2007年11月11日

岐路に立たされるフランスワイン産地

 だいぶ前だけれどもNHKの「クローズアップ現代」で、フランスのワイン産地がいま苦境に立たされているという内容の放送を見ました。そしてついせんだっても地元紙にでかでかと「岐路に立つ欧州ワイン」と題した取材記事が。前にもすこし書いたけれども自分は安酒専門とはいえ、軽くてフルーティーなボジョレが好きなんですが、なんとボジョレ地区でもたいへんなことになっているらしい。

 NHKの番組では南仏プロヴァンス地方の――たぶんラングドックあたり、ちなみに現地語Languedocの意味は「オック語 Langue d'Oc」からきています――先祖代々、葡萄農園を継いできた生産農家の親子が暗い顔で、農園を手放さざるをえないという相談をしていた場面がやけに印象的だったのですが、地元紙記事によればなんとボジョレではワイン生産農家でとうとう自殺者まで出てしまったというから、ここのワインが好きな人間としてはひじょうに驚いた。そんなに欧州各国のワイン農家を取り巻く環境ってひどいのか、と。

 欧州ワインが苦境に陥っている原因は、端的に言えばどっかの国の構造改革じゃないけれど、欧州ワインを取り巻く構造的な不振といわゆる「新世界ワイン」に代表されるワイン新興国の安酒が世界の市場を席巻していることにあるらしい。しかも現地では「ワイン離れ」が加速するいっぽう、安い輸入ものが大量に入ったのと国内ワイン生産量が横ばいのためにもろに供給過剰になっているという。なのであまったワインはどうなっているかと思ったら、なんと工業用アルコールに転換されているという!! またNHKの番組によると、もっとも規制の厳しいA.O.C.(原産地統制呼称)ワインの格付け制度じたいを見直す――規制緩和? ――というからもっと驚く。

 欧州連合ではワイン産業の構造不況をなんとかしようと減反――これも昔よく耳にしたことば――政策とか、いままで生活補償に当てられてきた補助金の廃止や競争原理導入、とこれもどっかの国とおんなじ改革案を提案してはいる…が、あまりに急激な方向転換に当然のことながら仏独伊西の農業相は猛反発。またワインは「投機買い」されたりするので、一律に生産調整というのもたしかに非現実的のような気がする。欧州連合側の改革案の中身について、具体的には 1). 20万ヘクタールの葡萄減反。2). 在庫処理補助金廃止。3). 大規模作付けの奨励。4). 世界的な宣伝強化。

 欧州の人、とくにフランスの若い人のあいだで最近、ワイン離れが急速に広がっているというのもあると思います。彼らは健康志向で、日本の緑茶なんかも好きらしい。またより安いビールのほうが売れているとも聞きます。なるほど、だから毎年のようにデュブッフ氏はこの季節になるとヌーヴォーを日本に売りこみに来るのだな、と勝手に納得。欧州ワインにとって、いまや日本市場は最重要のお得意様にちがいありません。

 新興国ワイン…オーストラリアのWolf Blassはけっこう好きながら、では欧州各国のワインも新興国ワインのような生産体制で効率第一主義、ではどこのワインの味もみんなおんなじになってしまう。現場で汗して働く農家の人はみんなその危険性を強調します。ボジョレ地区ワイン生産者団体の会長さん曰く、「丘を切り開いて平地にして機械を入れろと言うのか。ここでそんなワインを作ってなんの意味があるのか」。

 フランスにかぎらず欧州のワイン農家の人は、業界用語で言うところの「テロワール terroir」というものをことさら大切にする。ボジョレで言えば、10のクリュ(村名)ワインのある北部地域は花崗岩の風化地帯、峻険な地形が多く、水はけはいいけれど勾配が40度ほどもあり、とうてい機械化はむり、すべて手作業。たいする南部はなだらかな粘土質石灰岩地帯。クリュを取り巻くように広がるヴィラージュ地域は痩せた酸性の結晶片岩地帯、土壌分がほとんどない。おんなじガメイという品種でも、この土壌のちがいと気候の微細なちがいができあがったワインの風味に個性をもたらす。作付けした土地の「テロワール」を最大限生かす味わいのワインを作り出すまでにはそれこそ気の遠くなるような長い時間と先祖伝来の蓄積された知恵というか、「技」が絶対に必要。端的に言えば、ワイン造りはアートにほかならない。売れればそれでいいというものではけっしてない。このようにして先祖代々、苦労して築き上げてきた伝統と技と遺産のすべてを葬り去り、ぶち壊すような「改革」には反対だ、というわけです。

 それにしてもボジョレ地区でさえそんな状況なのかといまさらながらびっくりです。ラングドックの農家と同様、ボジョレ地区の生産農家も家族経営の零細経営がほとんど、年収も2千万円以下。自殺した人は、自宅や車を売り払ってもなお返済ができなかったらしい。自殺した人を知る友人の話では、「先祖代々の畑を自分の代でつぶしてしまった重圧に耐えられなかったのだろう」。むごい話だ。ボジョレ地区で最古のワイン栽培の記録は1031年らしい。ここのワイン生産者はみな970年以上の歴史の重みを背負って生きていることになります。

 それでも、ボジョレ地方ワイン生産者団体の会長さんはこうもこたえてました。「大量生産で乗り込んできた新興国のまねをしても意味はない。世界の主要市場でマーケティングを強化し、個性豊かな味わいを多くの人に知ってもらうのが基本だ」。自分も会長さんの方針は正しいと思う。スローフードとかいろいろ言われているけれども、ワインもおなじ。買うほうとしては、いろいろなワインが飲みたいものです。タンニン分が強烈なワインとか、オーク樽の香が心地いいワイン。スズランみたいなアロマがグラスからパァーっと立ちのぼるようなフルーティなワイン。南国の強烈な日差しを浴びた重厚な後味をひくワイン。ボジョレの生産者にとってはいまが苦しい時期かとも思いますが、とにかくこの荒波を乗り切って、さらにこだわったワイン造りをしてほしい。フランスワインの再起復活を願っています。

 というわけで、もうすぐ解禁日。今年の出来はどうか…というのは楽しみではありますが、いかんせんユーロが高すぎ、今年はいままで買ったうちでもっともお高くつきそう…です(泣)。

 老婆心ながら――前にも書いたかな? ――ヌーヴォーワインは特殊な醸造法で醸されているので、遅くても年内か1月くらいで飲みきってしまわないと、風味も品質も落ちてしまいます。とにかく「旬のもの」はその季節にすぐ味わうのが一番ですね。ボジョレついでに、クレヨンの一種「コンテ」の発明者コンテさんは、ボジョレの人です(c.1755-1805)。

posted by Curragh at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ワイン関連
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