2013年05月19日

シュタイクレーターとバッハ

 本題に入る前に … 「本家」サイトの英語版がこのたびめでたく ( ? )、とりあえず完成いたしました。「聖ブレンダンの祝日」にかろうじてまにあったかっこうです ( もっとも、細かなミスやHTML のエラーなどは今後も対応予定 )。英語版といっても、自分で書いた日本語文章を自分で英文に直していっただけ … とはいえ予定はかなりずれこんで、ようやく「脱稿」。そうは言っても英語版ならではのコンテンツもいちおうあるので、完成が当初予定より大幅に遅れたのはそのせいもあったかもしれないし、途中で、「『フィネガンズ・ウェイク』の道しるべ」なんていうページ作成に完全に寄り道したせいもあったかもしれない。

 この前、いつものように Organlive.com を聴き流していたら、なんかどっかで聴いたことあるような出だしの楽曲が … あれ、これは「聖アンのフーガ ( BWV.552 ) 」?? と思いきや、バッハ以前、30年戦争の最中に没したという不運な教会オルガニストで作曲家のヨハン・ウルリヒ・シュタイクレーターという人の「リチェルカーレ ト長調」なる作品だった。にわかに興味を掻き立てられたワタシはさっそく英語版 Wikipedia 記事を見ました … それによるとシュタイクレーターは 1593年 3月22日生まれ、ということは誕生日はかのバッハに近かったりするのですが、バッハ一族と同様、ヨハン・ウルリヒの父上とそのまた父上も音楽家として活躍していたらしい。1613 年にボーデン湖に浮かぶリンダウ島の教会オルガニストに就任、17年にはシュトゥットガルトの大修道院付属教会オルガニストとして赴任している。27 年にヴュルテンベルク公国宮廷オルガニストに任命され、オーストリアと南ドイツを代表する流派形成の立役者、ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーも若かりしころ、このシュタイクレーターの弟子だったという。

 フローベルガーは大バッハもその鍵盤楽曲の楽譜を持っていたことが知られているから、「間接的に」つながっていると言ってよいかもしれない。とはいえ調べたかぎりではバッハの所蔵楽譜目録にはこのフローベルガーのお師匠さんの作品は入ってないようです、残念。そしてまさにこれから円熟期、という年齢になってペストに罹患し、早世した。享年 42歳でした。

 というわけで現存する作品じたいも少なくて、幸運にも全作品が NML で聴取可能です。で、一回取り急ぎ聴取した感想としては、フローベルガー風 … というより、むしろ北ドイツ流派、たとえばザムエル・シャイトの「新タブラチュア Tabulatura nova 」を思わせる感じ。フローベルガーは当時の音楽家がそうであったように音楽先進国イタリアに留学して、フレスコバルディに師事しているけれど、シュタイクレーターはその師匠筋、たとえばフレスコバルディよりさらに前の世代のクラウディオ・メールロの「リチェルカーレ」なんかのほうが作風的にはより近い感じもする。全体的に、単純な動機から紡ぎだされた旋律線がしだいに対位法的に込み入ってきて、最後はトッカータ風の華麗な走句に彩られた華やかな終わり方、という構成が多いみたいです。

 … 歴史に「もし」はご法度だろうけれども、もしシュタイクレーターが長生きしていたら … バッハにあたえたであろう影響も変わっただろうし、音楽史上にその名を残すような重要なドイツ人作曲家のひとりとなったかもしれない。じっさいは早世してしまったために『音楽中辞典』にさえ載ってない、じつにマイナーな存在。むしろ当時は弟子だったフローベルガーのほうがはるかに有名で、しかもこの人はのちのヘンデルを彷彿とさせるような「国際人」でもあった ( バッハが一生、中部ドイツから離れなかったのとは対照的 ) 。さすがに『新グローヴ』にはシュタイクレーターの記事はあるらしい ( 当然か )。

 先週の BBC Radio3 の Choral Evensong 、イエスの「昇天日」前日のセントジョンズ聖歌隊によるバッハの教会カンタータ BWV.11 ( 別称は「昇天祭オラトリオ」 ) は、すばらしい演奏でした … 。

posted by Curragh at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽関連
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