2013年05月06日

新生「ららら♪ クラシック」は

 … おもしろい ! 

 だいぶ前、英国 BBC Radio3 の Discovering Music についてすこし書いた記憶がある。ようは、「ひとつの楽曲を徹底的に分析・解剖し、そのあとで全曲通して聴いてみよう」という趣旨の公開放送番組で、最近は放送日時が変更されてしまったみたいで前みたいに Choral Evensong を聴取してからつづけて聴く、というようなことはなくなりました。… その代わり、といってはなんですが、NHK の「E テレ」にて放映されていた「ららら♪ クラシック」が春の番組改編でリニューアルし、放映時間こそ短くはなったものの、内容的にはまさにこの「ひとつの楽曲の構造を解析し、そのあとで全曲通して聴かせる」という Radio3 のスタイルをアレンジしたものに生まれ変わりまして、個人的にはたいへん喜んでます。Radio3 の番組はどっちかというとかなり突っこんだ、本格的なもので「通好み」な感じがしたけれど、「ららら♪ … 」のほうは「だれもが知っているあの名曲」のみに絞り、しかもひじょうに「わかりやすく」解説しているので、同系統の Radio3 の上記番組よりはるかにとっつきやすい。ありそうでなかったこんなクラシック音楽番組、やっと日本でも楽しめるようになったかとひとりで勝手に感慨に浸っている。

 で、だいぶ前の回ではあるがバッハ好きにとってぜったいハズせない「修行時代のバッハの師匠」的存在なのが、―― ゲオルク・ベーム、そしてブクステフーデなど「北ドイツ流派」もおおいに影響をあたえた存在ではあるが ―― なんといっても一族ぐるみのつきあいのあったヨハン・パッヘルベルということになる。パッヘルベル、とくると超有名な「ニ長調のカノン ( とジーグ。あいにく「ジーグ」のほうはあんまり人気がない ?? ) 」。番組見ていまさらという感じではじめて知ったのですが、あの 28回ずっと繰り返される通奏低音、あれ「カノンコード」なる通称で呼ばれていたんですねぇ。へぇ、J-POP にもずいぶんとまた、それとなくこの通奏低音進行が「応用」されていたとは、こりゃ作曲した本人もびっくりするでしょう。

 すこし見方を変えると、57 小節からなるカノンを滔々と貫き流れるこの「カノンコード」は、たとえば同時代のヘンリー・パーセルがいくつか作曲している「グラウンド」にも近い。「グラウンド」というのはグラウンドベース、つまり一定不変の低音進行からなるコード上を上声部が自由に変奏する、という形式。こういうのを basso ostinato、「執拗なバス ( 固執低音 ) 」と言い、たとえば「パッサカリア」とか「シャコンヌ」なんかも「グラウンド」の仲間。

 「カノン」… はたしかにもっともかんたんな形式が「輪唱」なわけですが、じつはこれ対位法でもっとも厳格で、技巧的にむつかしい。こちらの譜例を見るとわかるように、2小節ズレながらおんなじ旋律が、おんなじ音から始まってます。これを「同度のカノン」と言い、いわばカノン技法の基本形。「音楽の捧げもの」や「フーガの技法」に収められているのははるかに込み入った技巧的なもので、音符を逆にあたかもカニのごとく辿る「逆行カノン」、カノン旋律が鏡写しにしたみたいに上下対称の転回形になった「反行カノン」、同度ではなく 3度、オクターヴ、さらには 10度、12度にまで音程を拡大して模倣しあうもの、音価を縮小したり倍に引き伸ばしたりして模倣しあうもの … となんだか音楽、というよりはっきりいってこれはもう高度な「数学パズル」かみたいな趣です。

 「パッヘルベルのカノン」スコアを眺めると、パッと見で「整然としている」ことが見てとれると思います。ヨーロッパによく見られるような、幾何学的に整然と整備された美しい庭園でも見ているかのような印象さえ受けます。前にも書いたことの蒸し返しになるけれども、中世ヨーロッパの大学では音楽は「自由七科」といって、幾何・天文・算術 … とならんで音楽もあった。ようするに数学の一分野として見做されていた、ということです。この発想法はたとえばケプラーの言う「天球の音楽( 『宇宙の調和』 ) 」にも通底しているし、なんといっても当時の西洋音楽のすべての流派を吸収していったバッハその人こそ、こういう「古い」スタイルの音楽の継承者、具体的には対位法においてそうした作曲技法を極限にまで突き詰めていった最後の作曲家だった、と言えると思う。とはいえこの愛らしい作品 … はカノンをなす三つの声部進行が、たとえばソプラノははじめ4分音符で開始され、下の声部で模倣が開始されるとこんどは8分音符進行に細分化され、やがて生命力あふれるというか、躍動感に満ちた装飾音型に彩られた華やかなパッセージとなってつづく、というパターンは、どことなく「教育的意図」も感じられる。ひょっとしたらこれ、幼い息子の教育用だったんか ? という妄想さえ湧いてくる。じっさいパッヘルベルは当時 13歳だった愛息子ヴィルヘルム・ヒエロニュムスをバッハよろしく、遠い北ドイツのリューベックにいたブクステフーデの許へ「武者修行」させるべく、鍵盤楽器用の変奏曲集「アポロンのヘクサコード」の献辞で、先方に弟子入りを乞う一文までしたためている ( が、ブクステフーデがパッヘルベルの息子を弟子入りさせたかどうかは記録がなくて、不明 )。そのときのパッヘルベルの気持ちって … 考えるとなんかこう目頭が熱くなる。

 ちなみにパッヘルベルはバッハの長兄ヨハン・クリストフに多大な影響をあたえたように、すぐれたオルガニストでもあった。手許にはヴェルナー・ヤコップによるオルガン作品集のアルバム ( Virgin レーベル、ときおり Organlive.com でもかかったりする ) があり、またヴァルヒャの記念碑的な最後の音源にもいくつか収録されているが、音楽好きな方にはぜひともパッヘルベルのオルガン作品を聴いてほしいと思います。イメージが変わるかも。ワタシは北ドイツ風の「トッカータ」や内省的なコラール前奏曲、「シャコンヌ」あたりが好きですねぇ。

 … 番組ゲストの森口博子さんが、「これは毎日、おなじように聞こえるけれどもけっしておなじではない日常のこと、宇宙の営みをも伝える」音楽なんだ、みたいなことをおっしゃっていたが、じつはまったくそのとおりなんである。ほぼそれとおんなじようなことを、かの名ヴァイオリニストのメニューインが『人間と音楽』というすばらしい本の出だしに近いところで書いていたりしています。いまここにその邦訳本がないからうろ覚えで申し訳ないが、「フーガには、知覚、記憶、忘却 … など人間の経験する思考回路すべてが内包されている」みたいな内容だったように思う。だから、というわけじゃないけど、自分も対位法楽曲、たがいにじゃれあうようにズレながら絡みあうカノン、あるいはフーガのように追いかけっこするポリフォニー音楽が大好き。大げさな言い方をすれば、フーガやカノンはわれわれ人間の営みそのもの、人生そのものなんじゃないかって気がいつもする。ワタシにとって人生とは、ひとつのフーガなんですな。ちなみに「カノン」というのは「法」。たとえば「教会法」のことを英語では canon と言ったりするし( 聖書の「正典」の意味もあれば、ローマカトリックでは「ミサ典文」の意味になることもあり )、canons regular とくるとその規則に従って生きる聖職者、「( 大聖堂の ) 参事会員」のことも意味したりする。大宇宙の見えざる運行の法則というのをこの曲から感じとった森口さんナイス ( 笑 )。

 以下、『音楽中辞典』の引用です。
カノン
canon[英・仏] Kanon[独] canone[伊] 
@ 厳格な模倣による対位法的手法の一種。また,その手法によって作られた楽曲。同一の旋律を複数の声部が一定の時間的間隔をおいて模倣してゆくタイプが一般的。そのさい,まったく同じ高さの音で模倣してゆく場合と,一定の音程距離を保って模倣してゆく場合とがある。また特殊なタイプのカノンとしては,反行カノン,逆行カノンなどがある。模倣をおこなうさいに拡大や縮小の手法が用いられることもある。輪唱もカノンの一種。

 カノンの手法を使った楽曲例は中世からみられ,ロタ,カッチャ,ロンデルスなどとよばれた。14世紀のマショーは,精巧なカノン作品を残したことで有名。15世紀になると,フランドル楽派の作曲家たちが複雑なカノン作品を創作。しかし16世紀以降,カノンはかならずしも重要な創作ジャンルではなくなり,しだいに対位法学習のための楽曲としての性格を強めた。バロック時代にも,カノンは対位法的な手腕を示すための楽曲として作られ,バッハもそうした作品を残している。

A ミサにおける典文。サンクトゥスのあと,主の祈りの前に,司式司祭によってとなえられる。ミサのもっとも荘厳な部分で,この祈りの最中にパンとぶどう酒が聖別される。【秋岡 陽】

 … そういえばエルガーって、すごい苦労人だったんだな。典型的な「大器晩成型」、あるいは「至福を追い求め」た人、と言えるかも。また前回の「トロイメライ」もよかった。シューマンがなんであんなに筆の立つ作曲家なのかもしっかり説明されていたり。それをまた「子供の情景」とおなじ子どもである、―― といっても「神童」の ―― いまをときめく牛田智大くんの生演奏で !! 演出もにくいね。というか、牛田くんはもうずっとこのままでいてくれればいいのに、と思わないこともない、って音楽とぜんぜん関係ないねこれは。

posted by Curragh at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/66682186
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック