありさま。

 これはたいへんなディレンマです。出所があやふやなものはいっさい無視、という現行の規定では「ユダの福音書」のように貴重な遺物がどんどん劣化して消滅してしまう恐れがある、だからこのような経路で入手した遺物もちゃんと研究・発表すべきだと主張する推進派もいれば、あやしげな取り引きで入手した遺物まで発表すればこの手の「闇市場」を助長するだけだと反対する学者もいて、議論は平行線。反対派には、「ユダの福音書」の版権を「買った」地理学協会を公然と非難する学者もいます(協会付きの研究者にしか解読・復元を許さず、ほとんど秘密主義で作業をおこなった地理学協会のやり方を批判する古コプト語の専門家もいます)。

 もっとも粘土板のほうは、イラクを戦場にした米国にも責任があります。ウソついてまで起こした無用な戦いのせいで、古代シュメール時代の貴重な粘土板が大量に「闇市場」に流れたのだから。とはいえ研究者としては座視するわけにもいかない。これはとても悲しいことです。こうして貴重な文化遺産がどんどん失われてしまう。かたやこれで荒稼ぎしている手合いがいる。まったく困ったもんだ。

 …そしてこちらは現在のタンガロア号のようす(1日付の筏の写真、かっこいい! ちなみにコン・ティキ号と大きくちがうところは3枚の巨大なセンターボードが後部に立っていることかな)。あいかわらず解読不能ですが、画像を見るとなにやら派手に亀裂が入っているけど大丈夫?!

 7日付け航海日誌blogに英語で追記されていたので見てみると、guara boardsというものが損傷したために筏が東向き、つまりもと来た道を逆もどりしはじめたことに気づいた乗組員が正しい針路である西へ向けてジャイブしようとしたら、横帆を支えていた竹製の帆桁が、巻いてあった綱の圧力に耐え切れずに割れてしまった…らしい。すぐに帆を降ろして予備の竹で応急処置して事なきを得たもよう。

 →タンガロア号の画像

 →筏の現在位置(5月6日現在まで)
posted by Curragh at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史・考古学
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