A:よオひさしぶり ! 待ったか ?
B:かれこれ 2 年ぶり ? いやもっと長かったか。そんなには待たなかったけど。
A:で、本日のお題は … いま話題の本かね ?
B:お題を決めたってどうせすぐ脱線するけど。
A:村上さんの例の最新作、スゴいねェ、たった一週間で初版 100 万部だってよ !
B:オレは流行りものは嫌いなんだが、村上さんについてはご自身すぐれた翻訳家でもあるし、前々から気になる存在ではあったんだね。で、前作 … はなんだかすごく長そうだったんで ( 苦笑 ) 遠慮したから、今回の作品は手ごろな長さだし、しばらくしたら地元の本屋をのぞいてみようかなって思ってたんだけど … なんかどこも品切れ入荷待ちみたいだね。流行にもいろいろあれど、とにかくこういう「純文学もの」が売れる、というのは、本屋さんにとっては手放しでうれしいことなんじゃないかな。
A:村上さん、とくると、あんた的にはやっぱり『翻訳夜話』かね ?
B:うん … 最近、再読してみた … その本の中でご本人が「予告」していたとおり、その後サリンジャーやフィッツジェラルドの新訳を上梓されて、調べたら『夜話』の「続編」まで 10年前にすでに出ていたりして ( 笑 )。
A:あれはまるまる『キャッチャー・イン・ザ・ライ』翻訳の話だよ。
B:… チャンドラーの『長いお別れ』の新訳も手がけているんだね、すごいなあ … 。でも自他ともに認める「翻訳刊行点数の多さ」だけれども、これってぜんぶ、自身が気に入った小説だけを翻訳したものなんかなあ ?
A:たしか『翻訳夜話』に、「机の左手に気に入った英語のテキストがあって、それを右手にある白紙に日本語の文章として立ちあげていくときに感じる喜びは、ほかの行為では得ることのできない特別な種類のもの」とか、書いてなかったっけ ?
B:「翻訳の神様」というタイトルのまえがきの一節だよね、それ ? ということはいちおうご自身が気に入った本だけを訳しているというふうに考えていいのかな ? そういえばかなり古い翻訳指南書に、「自分の考えとまったく相容れない内容の原著を翻訳するぐらい心理的に苦痛」なことはないって書いてあったことも思い出した。
A:でも現実には … 。
B:翻訳専業でやっている人に言わせれば、そんな贅沢は許されない、自分の好きな原本だけを翻訳できるなんて、しょせん大作家先生にしかできない芸当だ、なんて嘆き節が聞こえてきそうだな。
A:村上さんていわゆる下訳者って使うのかな ? そういうケースって多いじゃない。
B:たしか『夜話』に、「下訳というようなものはまったくなしで、まず自分で翻訳します。それを何度も何度もチェックして、文章を揃えて、プリントアウトして編集者に渡して、その稿を柴田さんがチェックして、… そのコピーを僕がもらって、二人で持ち寄って、ああでもないこうでもないと討論して、そうやって最終稿を仕上げます」とかって書いてあるよ。
A:まるまる一冊、ぜんぶ翻訳するんだ、そりゃすげえ。よっぽど「ヨコのものをタテにする」のが好きなんだな。
B:いまじゃ PC の画面見ながらエディタかワープロソフトで打ちこみだろうから、その物言いはちと古い気がするが。
A:昔は縦書き原稿用紙に … 。
B:文字どおり「ヨコのものをタテに」していた。ペラ何枚、という言い方もとっくに死語かしら ? と吉田秀和氏ふうに言ってみる。とにかく『翻訳夜話』は、とくに英米文学ものをよく読む人とか、そっち系の翻訳者を志している人はまず読んだほうがいい、must な一冊だと思うね。
A:… その手許にあるのは … 。
B:最近、「新書」って売れ筋みたいで … 昔からそうかもしれないけれど、なんか本屋に行っても文芸ものの文庫本より、すこし判型の大きな新書もののほうがベストセラーリストによく入っていたりするよね ?
A:刊行点数はやたら多いが … 。
B:玉石混交、いやもっと言えば「悪貨が良貨を … 」という印象。いわゆる「平積み」してあるコーナーで何冊か手に取ってパラパラ繰ったりするけど、「なんでこんなのがそんなに売れてんのかねェ ? 」と首を傾げるようなものも多くて ( 苦笑 )。
A:で、その新書本はアンタ的には正解だと ?
B:そのギャク。オレは「これは買うべき本、これは図書館で借りて読むべき本」とはっきり分けている。蔵書 … ったってたいした量の本を持っているわけじゃないが、ほいほい買うわけにもいかないでしょ、いつリストラされるかわかんない一介の底辺労働者なんだから … それに物理的にもうムリ。コープマンみたいに庭に書庫を立てるわけにもいかんし ( 笑 )。だから、あえて名は伏すが、以前、庶民の味方の図書館を目の敵にするような内容を週刊誌に寄稿していた人とかいたけど、トンデモ発言だね、ありゃ。
A:… 図書館員は全員、書店で研修を受けよ、そうすれば一冊の書籍を売るのにどれだけ苦労するかが身をもってわかる、みたいな記事だったっけ ?
B:それそれ ( 笑 )。バカじゃないのこの人ってそのときは思ったよ。そういうこと言う人に訊いてみたい。あなたは調べ物で図書館を利用したことが一度たりともないのかってね。
A:その人ってたしか、「売れ筋の本ばかり何部も所蔵する公立図書館の傾向」を問題視していたよね ?
B:だからって図書館じたいをまるで商売敵のように扱うのは論外も論外。音楽 CD でもおんなじこと言ってるけど、ほんとに必要だと判断したら買いますよ、紙の本だろうといま流行り ( ? ) の電子書籍だろうと、その人にああだこうだと言われるまでもなくね。買うか買わないかを決めるのは読者であって、本を書いた人じゃない。その人の書いた本ってまるで興味のない分野ということもあってか読んだことないし、読んでない本についてあれやこれや言うのは「これはワタシの飲んでいないおいしい / まずいワインです」と言っているようなものなので本来は慎むべきなんだが、たいていそういうこと言う人の書いた本って書き散らし系が多くて、ツマラないときている。
A:じゃその本もそんな一冊 ?
B:いや、けっしてそうじゃない … 最近よく TV とか出ている若い論客のひとりで、それまでちっとも知らなかったからちょっと興味を惹かれて、それじゃなんか読んでみるのが一番、と思って借りてきたんだけど … なんつーか、ひとことで評すれば、「なんとも挨拶に困る」って感じ。
A:… なんか先の大震災で飛び交った流言を検証した内容みたいだが ?
B:「日本は『震災大国』であり、… 今回の大震災からも、私たちは多くのことを学び、その教訓を後世に残していく必要があります … 今回のような大震災の場合、流言やデマは、直接的な暴力を発生させるだけでなく、救命のための機会損失を生みます … 非常時においても、流言やデマが広がりにくい環境をいかにして作っていくのかという課題が重要」… というのはしごく当然で、正しい。でもたとえばそのすぐあとに「個人のリテラシーだけに頼らない」とあって、「しかし、災害が起きてから、短期間でこの社会にいる全員のリテラシーを上げるのは困難 … リテラシーの底上げに関しては、普段からの備えとして常にやり続ける必要がありますが、それだけでは議論としては不十分」とある。で、有効なのが「流言ワクチン」というものなんだが … 「歴史に学ぶということ … の重要さです … 過去の流言やデマの事例を知っておく。… 流言に対する抵抗力を持つ人が増えると、単にその個人が流言を鵜呑みにしにくくなるだけでなく、その流言の拡散する速度を抑え、範囲を小さくすることもできます。それはまるでワクチンを接種する人が増えることで、個人が病気にかかりにくくなるだけでなく、集団的にも病気が蔓延しにくくなるのと似ています」… 。
A:え ? けっきょく情報リテラシーの底上げにはなってるんじゃないの ?
B:と、思うよね ? ずっとあとのほうに有名なオーソン・ウェルズの「『宇宙戦争』事件」を分析した本の引用が出てくる。その本には、当のラジオドラマの内容を信じてしまった人と、そうでない人とのあいだにどんなちがいがあったのかを吟味して、学歴や経済階層といった項目を比較検討している。
A:で、その結論というのは … 。
B:「彼は、個人の『批判能力』に注目し、『多方面にわたる教育の機会を提供する必要がある』」。
A:それって個人の情報リテラシーを上げることとおんなじだよね ?
B:この本の言う「ワクチン」と、この米国人社会心理学者の言う「結論」との差が、よくわかんない。だから、挨拶に困るっていうこと。なんか全体的に書き散らしたというか、拙速な感じも否めないし。
A:「静岡ガンダムが倒壊した」なんて話、ホントに流れてたの ?
B:オレもそれは初耳。この本ではじめて知った ( 苦笑 ) 。「集合痴」の一例ってやつかね。
A:だいいちあれおまえんとこで震度 4 だったろ ? はるかに離れた静岡でそんな被害が出るわけがない。よっぽど地盤のやわい場所でもないかぎり。
B:あのとき震源が富士山の南西麓直下だったから、真剣に噴火を恐れていたよ。でも知るかぎりではそんなことどこの機関も公には報じたり、発表したりというようなことはなかったから、杞憂だったんかなって思ってた。
A:でもついこの前、新聞に載ってたぞ、そのこと。
B:どうしても地下深くのことだから、解析結果が出てくるまで時間がかかる。でもまだまだ安心はできんがね。
A:流言といえば、富士山山梨県側の林道だったか、300m にわたって地割れがどうのって TV のワイドショーが騒いでいたな。
B:肝心なことについては黙し、どうでもいいことには飛びつくんだね。どう見たってあれ大量の雪解けのせいでしょ ? もし火山活動だったら全山、そうなってなきゃおかしい。
A:たまに積雪が少ない冬とかあると … 。
B:やっぱりニュースになったりする。富士山の年間積雪量が最大になるのは、じつはいまなんだけどね。それよりも旧春野町の茶畑で進行中の地すべり。テレビ朝日系列のワイドショーで、レギュラーの人が地質的なことを訊かれて、「富士山の火山灰とか影響があるんですかね ? 」と平然としゃべっていたのには、おどろくやら、あきれるやら。
A:知らないなら知らないって言えばいいのに。
B:常識を疑う。地図を見ろって感じ。静岡県の地質は西へ行くにしたがって時間を遡っているというおもしろい特徴がある。茶畑のあるあたりは中央構造線に近い四万十帯と呼ばれるひじょうに古い時代の堆積層で、断層活動による破砕が進んでいるところ。ちょうど富士川河口あたりから、駿河トラフの延長と考えられている富士川断層帯がほぼ南北方向に大地を切っていて、そこを境に東側が時代的にぐっとあたらしい堆積層、ようするに新富士火山や箱根火山、そして南から本州を押しつづけている伊豆半島がつづいている。だから、日本で一番高い火山と日本一深い湾と言われている駿河湾がそこにあるというのは、必然的にそうなる理由があるんだね。
A:この本にもどると … ちょっと見た印象として、いかにも「マニュアル世代の意見」だなあって感じがするんだが。
B:そこが最大の問題点じゃないかと思う。ワクチンだの、処方箋だの、そういう物言いも気になる。残念ながら、災害なんて流行語みたいになったけれども、それこそ想定外のことばっかだよ。これこれの本を読んで学習したから、もう大丈夫、なんてことはないのにね。
A:避難訓練は大事だが … 。
B:本番になったら、それも忘れろって「釜石の奇跡」と言われたあの防災学の先生が言ってたよ。
A:でも専門家の言だからといって … 。
B:鵜呑みにするな。専門家も人の子、それにそういうときにかぎって、わざとウソを垂れ流す輩が決まっているから始末におえない。最後は自分で判断するしかないんだよね。もっともいざ情報弱者になったら … 自信はないな。もともとダマされやすいほうだし ( 苦笑 ) 。
A:… それとこの本、大急ぎで出版したせいなのか、もっとも肝心な点についてはなんも書かれてないような気もするな。
B:ほのめかしていどならあるけどね。流言研究云々 … はけっこうなことながら、ほんとうに問題なのはリテラシー底上げのための教育と、あとあらゆる分野にわたって進行している「過度の専門分化による弊害」をどうするか、かな。その本にもそのへんのことが書いてあったよ。「科学分野については詳しい方も、経済分野についてはおかしな理屈を鵜呑みにしてしまうというようなことは往々にしてあります」って。
A:だから、それが問題なんだ。そのへんをなんとかしないと … なんか昨今、「ここのサイトで見たから、これは正しい情報だ」とか、そんなふうに自分ではなにも考えようとしない人が多すぎるんじゃないか。
B:「流言ワクチン」という言い方に違和感があるのは、けっきょく、自分が判断をくだすべきことさえ、他人任せにしちゃってるんじゃないかという気がしてならないから。何事もそうだけど、ふだんの、そして不断の積み重ねこそが大事だって言いたいよね。ちょっと話がトブけど、あるとき「ラスト・クリスマス」っていう古い映画が深夜放送で放映されてて、懐かしくて見ていたら、難病の子どもが病院を抜け出てどっかへ行っちゃう場面があるんだ。で、当然のことながら、両親は医者に詰め寄ってはげしく責めたてる。で、ずっと黙って聞いていた医者が、やおらこう訊き返すんだよね。「それじゃ、あなたがたはどこにいたのですか ? すこしでもあの子のそばにいてやれなかったのですか ? 」って。
A:いざことが起きると、他人「だけ」を責める人ってふつうに多いよね。どこの国も似たようなもんだとは思うが。
B:責任はひとりびとりにひとしくあるのにって、最近つよくかん感じるよ … 原発の問題とかそうだよね。むつかしいけれども。
A:で、ほかの著作とか読んだ ?
B:うん、いちおう … 最新刊とかも目を通したけど、なんというか、やっぱり挨拶に困るというか … とくに「サクサクコツコツ」という言い回しがね。いったいどういうことって感じ。なにをそんなに結論を急いでんだろ ? そんなにかんたんに解決できる「処方箋」なんてありはしないのにね。以前読んだ、Happy for no reason の著者とおなじ落とし穴にはまっている気がする。ようするに、進むべき方向がちがうんじゃないですか、ということ。
A:若い論客に幻滅した ?
B:そういうわけじゃないが … ジョイスを引き合いに出すまでもなく、いずれ世代は選手交代し、若い人が主役に立ち、そしてワシら「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」だ。… でも最近よく TV で見かける若い社会学者の言動を見てると、やはりこの本書いた人と物事の捉え方、考え方はある種通底したものがあるように感じるよ。
余談:こちらの訳者、じゃなくて役者さんも、ずいぶん年とったなあ … 。念のため記事タイトルは、かつて TBS 系列で放映されていた日曜朝の名物対談番組、「時事放談」のもじり。
2013年04月29日
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